「地域医療請負会社」の可能性

外科医が減ってるらしい。

この2年間ぐらい、全国どこの医局にしても、外科内科にはまともに人が入らない。 大学だけの問題ではなくて、県内で一番多くの人を集めた市中病院もまた、 残ったレジデントは、みんな忙しい科を避けたらしい。

「入局者ゼロ」が2 年も続いた医局には、もうだれも怖がって入らない。 そこに入局したら、2年分の雑用が押し寄せるのは見えてるから。

近くにある公立の基幹病院は、3月になったら内科がいなくなる。 医局の嫌がらせとかじゃなくて、もう出せる人がいないから。 うちの施設近隣、人口40万人圏内で、夜間にまともに機能している分娩施設はあと1つ。 内科外科系の施設は3つあるけれど、それが今度から2つになる。

一昨日の当直で、8 件断られたとかで、県境またいで、1 時間半かかって患者さんが来た。 うちなんか地図にも載ってない小規模施設だから、救急隊も場所分かんなくて、 電話で道を問い合わせながらやってきた。外傷なのに。受け入れるったって、 内科の自分しかいないのに。

大学医局は、眼科や皮膚科が大盛況。公立病院の外科ベッドが空になって、 赤字が累積していく中で、あるいは今度は、「白内障センター」とか、 「アトピーセンター」なんかが作られるんじゃないかなんて話してた。

コミットメントの力

「産科医が産科医らしく仕事をするためには、当直明けに休養を取る必要がある」

教室のトップがこんな宣言出して、医局が派遣をだしてる病院に、「当直の翌日は休み」の ルールを徹底するようお願いして、それを守らない病院からは人を撤退させた医局があるらしい。

宣言を行って、それを履行できない施設を本当に排除したから、その医局には信頼が集まって、 産科医冬の時代であるこの御時世にもかかわらず、 たくさんの研修医が入局したらしい。

たぶん、「ネットワークの緊密度」と、「そこに投じられる情報の量」には最適な割合があって、 今はたぶん、研修医同士の横のつながりが密になったのに、 投じられる情報量が圧倒的に不足している状況なのだと思う。

インターネットにつながれば、今はどの病院をみても、 「充実した研修」とか「やりがいのある仕事」みたいな、美辞麗句。

クリック一つで引っ張れる文字数は、自分達が研修してた頃に比べれは、 比較にならないぐらいに多くなったけれど、「情報」として役立つものはほとんどない。 複雑さを伴わない、単純にコピーしただけの情報は、いくら増えても「情報量」として効いてこない。

美辞麗句に食傷した、みんなが知りたいのは、たとえば医師の勤務時間のお話。 医局、あるいは病院として用意している訴訟対策のお話。 あるいはまた、仕事に見合っただけの対価、給料とか、生活場所とか、お金の話。

「いい研修」なんて漠然としたパラメーターとは別の切り口を前に出した情報は、 空疎な美辞麗句に対する解毒剤として作用して、きっと多くの人に届いたのだと思う。

今はみんなが情報を欲していて、そのくせ「耳に届く」情報を発信している施設が、 世の中にほとんど無い状態。冬の時代ではあるけれど、ある意味チャンスともいえるはず。

信頼の空白にビジネスが生まれる

公立組織は、昔も今も投げっぱなし。

医師が何をしたって自由だけれど、何をしたって患者さんは押し寄せるし、 近隣の開業医は、厄介な患者さんを時間外にブン投げる。それを診察しても、 あるいは断ってトラブル起こしても、すべては医師の自己責任。

もっと人増やしてくれとか、これ以上救急診れないとか、現場が悲鳴あげても、 自治体はやっぱりその人任せ。人増えないし、断ったら 「怠惰な悪徳医師がたらいまわし」とか叩かれるし、 頑張ったって給料増えない。組織は個人を守ってくれない。

赤字抱える公立病院は、どこも人件費率6 割越えで、そのくせ医師の給与割合が極端に少ない。 医師は大体3年ぐらいでやめちゃうのに、あとの人たちずっといるから。

医局がバックについてくれても、みんな忙しい。法律の話だとか、お金の話だとか、 どうにも苦手だし面倒で、個人と自治体、ぶつかりあっても答えは出なくて、 信頼関係だけがすさんでいく。

信頼の空白地帯には、新しい商売の可能性。

法律得意な人達とか、現在医師派遣の会社やってる人達とか、 自治体相手に交渉を代行する仕事が、これから流行るかもしれない。

給料のお話も大事だけれど、大切なのは、勤務時間とか、勤務を「定義」するお話。 このへんを詰めた労働契約書は、詳しい人じゃないと作れない。

  • 外科医が不在の、内科しかいない病院で外傷を受けるよう命ぜられたとき、責任の所在はどこにあるのか
  • 当直翌日、寝ぼけた頭で働いて、トラブル起こしたときに、自治体側のサポートは得られるのか

今はこのあたり、「お互いの信頼」なんて美辞麗句で隠蔽されて、実際問題「いざ」というときには 自治体側は何にもしてくれないのは見えてるんだけれど、個人ではなかなか交渉できないし、 言質取るにしてもどんな文章書けばいいのか分からない。

「交渉業者」なんて人達が出てきたら、「条件呑めないなら引き上げますが?」とか、 「○○病院はこんな条件で絶賛医師募集中ですが?」とか、個人で交渉するときよりも、 はるかにたくさんの交渉カードを切れるはず。

言質取る医者というのは、自治体側から見たら「悪い」やつらだけれど、 対価と引き換えに悪意を引き受けてくる、そんなビジネスをやる人達が、 法律畑からこれからきっと出てくる。

「医療請負会社」の可能性

「戦争の民営化」を成し遂げた、戦争請負会社みたいな存在が、 地域医療の現場に出てきたら面白いなと思う。

誰か公立病院の部長だった人とか、大学を退官した教授先生あたりが 代表者になって、法律の専門家と、交渉ごとの専門家とをパートナーにして、 社会のためでなく、株主の利益のために医療を運用する会社。今でも医師を紹介する 会社はあるけれど、もう一歩踏み込んだ会社組織。

医局の機能が変わらないかぎり、これから先、どう頑張っても僻地からは人が いなくなる。公立の施設とか、救急を受ける基幹病院なんかは、その傾向がもっと強くなる。

そんな施設に「個人」として勤務する人は、待遇に不満があったり、 「人命のためですから」みたいな美辞麗句につけこまれたり、 身の危険を感じたときには辞職という選択肢しかとれないけれど、 その人が会社組織に属しているなら、自治体と厳密な雇用契約が結べるかもしれないし、 不利な契約押し付けられそうになったとき、「本社と相談します」という手段が使えるようになる。

医師だけで作った団体は、たぶんあんまり上手に機能しない。

労働組合のやりかたは、みんなが同じ立場だからこそ、分断されたら無力だし、 医局や医師会は、構造上、違う立場を「同じ」なんて定義している時点で、内紛から逃れられない。 同じ医師同士、たぶん当直とか重症患者の管理とか、 厄介な仕事が誰かに押し付けられる機会は少なくない。 そのとき「仲間の集まり」は、共有のインフラにフリーライドする同業者を排除できない。

田舎に新しくできた総合病院が、同じ「内科」でも複数の会社から派遣された人達で、 一人一人、雇用条件がみんな違ってたり、医師の給与で議会がもめて、 契約の破棄がなされた瞬間、翌日行ったら医局が空っぽになってみたり。

「やりがい」とか「情熱」、使い古されて、あまつさえそんな感情とは最も遠い人達が、 稚拙なやりかたで勝手に運用する、こんな考えかたに振りまわされるのに疲れた現場に、 民間の会社組織が、信頼性の高いメッセージを届けることができたならば、 けっこう面白いことがおきそうな気がする。

それは医局が権益団体化へと変化するのを目の当たりにすること かもしれないし、従来の医局機能を営利組織が 肩代わりする構造かもしれない。どちらにしても、内科や外科を増やそうと思ったら、 情熱文脈以外のやりかたを導入しないと無理だと思う。