流れに対する想像力

待ち時間を短くする、あるいは「待った」感覚を減らすための方法について。

米国の、医療過誤訴訟を回避するためのマニュアル本では、とにかく患者さんを待たせてはいけないこと、 待たせたときには、すぐに謝ることが大切なのだと、訴訟回避の方法を紹介している。

待たせないことは最善だけれど、なかなか難しい。絶対的な待ち時間を減らすことは、あるいは難しいのかもだけれど、 お客さんの「待った感覚」を減らすための工夫というのは、まだまだやりようがあるような気がする。

「気にかけています」というメッセージ

待ったお客さんというのは、しばしば不快を感覚するけれど、 その中でも特に、、「自分が流れから取り残された」という感覚が、怒りに直結するのだと思う。

たとえばマクドナルドで注文をすると、問答無用で「トレイ」を渡される。中で食べていくお客さんはもちろん、 持ち帰りの商品を注文しても、中で並ぶと、とりあえず自分用のトレイが用意される。あのトレイはたぶん、 単に商品を置くためのものではなくて、マクドナルドの中の人は、あれをお客さんの分身に見立てているのだと思う。

注文が殺到すると、レジの上には、いろんなお客さんのトレイが並ぶ。乱雑になるけれど、商品が渡されないかぎり、 レジの並びには自分のトレイがあり続ける。あれはたぶん、トレイがそこにあることで、「店員は常にお客さんのことを気にかけています」 なんてメッセージを発信している。

ラーメン屋さんに座席をたくさん用意して、お客さんをみんな座らせてしまうと、 「待ち時間の長い、どうしようもない店」だなんて文句を言われる。座席を減らして、 お客さんを外に並ばせると、「行列のできる人気店」になる。

行列の出来るラーメン屋さんが、待ってもそれでもお客さんが怒り出さないのは、それが行列だからであって、 待っていれば、前に進むし、列にいるかぎり取り残されない。これが大きな部屋にたくさんの椅子と机が置かれてしまうと、 「俺の注文したのはいつ来るんだ?」なんて、お客さんは悩まなくてはならない。

米国の開業クリニックにおいては、電話の待ち時間に対する苦情が一番多いのだという。 電話には、マクドナルドのトレイに相当するものがないから、待っているときの「向こう側」が分からない。 あれは不安で、やっぱりたぶん、怒りを招きやすいのだと思う。

フロー駆動とイベント駆動

手術は順調に終了したのに、裁判になった事例が紹介されていた。

手術自体は、多少の遅延はあったものの、予定どおりに進行していたのに、家族には経過が知らされなかった。 病棟は勤務の切り替わりがあって、その時のスタッフで、手術室のことを知っている人がいなかったものだから、 待っているご家族には、誰も声をかけなかった。そのうち消灯時間になって、電気が消されて、怒った家族は、退院したあと病院を訴えたんだという。

誰のせいでもないと言えばないのだけれど、せめて1時間に1回でも、病棟の誰かがご家族に声をかけていれば、それで回避できた問題だった。

先のことは分からないし、自分たちは普段、「分からないことを口にするな」なんて教わるんだけれど、 あえて予測を行ってみせることで、待ち時間の不快感を、わずかでも減らせる効果を期待できるのだと思う。

「手術は必ず成功します」なんて予測は無理だけれど、たとえば検査を出すときには、たとえはっきりとは分からなくても、 「恐らくは1時間ほど時間をいただきます」とか、これから起きることでなく、それに必要な時間なら、予測を行える。 あるいは全く先の見えない状況のときには、「まだまだ時間がかかりますが、30分後に途中経過を報告しに来ます」とか。

フロー駆動とイベント駆動とのギャップが、不快や不信を生む。

自分たち医療従事者は、仕事をイベント駆動で回す。何かを行って、それが終了して、初めて次の手続きに入る。 恐らくはどこの業界でも、専門家と言われる人たちの仕事は、時計よりも、手続きの結果に基づいて、 次の行動を決める機会が多いのだと思う。

一方で、待つ側の人間は、物事を時計でしか計れない。普段はイベントで仕事を回す自分たちにしてから、 病院を一歩外に出れば、待っているときには何度も時計を確認して、理不尽な怒りに肩を震わせたりもする

進捗状況を可視化する

仕事の進行具合を、専門家でないお客さんに対して、常に見せることが、不快を減少させるのだと思う。

見せかたにも恐らく正解があって、「今はこの工程を行っています」という、手続きを語るよりも、 むしろ「この工程でだいたい7割終了ぐらい」とか、「全部で12ある工程の、現在4つめ」だとか、 フロー的な見せかたを行うと、不快はもっと減少する。

パソコンに何かをインストールするときなんかは、「○○%進行中です」なんて表示が出たり、 あるいはゴールに向かって、横棒グラフが伸びていったり、進捗状況が見せられる。 バックグラウンドで行われていることがなんなのか、自分には全然分からないくせに、 あれを見るだけで、「ああ仕事が進んでいるんだ」なんて、少しだけ安心できる。

こういうものが大切なのだと思う。