医療過誤訴訟を生き残る

「How to Survive a Medical Malpractice Lawsuit: The Physician's Roadmap for Success 」という本の抜き書き。

米国の本だから、日本の裁判で、こうした考えかたがどこまで役に立つのかは分からない。

訴訟されるとこうなる

  • ある日いきなり訴状が来る。頭を殴られたような感じがする
  • 最初の数時間、あるいは何日間は、ただただ混乱する。受容には時間がかかる

最初にすべきこと

  • 医療過誤保険の証書を取り寄せなくてはならない。保険の補償範囲について、弁護士を選択する権利について、和解を拒否する権利の有無について、 まずは確認する
  • 保険の制限について。加入している医療過誤保険が、非経済的な症状に対する制限を設けていないかどうかを 知ることが大切。非経済的な症状とは、痛みや苦しみで、これをカバーしている保険に入っている場合には、少しだけ安心していい
  • それらが十分にカバーされていない場合には、今度は自分で、個人資産の資産を保護する方法を検討しなくてはいけなくなる
  • 弁護士を選択する権利が保障されているか?原告側は、しばしば複数の医師を訴え、それには雇用者が含まれていることもある。 保険会社は複数の被告に対して同じ弁護士を割り当てる傾向がある。このことがしばしば、お互いの利害が対立した際に、やっかいな問題を生む
  • 保険の契約によっては、被告自身で弁護士を選択できる権利を保障している。多くの場合、保険会社は特に相談することもなく、会社と契約を結んだ 弁護士を割り当てるので、自分の権利について、積極的に知っておく必要がある
  • 保険会社の目標は支払いを最小限に抑えることで、これはしばしば、契約者の目的とは異なっている。利害の不一致を感じたときには、個人で 弁護士と契約することになる
  • 和解を拒否する権利があるかどうか?大したことのように見えないかもしれないが、とても大切
  • 和解が選択されると、それ以降の医療過誤保険の料率が増加することになる。それを繰り返すと、恐らくは雇用を失ってしまうことにも なりかねない
  • 保険会社は、勝つことよりも、高額の支払いリスクを回避するように判断を下す。彼らはしばしば、勝てると判断されたケースでも、 リスクを回避して、和解を選択しようとする
  • 和解を拒否する権利が契約で保証されていない場合、医師の運命は、保険会社、あるいは保険の支払いを行っている雇用者の 思惑一つで変わってしまうことになる

保険会社に連絡をする

  • 報告を行うことで、初めて話が動きはじめる。雇用者を通じて、保険会社がすでに問題の発生を知っていることは 珍しくないが、それでも報告は、自分でやったほうがいい
  • 訴訟が始まる数ヶ月前の段階で、すでにそれが訴訟になることが予想される場合であっても、連絡を入れたほうがいい
  • 保険会社からのアドバイスをもらうまでは、請求があっても、一切の記録を送付してはいけない
  • 契約している医療過誤保険が、損害賠償請求ベースで運用されている場合には、 将来的に訴訟になりそうなケースが発生した時点で、保険会社に報告をすることは、 賢明な選択になる
  • 医療過誤保険のもう一つの運用方針は、事故発生ベースと言われているもので、 事故の発生した時点から、保険の適用が開始される。この運用方針は、 事故と関係のある訴えであれば、期限に関係なくカバーされるため、報告の 迅速性については、それほど敏感にならなくてもいい
  • 自分の決断が大切。特に雇用者が共同被告人であった場合に、彼らに保険会社との仲介役をゆだねてはいけない

訴状が届いてからやってはいけないこと

  • 問題となった疾患に関する本や雑誌、オンラインサイトを見てはいけない。自身の行動を正当化してくれる情報が見つからないかどうか、 何かを調べたいという誘惑に勝つのは難しいだろうけれど、何かが見つかる可能性は少なく、むしろ立場を悪化させる可能性の方が高い
  • 証人尋問の席では、あなたが証言したあと、今度は原告側の弁護士が、あなたに責任を認めさせるために、 権威ある情報を引用して、攻撃を行う。たとえば「あなたはハリソン内科学や、その他の権威ある教科書を読んだことがないのですか?」など
  • このときに、こうした本を読んでいたなら、そういった権威ある教科書を読んだことを、認めざるを得ない。立場はそれだけ悪くなる
  • こうした事態を避けるためにも、とにかく「権威ある文書というものは一切無いのだ」と、繰り返し、繰り返し、唱えなくてはならない
  • 情報を調べるのは、弁護士と打ち合わせを行い、彼に指示されてから初めて行われるべき
  • 尋問の席で、原告側弁護士は、あなたに対して、訴訟になってからあと、何かこの問題について調べたかどうかを尋ねる。 このときにはこう答えなくてはならない。「いいえ、私は弁護士に求められた情報にのみ、目を通しています」
  • 事件について、誰とも語ってはならない。弁護士と配偶者は、その例外。とくに共同被告人になった人とは、 誰か第3者がその場にいない場所では、決して語り合ってはいけない。誰もいない状況での会話は、あなたを守ってくれることはなく、 むしろ確実に、あなたの立場を悪くする
  • 彼らがたとえ、あなたを助けてくれると言ってくれていても、それが真実になるか どうかは、終わってみないとわからない
  • 原告や、原告側弁護士に連絡を取ってはいけない。あなたは訴訟を取り下げるに足るだけの、相手を説得できる何かを持っている、 と考えているかもしれないが、たいていは失敗する。自分が何か重大な証拠を持っていると思ったならば、まずはそれを弁護士に相談 して、最適な利用方法を探すべき
  • 証拠を破壊したり、改ざんしてはいけない。カルテに何かを追加することで、自分の立場が有利になるかもしれないと 考えるかもしれないが、たいていの場合、もとのコピーのどこかに、改ざんの証拠が残ってしまい、 それがあなたの立場を致命的に悪くする可能性が高い
  • あなたがたとえば日記を付けていて、これがあなたの立場を悪くする可能性が あったとしても、今はそれを破棄すべきときではない。誰も見ていないと 思っていても、狡猾な原告側弁護士は、それを見つけてしまう
  • 嘘をついてはいけない。一度それが分かってしまうと、あなたの立場は失われ、訴訟に負ける。驚くほど多くの医師が、 このルールを破り、勝てる裁判を失っている

弁護士の選びかた

弁護士を選ぶ際には、いくつか気をつけなくてはならない点がある

  • その弁護士は事務所を代表する人物かどうか。単に雇われれているだけの弁護士と、その弁護士事務所を経営する、あるいは 共同経営者になっている弁護士とでは、裁判に対する取り組みかたが変わってくる
  • 勝訴確率あるいは敗訴確率。弁護士により、実際にずいぶん変わってくる。
  • 似たような事例を経験したことがあるかどうか。いずれにしても、選択されるべきは経験豊富な弁護士である必要がある
  • 病院の側に立つのか、主治医の側に立ってくれるのか。裁判にあっては、特に病院と、主治医とが共同被告として訴えられた場合には、 お互いの利害が異なってくることがしばしばある。和解の可能性が示されたとして、それは病院にとっては、 支払いを安く済ませるために適切な選択枝であっても、主治医にとっては、和解を選択することは、将来の選択枝を狭めてしまう可能性を 増やしてしまうことにもなる
  • 過去5年間で、どの程度の訴訟事例で和解したのか。守備的な戦術を好む弁護士は、勝利できる事例であっても、しばしば和解を 選択しようとする

訴状が受容されるまで

  • 裁判が始まる前には、主治医は様々な心理的葛藤を経験する。怒りを脇にのけ、 落ち着くことは大切だが、これはしばしば難しい
  • 裁判におけるもっとも高価な代償は、医師の時間であって、一度裁判が始まると、 心の安まる余裕というものはほとんどなくなってしまう。 もちろん社会的な立場や、財産が脅かされる可能性だってある。たとえ勝利した としても、それまでに費やされる2-3年間という時間は、取り返しがつかない ものに思えてくる。莫大な代償が、主治医に受容されるまでの工程というのは、キューブラーロス の指摘したモデルに類似している
  • 否認。訴状が届くと、たいていの主治医は、最初に無感覚を経験する。この時期に判断を 誤るのは危険で、同時にこの時期が、医師がもっとも脆弱になる時期でもある。 主治医は当初、訴状を否認する。責任を認めようとせず、しばしば弁護士の 意見を聞き入れなくなる。 たいていの場合、よい弁護士は同時に精神科医としての側面を持っており、 こうした事態に対処してくれる
  • 怒り。医療訴訟に巻き込まれた医師は、たいてい怒っている。怒りはしばしば、裁判が 終了したあとも持続する。原告に対する怒り、原告側の弁護士に対する怒り、 何よりも、自身に対する怒りというものが、ずっと続く。 怒りもまた、主治医の立場を危うくする。宣誓の場面、あるいは裁判の場面で、 怒っている姿は、陪審員に先入観を持たせてしまう。裁判所では、あらゆる 振る舞いが観察されていることに、注意しなくてはならない。 怒りに巻き込まれた主治医を冷静にする方法として、最も有効な方法の一つは、 過去に訴訟を経験して、それを生き延びた別の医師と会話をしてみること。 精神科医に相談する被告医師も多い。それはよくあることで、けっして 恥ずべきことではない
  • 取引。「この訴訟が取り下げられるなら、自分はもっといい医師になる」とか、「これから は、もっと防衛的な医療を目指そう」とか、何か上位の存在に対して祈るようになる。 この過程はそれほど大きな問題にはならないが、気をそらすことはしないほうがいい
  • 抑欝。裁判は、個人の生活や、気持ちの持ちように、大きな影響を与える。 抑欝的な気分を自覚するのは全く自然なことで、それは最終的に、 事態の健全な受容に至るまでの中間地点であるに過ぎない。しかし 抑欝的な気分を引きずったままで裁判に臨むことは、破壊的な結果をもたらす 可能性がある
  • 受容。「客観的な事実と感情とが切り離された状態」というのが鍵になる。 事態の健全な受容を行うためには、弁護士ときちんと相談すること、 自分の事例について、もう一度隅から隅まで点検すること、客観的であること、 訴訟というものが、一種のゲームであることを学ぶこと、友人や同僚、 家族や弁護士、あるいは精神科医に、常に助力を求めることが大切になる

答弁書を準備する

  • 公判前の答弁は、裁判の流れの中で、最も大切なものになる。準備が 不十分であれば、勝てる裁判が、しばしば自らの手によって破壊されてしまう
  • 主治医はしばしば、詳しい状況の説明を行い、自らの考えかたを明らかにする ことで、原告側弁護士があきらめてくれる誘惑にかられる。これは明らかに 間違った考えかたで、詳しすぎる宣誓はしばしば自らの首を絞める結果に つながる。「より少なく喋ることが、より良い結果に結びつく」という立場が原則となる
  • 主治医が最初に行うことは、担当弁護士に、経過を 説明すること。弁護士によっては、答弁記載の専門家を雇ってくれる こともある。そういうサービスがあれば、それを利用してもいいし、あるいは 弁護士に尋ねてみるのもいい
  • 共同被告人の方針を知らなくてはならない。名前を連ねる全ての人は、共同して、訴訟の方針を 決定しないといけない。たとえ共同被告人のうち、誰かの責任が 明らかな場合であっても、共同すべきで、犯人捜しを行ってはいけない
  • 誰が「本当の」責任者なのかを答弁の席で指摘してみせることで、自分はその中から 逃れられる、と考えるかもしれないが、それは間違っている。仲間割れをすると、 あるいは共同被告人の誰かから、逆に名指しされるかも入れない。 嘘をつく必要はないが、必要以上に多くを語るのもよくない。ただし 共同被告人に病院の名前が入っているときには、最初から弁護士を分けて、 違った方針で裁判に臨んだほうがいい場合が多い
  • 自分のあとで、治療を担当した医師の記録を取り寄せる必要があるが、 それを自分自身で読んではならない
  • 後を引き継いだ医師が心雑音を聴取しており、自分のカルテに その記載がないときであっても、そのカルテを読んでしまうと、法廷で 心雑音聴取の有無を問われたときに、「いいえ」と答えざるを得なくなってしまう。 このときの正解は、「私は心雑音を聞いたかもしれませんが、カルテには そのことが記載されていません」という言いかたになる。この言い回しは、 カルテの不備を認めるものではあっても、引き継いだ医師と全く別の判断を 下した、ということを認めることを防いでくれる。 引き継いだ医師のカルテを読むタイミングは、担当弁護士の指示に従えばいい

原告側弁護士とのやりとり

  • 丁寧な語調を保たなくてはならない。相手に対して嫌みやあざけりを 言ってはならない。質問者の言葉を遮ってはならない。より少なく喋ることが、 より望ましい
  • 問題が救急外来で発生した際には、忙しさを強調してはいけない。 訴訟事例が救急外来でのトラブルであった際には、「忙しいから」は禁句になる。 そこが忙しいということは、医療従事者にとっては自明であっても、 そのことは、責任の回避や軽減には結びつかない。むしろそうした言い回しは、 陪審員に悪い先入観を与えることになってしまう
  • 返答は可能な限り詳しく。たとえばCBCに関して尋ねられたときには、大事なポイントだけを返すのでなく、 血算にかかわる全ての数字を列挙するのが正しい
  • たとえば「その患者さんには貧血は見られず、白血球のわずかな上昇が 認められました」という返答は間違っている。もっと詳しく、白血球数、 Hb、MCV、MCHC についてそれぞれ述べる、どの数字が自分たちにとって重要なのか、 相手の眼に分かりにくくするのが正しい。原告側弁護士が、特定の日時に採血された データに関して質問を投げかけても、その前後に正常な検査データがあるならば、 それも一緒に述べたほうがいい。そこだけを間違いだと認めさせるのは彼らの 戦略であって、全てを述べることで、それを崩す役に立つ
  • 一方で、原告弁護士が「ここ」という一点にのみ尋ねてきたのならば、 それを簡潔に答えたほうがいい。そうしないと裁判官の心証が悪くなる
  • 医学用語を多用する。公判前の質問を受ける場面においては、病院の内部でしか通用しないような 略語を、むしろ多用するように心がけたほうがいい。原告側弁護士は、 しばしば言葉の説明を求めるかもしれないが、略語を多用することで、 相手に伝わる情報を、より少なく保つことができる

原告側弁護士が用いるいくつかの戦略

  • 除外(rule-out) という言葉に注意する。 たとえば「あなたは虫垂炎を除外していましたか?」という質問は、 典型的に用いられる罠となる。(鑑別診断に入っていることと、 それを除外診断した、という意味とか?)この際にはまず、「どういう文脈で、 除外という言葉を用いているのでしょうか?」と、必ず尋ね返さないといけない。 最初に「除外」という言葉を肯定してしまうと、原告側弁護士は、 被告医師のミスにより、患者さんに被害が生じた、という型に嵌めようする
  • 原告側弁護士は、「ミス」という言葉を使いたがる。このときにもすぐに、 「あなたはミスという言葉を、どういう文脈で使っているのでしょうか?」と 尋ねなくてはならない
  • 複合した質問。2つ以上の質問が含まれた質問には、絶対に答えてはならない。たとえば 「あなたは19時から22時までどこにいましたか?ナースがその時患者さんを 見守っていたことを分かっていましたか?」と言った質問が来たときには、 まずは「申し訳ありません。いくつもの質問に同時に答えることはできません」と、 返答しなくてはならない
  • 前置きを置いた質問。質問が発せられる前に、いくつかの文章が述べられることがある。これを 聞き逃してはならない。たとえば「患者さんの肝機能のうち、4つのパラメーターに 上昇が認められました。あなたはそれを知っていましたか?」といったような。 こういう質問には、注意深く答えなくてはならない。異常を生じているのは、 原告側弁護士の言うように4つのパラメーターかもしれないし、あるいは2つや5つかも しれない。それはほんのちょっとした間違いかもしれないけれど、もしかしたら 周到に仕掛けられた罠かもしれない
  • 2重否定の質問。原告側弁護士は、しばしば2重否定の質問を織り交ぜてくる。 ここで「はい」と「いいえ」とを間違えても、それが議事録に残ってしまう。 極めて注意深く思考してから事実を答えるか、あるいは「あなたの質問の 意味が分かりません」、あるいは「イエスと言うべきかノーと言うべきか、 あなたの言い回しからは判断できません」と答えるのが正しい
  • 想像してはいけない。思い出すことを求められて、それができないときには、「思い出せません」と だけ述べる。一本調子に聞こえるかもしれないが、愚かに見られることはない
  • 仮定の質問に答えてはいけない。何回か「思い出せません」を繰り返すと、原告側弁護士は、仮定で主治医を追い詰める。 たとえば「あなたが今同じ状況に陥ったならどうするか」とか、あるいは 「一般論として、正しい医療はどうあるべきか教えて下さい」とか。 こういう問いに対しても、「その時の自分と現在の自分とは違う。当時の自分が どう考えたのかは、現在の自分では思い出せません」とか、「個々のケースは あまりにも違い、一般論を述べることは出来ません」とか、それぞれ答える
  • 教師のような言い回し。原告側弁護士によっては、医師を「教える」やりかたを好むことがある。 「発熱、息切れ、頻脈を生じている患者さんがいます。何を考えますか?」など。 問題の症例が肺塞栓であったとして、ここで「肺塞栓です」などと答えてはならない。 このときには、「その症状から想起される鑑別診断は、極めて長いリストになります」 と前置きしてから、可能な限りたくさんの鑑別診断を並べるのが正しい
  • 少なく喋ることがより望ましい。原告側弁護士は、あなたの言葉をより多く引き出そうと、一般論で質問を 行い、あなたがより多くミスした、という印象を得ようとする。主治医の側は、なるべく細部に立ち入った、 その症例に特異的な話題を、最小限度述べたほうがいい
  • 質問を先回りしない。原告側弁護士のやりかたが仮に読めたとしても、先回りした返答は、 なんの利益も生まない。先回りされれば、原告側弁護士は、それだけ 多くの質問を発する機会を手に入れてしまうことになる。たとえば原告側弁護士が、それほど強くない薬を「強い」と表現した際には、 「その表現は間違っていると思います」とだけ返答する。それ以上のことを、彼らに教える必要はない
  • エスやノーの理由を述べてはならない。イエスやノーで返答できる質問に対しては、それだけで答えるのが正しい。 判断の理由をいちいち述べる必要はない

法廷の現場

  • 公判1ヶ月ぐらい前になると、眠れなくなくなり、いらだつ人が増えてくる。 これは自然な反応で、気に病まなくていい。ほとんどの人が、人生最初の 裁判では、パニックに陥る。「これはチェスに似たゲームであって、 正義を判定する場所ではないのだ」と言い聞かせることが、解毒薬になる
  • プロに見える、落ち着いたスーツを着ていくことが望ましい。ドレスコードは州によって違うものの、 裁判にスーツを着ていかないと、心証を悪くすることがある。 同じような理由で、ロレックスの時計は自宅に置いていく
  • 両者の言い分が法廷で述べられたあとで、たいていはまず、被告となった 主治医が、原告側弁護士から質問を受けることになる。典型的なやりかたが いくつかあり、受け答えのやりかたも、ある程度決まっている。罠に嵌める やりかたもある
  • 州によって、被告に許されている返答が限られているところと、どういう返答を行ってもいい場所とがある。 「イエス」「ノー」「質問の意味が分かりません」の3つしか許されていない 州では、原告側弁護士の質問に答えることは、極めて苦痛の強いものになる。 原告側弁護士はたいてい、いくつもの質問を立て続けに発することで、 被告の立場を追い込んでいく
  • 質問に対して自由に返答できる州ならば、被告の立場は幾分楽なものになる。 原告側弁護士の一連の質問に対して、被告医師は、その都度詳しい説明をはさむ ことが出来る。相手の流れを止めることが出来るだけで、これは大きな武器になる
  • 質問を質問で返す方法も、しばしば有効になる。原告側弁護士がこれを遮ったり、 あるいは無視したりすると、陪審員の心証はそれだけ悪くなる。
  • 「このことに同意しますか?」という質問に注意。一見裁判の流れと関係の無いような話題を振られたときには、罠なので 警戒しなくてはならない。こういう質問は、ときに本当に何気ない雰囲気で 投げかけられる。こういう質問が出されたときには、必ず「失礼ですが、 この質問に対する私の考えかたが、どういう意図で用いられるのか、教えて いただけないでしょうか」と聞き返さなくてはならない
  • 素人でも分かりやすい言葉で説明する。公判前の口頭弁論とは逆に、法廷の席では、誰にでも分かりやすい言葉で自分の 意見を説明しなくてはならない。医学用語を使う必要があるときには、 それを用いたあとで、その言葉の意味を説明しなくてはならない。陪審員が、 原告側の鑑定人よりも、あなたの言葉をより分かりやすいと感じたなら、 それが勝利に結びつく