医療サービス「紳士の薬箱」

これから先、専門技能とは無縁の一般内科が報われることなんて絶対ないから、 将来のことはいろいろ考えてる。

能力ないし、今さら転職とか、他の業界に移ったところでやっていけるわけがない。

開業医というありかたは、基幹病院が提供しているインフラにただ乗りしているところに どうしても欺瞞を見てしまって、やっぱりあれはやりたくない。

将来疲れたとき、健康保険制度に迷惑かけることなく自分が食べてける、そんな構想。

個人輸入薬のこと

一時期、5 日分で4 万円なんて報じられてたタミフルも、ブームが落ち着いたのか値段が下がって、 今アメリカから輸入して、15000円ぐらい。日本で処方するのに比べれば割高だけれど、 それなりに現実的な値段にはなってきた。

「幸福追求権」とかいう権利のおかげで、日本の規制は何故だか甘くて、 個人での使用に限ると、医師の処方箋なしでたいていの薬は輸入できる。

アメリカの業者をちょっと覗くだけで、抗生物質からタミフル、鎮痛剤や胃薬、 降圧薬、糖尿病の薬、果ては抗癌剤とか、血栓溶解薬の静注剤まで普通に販売されている。 本当に税関を通るのかは分からないけれど、少なくとも普通に買えるようにはなっている。

やっぱり興味を持っているのが、西洋薬で作った薬箱。

無診察診療はルール違反。健康保険を使わないで、 なおかつ医師と顧客とが「紳士協定」を結べるのなら、 ぎりぎりグレーゾーンでいけそうな気がする。

具体案

個人を対象にした、1年ごとに契約するサービス。富山の置き薬みたいなイメージ。

「薬箱」を企画して、必要な薬を「リンク集」の形で配布して、 契約した人には、各々薬を個人輸入してもらう。 契約者に自分の携帯電話番号を通知して、何か具合が悪くなったら電話で相談を受けて、 あくまでも「友人のアドバイス」として、輸入して手元にある薬を服用してもらう。

用意するのは、抗生物質3種類、各1週間分、タミフル5日分。 抗ヒスタミン剤2種類、吐き気止めと抗コリン薬、ちゃんと効く胃薬各10錠ぐらい、 咳止めと痰を切る薬各10錠、気管支拡張薬の吸入薬1本、 ステロイドの軟膏1本、抗生剤の軟膏1本、あと鎮痛薬2種類を各10錠、 プレドニンを20錠ぐらい。かゆみ止めと抗生剤の点眼薬。

個人輸入のサイトで検索して、全部個人輸入で計算したら、89000円。 国内で処方するのに比べて圧倒的に 高価だけれど、ギリギリ現実的な価格だと思う。

夜中の救急外来で、「明日また来て下さい」なんて薬を渡すときは、 たいていこんな薬を使う。あとは眠剤と整腸剤ぐらい。

眠剤は輸入できないけれど、国内の病院に入って「眠剤下さい」と 一言いえば、すぐ出してもらえる。整腸剤と経口補水塩は、 日本のドラッグストアで買ったほうが圧倒的に安価。

全部で9万円。高価だけれど、どの薬も100錠単位とか、量がすごく多い。 個人のサービスなんだから、薬なんてどれも10錠もあれば十分なんだけれど、 個人輸入はバラ売りしてない。 薬を「共同購入」してもいいなら、薬箱の値段は半分以下になる。

「薬箱」が対象にしているのは、夜間の救急外来に歩いてきて、薬をもらって歩いて帰るような症状。

風症状とか頭痛、胃痛みたいな症状に対してなら、リストに並べた薬で大体足りるはず。 手元に薬があって、なおかつ電話で医師のアドバイスが援用できるなら、その人はたぶん、 わざわざ夜中に病院に行く手間を減らせる。

購入してもらう薬のリスト、それぞれの薬に関する説明書、 症状を説明するための、体のいろんな場所に番号を印刷した抱き枕(このへんも紳士)、 自分の携帯電話番号をセットにして、1 年契約分、20万円程度で販売して商売にする。

契約した人は1年間、医師の携帯電話にかけ放題。薬のことから症状のこと、 単なるおしゃべりまで、そのあたりは自由に医者を使ってもらう。

問題点

輸入した薬の品質が保証できない。

一般的に使われている薬剤だから、たぶん日本の業者さんに見せれば本物かどうかの 区別はつくのだろうけれど、国内で作っているわけではないから完璧にはならない。 薬が効かなかったときは自己責任。バイアグラみたいな高価な薬は入っていないから、 向こうの業者が「偽造」を行うメリットも少ないはずだけれど。

法律の問題は、どこまでもついてまわるはず。

理屈の上では、健康保険診療を行っているわけではないけれど、叩かれない保証はどこにもない。 個人輸入した薬は、すべて個人消費が原則。契約した人が、誰か他の人に 薬を分けたら、それは罪になるはず。その罪が自分に及ぶことは無いはずだけれど、 「リスト」を提供した責任が問われそう。

薬を全て一括輸入して、業者さんに「本物」認定をかけてもらって、 必要な分だけ小分けすれば、圧倒的に安価に、たぶん3万円ぐらいで「薬箱」が作れるんだけれど、 今の法律では無理っぽい。

大義名分」が存在しないのも厳しい。薬を個人輸入して診療に役立ててる人は、 癌診療とか保険外使用の薬とか、「命のため」みたいな大義名分のために グレーゾーンに踏み込んでいて、法律を違反したところで、道徳違反になりにくい。 「薬箱」による電話診療は、単純に便利で安直な診療形態にしかすぎないから、 グレーゾーンをとがめられたとき、後ろ盾になる大義名分が作れない。

「医師のアドバイス」というものを、「友人として助言しました」なんて強弁して、 法律の人達が怒らないのかどうか。こればっかりはやってみないと分からない。

信頼担保にかかるコスト

「薬箱」みたいな通信医療は、お互いの信頼が極めて重要になる。

医師はたとえば、50人程度の契約者と「1 年間電話かけ放題」で契約を結ぶ。 50人の契約者は、医師一人を1年間、共同で雇用する。

「医師の1 年」というものが、一種の共有地になる。 誰か一人でも「使い放題」をやってしまうと、その医者は潰れて、残りの契約者が迷惑をこうむる。

法律違反も全員に被害が及ぶ。契約を行った50人、全てがグレーゾーンを共有する共犯関係だから、 誰か一人でも薬を誰か別の人に使ってみたり、医師の携帯電話番号を教えたり、 何かトラブルを起こしたその時点で、サービスは崩壊してしまう。

こんなサービスはだからこそ、医師も契約者も、「私は裏切りません」という 信頼を担保できる人でないと始められない。

従来「誠実さ」は、お金で購入するものだった。

基幹病院も開業医も、みんな立派な建物を作る。あれはもちろん自慢要素だってあるけれど、 「立派な建物を作ったこと」それ自体が、自分は裏切らないでここで仕事をしますという 意思表示になっている。「開業しました」なんて広告を見て、行ってみたら倉庫みたいな プレハブひとつでは、怖くてだれも受診できない。

地位が高い人、収入が多い人というのもまた、そのこと自体がある種の「誠実さ」を担保している。 そんな人はたいてい忙しいし、収入が多ければ、契約料に対する負担感も少ないはずだから、 その人が医師のリソースを独占してしまうリスクは低くなる。

信頼を保証するにはコストがかかる。開業するにはだからこそお金がかかるし、 高い地位とか収入とは無縁の「いい人」は、高い信頼コストの割りを喰って、 その「よさ」を生かせない。

信頼担保ツールとしてのインターネット

「薬箱」システムは、だから大きなクリニックを経営している医師が、 社会的な地位が高い人達に限定してサービスを展開すれば、 かなり高い確率で上手く行く。「薬箱」までやらなくても、 山中湖クリニックとか、似たようなサービスはすでに始まって、 たぶん成功しているはず。

その代わり、収入が多くて地位が高い人なんて、 そんなにたくさんはいないから、サービスを広げるのは難しいし、 自らも信頼を「購入」しないと、そもそもサービスを始められない。

このあたり、あるいはインターネットでの発信行為が、信頼を担保する道具として 使えるのではないかと期待している。

ネットでどんなに偉そうなこと書いてても、それが本当かどうかを証明する術がない以上、 その人のピーク性能は測れない。その代わり、ネットで長く発信を続けて、 それでも今もなお生き残っていることそれ自体は、「とりあえず裏切らない」 ということを、ある程度保証してくれる気はする。

「薬箱」サービスは、電話で自信がなければ「本物の医者にかかってください」という 逃げが打てるサービスだからこそ、「裏切らない」という最低ラインの保証ができれば、 それで十分なのだと思う。

救急外来に来る患者さんの 90% は、その日に来なくても大丈夫で、歩いて病院にきて、 薬もらって歩いて帰る。こんな人達は、だからみんな「救急箱」の顧客なんだけど、 この人達に「救急箱」を提供したら、間違いなく医師が潰れる。

中途半端に便利だし、対価を支払った人達は、誰もがきっと、 「お得」な思いをしようと電話をたくさんかけるだろうから。

「いい人」が得をする構造を作りたいなと思う。保険診療みたいな 平等ルールは、今もこれからも、どう変わったところで「声が大きな人」が得をして、 「いい人」はいつまでも割りを喰う構造は変わらない。

自分もそのうち「平等」声高に叫ぶ人達に疲れるだろうし、今実際問題、 現場は平等ルールに疲れてる。現場の医師が、自らの「よさ」を発信して、 インターネットの存在が、どこかで割り喰ってる「いい人」を低コストで 発見する役に立つなら、その場所はきっと、平等に疲れた人達が憩える場所になる。

あと何年かして、もしも現場が嫌になったら。

とりあえずは無償のクローズドβ版から。。