「しかたねぇな」が生み出すもの

半導体というものは、今ではもう、ねじや釘みたいに「あって当たり前のもの」になっていて、高品質、高性能を追求した日本の半導体は、世界レベルだと高価すぎ、高品質に過ぎて、競争力を失っているんだという。

高性能、高品質な商品を生み出す能力を持っていたとして、ならばそんな会社がちょっと舵切れば、そこそこの性能で、劇的に安価な製品をすぐに作れるかと言えば難しいみたいで、「すごいもの」を作る技術と、「そこそこ我慢できるもの」を安価に作る技術とは異なって、日本は今、追いつくのが大変なのだと。

怒られて得られるものがある

「性能が悪くて安い半導体を日本で作るのは難しい」系の話は、たぶんいろんな業界にあるのだと思う。

「ものすごく信頼性が高いけれど高級なサービス」が普及して、それがあることが当たり前になってしまうと、今度はたぶん、「安価だけれど信頼性が低くてサポートも悪い」サービスというものが、対抗馬として登場してくる。

低品質、低コストのサービスを、お客さんに叱られながら、それでも何とか回していくためには、高品質、高信頼性のサービスを回すのとは、全然違った技術がいる。低品質なサービスでやっていくには、お客さんから「しかたねぇな」という声を引っ張り出す必要があって、どうやったら「しかたねぇな」が引き出せるのか、そのサービスは、果たしてどの程度まで「手を抜く」ことが許されるのか、そういうのは、試してみないと分からない。

ちょっと前にNHKで特集されていた、アフリカに進出した中国の携帯ネットワークの会社なんかも、これからたぶん、お客さんから叱られる。サービスは、どうしたってぎりぎりの品質だろうし、本社からは遠く隔たった場所だから、コストにかぎりがある以上、信頼性もそんなには上げられない。あの会社のエンジニアはその代わり、お客さんから叱られて、「しかたねぇな」というあきらめを引き出して、どこまでサービスを落としても文句が大きくならないか、どの程度の故障率なら、通信インフラとして、何とかやっていけるのか、そのへんを見極めるのだろうと思う。

「最低ライン」を知るためには、お客さんを怒らせないといけない。

「しかたねぇな」を引っ張るやりかた、緊急避難的な対応を、「しかたねぇな」で受け入れてもらえるような場所にいないと絶対に手に入らない経験知というものがたぶんあって、ある種のサービスで、こうした経験が、これから先、絶対的な強みになる。アフリカで仕事をしている人たちは、怒られながら、こういう経験を手にするのだろうし、今度はたぶん、ぎりぎりのラインを体験で理解できた人たちが、あきれるぐらいに安価で、それでもどうにか、「しかたねぇな」で受け入れられる程度の品質を持ったサービスを持って、日本みたいな国に、価格破壊を仕掛けてくる。

怒られた人が書き換える

安価だけれど品質の低いサービスがやってきたところで、高品質で売っていた側が負けることは、絶対にない。負けないけれど、価格破壊を仕掛けられると、業界はどんどん厳しくなっていく。

信頼性や品質というものは、目に見えにくい。

低価格、低品質のサービスが乗り込んできたところで、顧客のほとんどは、今までのサービスを、今までの品質で受けとろうとする。その代わりたぶん、「むこうは月100円なのに、何であなたの会社は10000円取るの?」なんて、コストカットの圧力が、時間と共に、際限もなく高まっていく。

高品質産業が、価格破壊を仕掛けられても、顧客は離れないし、勝負には絶対負けない。価格破壊で失われるのは、お客さん自体じゃなくて、お客さんの意識、「高品質にはお金が必要なんだ」という意識そのもので、長い目で見て、お客さんからこれが失われた業界は瓦解して、伝統的な何かは、新しい別の何かに置き換わるのだと思う。

辺境から変化がやってくる

コストがそんなにかけられないだとか、あるいは人手が絶対的に少ないとか、そこで何かのサービスをはじめるに当たって、「辺境」という場所には、何か大きな制約がある代わり、「しかたねぇな」という緊急避難を受け入れる空気があって、そういう場所から、次のやりかたというものが生まれてくるのだと思う。「都市から遠い」ということだけでは何かを生み出す辺境には足りない。制約だけ大きくて、一切の緊急避難が許されない場所からは、やっぱり何も生まれない。

内科は自分だけだとか、病院の中に医師1人とか、そういう状況が、昔からけっこう多くて、自分が当時提供していたのは、医療といってもずいぶんお粗末な、品質の低いサービスだった。

忙しくて、正しくやることなんてできなかったし、かといって、結果が悪ければ大変なことになる。検査ばっかりのやりかただとか、まずは見込みで治療を始めてしまって、外来が終わってから改めて診察するやりかただとか、サービスの品質は、相当に低かったんだけれど、どこを見渡しても、その場所に代わりの医師はいなかったから、トラブルになることはなかったとはいえ、あの場所で病院にかかった人たちは、それでも「しかたねぇな」なんて、医師に対して、何かをあきらめてくれていたのだと思う。

本が出ます

そんなわけで、本が発売されることになりました。

最新の知識が得られるわけでもない、エビデンスに基づいた正しいやりかたが書いてあるわけでもない、権威ある医師が執筆したわけでもない、小さな内科の入門書です。

経験も、技術も乏しい自分に、本として提供できる何かがあるとすれば、それは患者さんからもらった「しかたねぇな」というため息なんだと思います。

不十分な技術で、不十分な環境で、ばたばたしながら、叱られながら、それでも患者さんから「しかたねぇな」なんて呆れられながら、何とか現場を回して今まで来た、そんな経験を、この本に書いたつもりです。

正しくやってきた人から見れば、笑ってしまうような、呆れてしまうようなやりかたです。でも同時にそれは、こんなやりかたであっても、何とかお客さんは「しかたねぇな」なんてそれを受容してくれる、緊急避難のやりかたにもなっていて、正しくやるだけの余裕が持てないとき、役に立つ機会もあるんじゃないかと思います。

機会がありましたら、ぜひ手にとっていただけると幸いです。