「暗い部屋」感想

「暗い部屋」というビジュアルノベルを読んだ感想文。同人ゲームだけれど、Amazon から購入することが出来る。公式サイトはこちら。感想だけ。伏線の検証とか、たとえ話の対比を調べたりだとかはこれから。

暗い部屋
暗い部屋
posted with amazlet at 10.07.01
暗い部屋制作委員会

背景写真と効果音がついた小説形式になっていて、アニメ絵の立ち絵だとか、台詞の朗読はないから、夜の医局で読んでも大丈夫。

背景写真は黒ベースの渋いものが多くて、目に優しい。ちょっと厚めの文庫本1冊ぐらいのテキスト量で、数時間で読めた。

以下、読んでいる間に書いたメモ。

  • 人が人でいるためには場所がいる。壁で囲まれた場所。自分を取り囲む、小さな箱から脱出しましょうなんて、本当にそこから脱出できた人がいたとして、それはもはや、人でない何かなんだろうと思う
  • 箱にはたぶん、最低限これだけの、という大きさがある。最低限を、自分はたぶん「棺桶」であろうと思っていた。このあたりは山本七平の本からの連想。このテキストには、もっと小さいものが示されていた。鍵になるイメージ
  • 居場所がないと、人は人でいられない。役割を演じたり、仕事や会話をしたり、あるいは誰かを傷つけたり、何かを壊したりといった動作もまた、その人が何者かでいるために欠かせないものなんだと思った
  • 物語の序盤、主人公は「居場所のない人」として描かれているように思えた。主人公は人間だけれど、人でない何かから、人として必要なものを、居場所や役割を通じて取り戻していく
  • 居場所はゼロサムゲームみたいになることがある。誰かが居場所を獲得することが、別の誰かの居場所を奪ったりもするし、誰かが人になることで、別の誰かがそれを失ってしまったりすることもある
  • 何人かの登場人物が、物語を通じて居場所を失っていく。じりじりと見えない壁に追い詰められていく描写が上手。壁というのは、見えないくせに迫ってくるのだけは感覚できて、居場所がどんどん小さくなっていく。救いがないんだけれど、あの追い詰められる感覚は大好物
  • 居場所というのはたぶん、物理的な大きさと、役割の重さと、あるいは未来の時間と、それぞれ価値の交換が可能なものに思えた
  • 「もっとかわいそうな人がいる」という感覚は、恐らくは役割を生む。それにすがって、ようやく人になれる人というのが描写される
  • 大事なものは隠しておかないといけない。居場所がない人にとっては、見せることはしばしば、ただでさえ弱い居場所を壊してしまうことにつながる
  • 役割というのはたぶん、外から見える以上に大切。役割を演じることが、居場所を作ることと等しい人にとってはとくに
  • 「その役割はそんなに大事じゃない」とか、取り換えられるなんて指摘をすると、そこに居場所を見出していた人は、居場所を失ってしまう。破壊的な結果になる
  • 「かくあるべき世界」そのものを壁にして、その壁で作った箱を自分の居場所にしていると、実世界とのずれが壁を破壊してしまう。こういう人は、ずれを全力で否定しにかかる。端から見ると病的なぐらいに
  • 未来に居場所を託して、そこにすがっている人というのもいる。こういう人は恐らく、現在に居場所がなくても、それでもなんとか人でいられる。未来と今とをつないでいる紐が切られると、もう生きていられない

商業出版される予定だった原稿が、「諸般の事情」で企画が中止になって、結果として同人出版という形式になったんだという。

商業にするというのは、ある程度の幅こそあれ、典型的な読者だとか、典型的な物語の構造に、テキストを合わせる必要があって、この物語はたしかに、そういう意味で「商業的でない」ところがある。商業的であることと、それが商売に結びつく価値を持っていることとは、同じようでいて、案外違う。

面白いとも違う、怖いとも違う、じりじりとひたすら追い詰められていくような、読者の居場所もなくなっていくような、読むと面白い体験が出来ると思う。