土俵をずらす戦略

たとえば大量の戦車や火砲で攻めてくる大軍相手に、物量で劣った側が、より強力な対戦車兵器で応戦を試みても、 物量に押しつぶされて、敗北を避けるのは難しい。

物量で勝てない敵を相手にして、相手の土俵で勝負してしまうと、戦況は間違いなく泥沼化する。 こんな状況で戦うときには、まずは「相手の土俵」を見定めて、「そこでない場所」で全力を尽くせるような状況を考えないといけなくて、 相手が「戦車」であるときには、そこは「地下」なんだという。

まずは穴を掘る

戦車が武器として成立する条件は厳しくて、戦車はたしかに協力だけれど、スピードは遅いし、視界は極端に悪い。 見えない場所から近寄る手段があるのなら、ちょっと大きな地雷を一つ放るだけで、たいていの戦車は動けなくなるし、 壊れた戦車を内側から直すことはできないから、その時点でもう、武器としての戦車は、その意味を失ってしまう。

戦車を運用するときには、だから必ず歩兵の同行が必要で、歩兵の援護がない限り、戦車は武器として成立しない。

たくさんの戦車が攻めてくるという状況で、それを迎える側がトンネルを掘って、地下にこもってしまうと、 戦車は地下の人間に対して手出しができない。歩兵はトンネルに潜れるけれど、地下では戦車の援護が 受けられないから、人的な被害は莫大になってしまう。

「大量の戦車」という、相手の軍隊が持っている強みは、「土俵」を地下に移されてしまうと発揮できなくなってしまうから、 「トンネルに隠れた歩兵」という状況を作られると、戦車軍団がそこを突破するのは難しくなるのだという。

携帯電話のこと

携帯電話は、様々な会社が独自の製品を作り上げて、ずいぶん栄えて、ここに来てスマートホンがやってきた。

スマートホンの主役は、電話機メーカーというよりもソフトウェアを作る会社であって、ハードからソフトから、全てを作って売ってきた従来の電話と比べると、 購買のきっかけになる何かというものが、ずいぶん異なっているように思える。

メーカーの思惑は、様々なのだろうと思う。Google 先生は情報を集めたいのだろうし、マイクロソフトはソフトを売りたい、 林檎は正直何をしたいのかよく分からないんだけれど、いずれにしてもスマート電話の業界は、ソフトを売る人たちが強くて、ハードは弱い。 日本のメーカーも気を吐いているみたいだけれど、素人が見た限りでは、むしろ台湾あたりのメーカーのほうが、元気が良さそうに見える。

「製品」を販売するときには、ソフトからハードまで、全てを一つのパッケージとして販売するほうが、利幅が高くていい商売になるのだろうけれど、 アップルがそれに挑んで暫定的な成功をおさめて、今度はGoogle が、無償で性能のいいソフトを武器にそこを崩しに来て、 やはり暫定的にせよ、いい成果を上げているように思える。

携帯電話の機能が増して、ソフトウェアが良くなって、魅力の軸足というものが、製品それ自体よりも、むしろソフトの側に写っているように思える。 スマートホンを選ぶときには、まずは「OSの選択」が先に来て、この状況でハードの魅力というものは、もはや単なる選択肢になってしまった。

ハード屋さんとしては、それはやはり面白くないのだろうから、たとえばXperia は独自のソフトを搭載して、それを魅力にしようと一生懸命だけれど、 Xperia 独自のソフトウェアというものが、ユーザーの購買を直接引っ張っているのかといえば、そんなことにはなっていないような気がする。

相手を選択肢にする

「これが買いたい」という動作を押すのは、本来ならたぶん、ハードとソフトが車の両輪で、お互いが相補的に作用することで、 初めて製品は魅力的なものになる。

ところがAndroid だと、ソフトウェアはGoogle 先生がすごい勢いでアップデートをかけるから、 ハードウェアは単なるOSの乗り物になってしまう。乗り物なら、実用性が大切で、 安くて早くて丈夫なら、「それ自体の魅力」というものの意味は軽くなる。

乗り物扱いをされるのは、ハード屋さんはもちろん面白くないだろうから、独自のアプリケーションを製品に乗せることで、 魅力の軸足を製品の側に持ってこようと試みるのだろうけれど、それはちょうど、大戦車軍団を相手に歩兵が突撃を試みるようなもので、 気合いとか根性では、物量をひっくり返すのは難しい。

すごい勢いで進化するソフトウェアを前に、ハード屋さんが「トンネルを掘って地下に潜る」戦略をとろうとするならば、 今度は「様々なソフトウェアの走るハード」を作ることで、いろんなOSに対応させて、OSを乗り物扱いしてしまうことになるのだと思う。

権利の関係でそれは難しいのだろうけれど、何か魅力的な使い勝手だとか、性能を持ったハードウェアを一つ仕上げて、 どれか特定のOSでなく、従来の携帯電話だろうが、Android やWin、Mac OS だろうが、「何でも乗せられる」電話機を 製品化することができれば、今度はソフトウェアの側が選択肢に、ハードウェアの乗り物になる。

進化していくソフトウェアにハードウェアが対応できる限り、ユーザーは好きなOSを積めばいいわけだから、 魅力の軸足は、ソフトからハードへと移ってくる。

空と地下の先にあるもの

それが「速いCPU」でも「打ちやすいキーボード」でも、ハードにはハードならではの魅力があって、 特定のソフトウェアとの紐付けを断ちきることが出来るのならば、そうした魅力が、製品の魅力に直結するようになる。

ソフトウェアを作る人たちは、そうしたやりかたを許さないだろうけれど、ハードもソフトも選択可能になった状況というものは、 メーカーの側からはやりにくくて、ユーザーの側からは歓迎すべき状況で、そうなってほしいなと思う。

ソフトはソフトで、本来これは何かといえば、「データの乗り物」なのだと思う。

データの保存先をどこかに作って、データは会社が責任を持って保存、そのデータを、どのソフトで、どのOSで動かすのかは、 ユーザーが自由に選択できるような状況をデータ屋さんが築くことができれば、こんどはソフトウェアというものが、 「データの乗り物」になってしまう。

Google なんかはこれをやりたくて、今いろんなデータをクラウド化しているのだろうけれど、文章や図版、メールアドレス、 ブックマークをクラウド化して、あとは特定のソフトを使いこなすときの様々な設定だとか、マクロみたいなものがクラウド化できると、 ハードウェアやOS までもが単なる選択肢になって、それに乗っかっているメーカーは厳しくなってくる。

ソフトウェアが「地上」であるとして、「地下」のやりかたが選択可能なハードウェア、「空」にはクラウドデータの流れがあるとして、 「地下の地下」には、恐らくは部品屋さんがいる。「インテルはいってる」のコマーシャルなんかはそれを狙ったものなのだろうし、 携帯電話のCPUでは韓国や台湾のメーカーが気を吐いていて、そこに日本のメーカーが主役として立っていないのが、 寂しくもあり不安でもある。

「空のさらに上」にはじゃあ何があるのか、個人的にはそれは「教育」であって、Google みたいなデータそのものを扱う人たちは、 最終的にはそんなことがやりたいんじゃないかと妄想するのだけれど。