謝罪というもののありかた

Sorry Works という、米国医療の「謝罪」の教科書からの抜き書き。

日本だとこう、謝罪というものが誠意の文脈で記述されることが多くて、個人的にはそういう立ち位置には違和感があったのだけれど、この本が取りあげている謝罪というものは、けっこう実際的だった。

以下引用。

  • 多くの人々が、謝罪するということと、責任を認めるということとを同一視してきた。両者は全く異なる考えかた
  • 事実関係が明らかになっていない段階では、「全ては私の責任です」と口にしてはいけない。取り返しがつかなくなる
  • 最初の段階では、たとえば「合併症について申し訳なく思います。何がおきたのか説明させて下さい」とか、「あなたの被った被害について申し訳なく思います。どうしてこういう事態になったのか、もう少し調べさせて下さい」と、謝意のみ表明して、責任の話題は出してはいけない
  • 謝罪は2つの深度に分けて行う。最初の謝罪は、「申し訳ない」という感情の表明と、事故に巻き込まれた、特に患者さんのご家族に対する援助とサービスの申し出を行う。事実関係の確認が行われて、病院側の過失が確定して、はじめて責任の表明が行われる
  • 「謝意の表明」の例:「大変申し訳ありません。何が起こったのか、すぐに調べて、分かったことについては、隠すことなく必ず報告します。何か我々にできることがあったら、何でも教えて下さい」
  • このときに、別の誰かの責任をほのめかしたりするのは良くない。
  • 説明を行う際には、専門用語を使うのは良くない。口語で語る。謝罪するときには単純に「申し訳ありません」といったほうがいい
  • 謝罪というのは感情を表明する言葉であって、これはすぐに行わないといけない。責任の表明は、事実関係を明らかにする努力が払われ、その上で医療者側の責任がはっきりとしてから、初めて行わないといけない
  • 責任の表明が行われるべきタイミングは、何か事故が起きて、その後きちんと家族や患者さんとのコミュニケーションがなされ、信頼を築いて、その上で、事実関係を明らかにしてから、行われないといけない。
  • 「申し訳ありません」という感情を表明することは、起きたことそれ自体を軽減することはできないけれど、そこから始まるもっと悪いことを回避する効果は十分に期待できる

事故が起きたときに患者さんが望むことは、以下のとおり。 1. 過誤の内容が隠されないこと 2. 何がおきたのかを理解すること 3. どうしてその過誤がおきたのかを理解すること 4. その事故を軽減する選択枝がなかったのかどうか 5. 再発を防ぐという保証 5. 謝罪を含んだ感情的な保証

  • 発生が予見される合併症と、明確な過誤とを区別しないといけない。往々にして、前者に責任を認める医師がいるけれど、これは避けないといけない。あらゆるケースにおいて、「申し訳ありません」と表明することは大切だけれど、責任については、それを認めるべきケースと、そうでないケースとがある
  • 「申し訳ありません」と、「私の責任です」、あるいは「私の怠慢でした」という言葉は、意味あいが全く異なってくる。謝る側が区別しないとトラブルになる
  • 人間関係が大切。訴訟になったケースの大部分では、事故が起きた後、患者さんと主治医との間で、正しい関係が築かれていなかったか、コミュニケーションが全く行われていなかった
  • 医師-患者関係というものは、事故が起きた瞬間に終わるのでなく、むしろそこからまた始まるのだと考えないといけない
  • ごく単純に、事故が隠蔽された、と家族が感じると、それだけで訴訟の確率が高くなる
  • 事故直後に正しい情報の公開が行われていなかったり、あるいは誠実な関係が築かれていなかった、という事実は、それだけで陪審の印象を悪化させる
  • 私見。裁判以前の「正しいコミュニケーション」と、裁判以後の、独特のルールにそった「正直な」やりかたとは、主治医が嘘をつかない限り、矛盾しない。何がおきたのか、きちんと誠実に公開することで、「医師の見解」というものを、分かりやすく詳しく語ることができる。このことは同時に、「医療者側は誠実な対応を行ったけれど、事実の流れを理解してもらえなかった」という、証拠固めをすることにもつながる
  • 私見の続き。裁判というのは、お互いの見解にすれ違いが生じて、初めて発生する。原告側は「過誤の物語」を、被告側は同様に、「防衛の物語」を、お互い裁判所に提出することで、その信憑性を、裁判官に判断してもらう。最初の「誠意ある謝罪」の時期というものは、だから自らの見解を補強して、弁護士抜きで、相手に語れる機会であると考えれば、露悪的な文脈で考えても、つじつまが合うと思う
  • 強欲でなく、怒りというものが、昔から訴訟の原動力となってきた。
  • 情報を公開すること、コミュニケーションを緊密にすることが、最終的に、問題に関して、お互い率直に会話を行う機会へとつながっていく
  • 事故の説明機会は、たとえば事故を生じたカルテを第三者にレビューしてもらった後、患者さんの剖検レポートが返ってきた後など、複数の機会を設けて、その都度疑問がないかどうか、何か後から分からなくなったことがないかどうかを聞き返すといい
  • 私見。面談を最初から複数回に分割するのならば、あらかじめ「次はこの日」というものを設定しておいて、こちらから提案するのが望ましい。検査などもそこを目指して入れておく。イベントドリブンで「何かあったらまたお話しします」は、「待ち」の印象を持たせてしまって、あまりいい方法でない気がする

「責任の表明」を行うときには以下の手順を踏む。 1. 最初に「申し訳ありません」と、感情の表明を行う 2. 次に「これは私の責任です。こうしたミスが発生しました」と説明する 3. 具体的にどんなミスが起きて、今後それをどう予防していくのかを説明する 4. 最後に必要があれば、補償についての話をする