グレーな需要を掘り起こす

「欲しいもの」と「欲しくないもの」との間には、たぶん「お金を払うほどではないけれど、あるならほしい」という、グレーな需要というものがあって、値下げをいくら行ったところで、お金を支払うという動作がそこにあるかぎり、こうした受容は掘り起こせない。

グレーな需要は、お金の支払い方だとか、商品の見せ方を変えることで、けっこう大きな市場として、掘り起こせる可能性があるのだろうと思う。

普段読まないものを読みたい

自分がお金を払って買う雑誌は、今だとせいぜい「ムー」ぐらいなんだけれど、医局で当直していると、「週刊実話」だの、「DIME」だの、他の先生がたが置いていった雑誌が積んであって、普段だったら手に取ることはない、こういう本をパラパラめくると、けっこう面白い。自分が直接興味がある内容でなくても、そういうものに興味がある人がいて、それを面白がる人が書いた文章というのは、読んでみるとやっぱり、面白いから。

恐らくはたぶん、あえてお金をそれに支払ってまでは読みたくないけれど、あるならちょっと読んでみたい、というグレーゾーンの需要は、本当はけっこう大きいのだと思う。

実話ナックルズ」だとか、「漫画大悦楽号」だとか、カストリ雑誌とか、三流劇画誌なんていわれたジャンルの血を引く雑誌はまだまだあって、こういうのを普段買う機会はないんだけれど、読めるものなら、ちょっとどころかぜひとも読んでみたかったりはする。ニューズウィークの英語版を読んでるようなエリートだって、当直室の片隅に、英語の論文雑誌と一緒に、こういうのが山と積んであったら、こっそりページをめくるだろうし。

値下げでは購買につながらない

「ちょっと読んでみたい」というのはしっかりとした需要なのに、ここを掘るのは難しい。スキャンダル雑誌みたいなのが、じゃあ1冊600円ぐらいするのを、たとえば100円に値下げすれば「ちょっと」が実現するかといえば、ふだんニューズウィークを読むような人は、やっぱり買わないだろうと思う。

こういうのをたとえば、電子書籍で、毎月一定の金額を支払ったら、そのサービスに登録してある雑誌を好きなだけ読んでいいよ、というようなサービスを展開してほしい。漫画喫茶を電子世界でやるのとだいたい同じだけれど、一定金額を支払って、何十種類かの登録された雑誌をダウンロードして、自由に読めるようなサービス。お金はどこかの会社が一括で集めて、雑誌ごとのアクセス数に応じて、集まったお金を配分するようなやりかた。

今みたいな「お試し読み」でない、雑誌のサービスパックみたいなやりかたは、恐らくは出版社ごと、ジャンルごとに、これから登場してくるのだろうけれど、できることなら、こういうのは、「固い」雑誌と、その対極にあるような、読むだけで頭が悪くなりそうな、そういう雑誌とを、ごっちゃにしてほしい。

固い雑誌に出来ること

昔はたとえば、エロマンガ本を書店で買うときには、エロ本を真ん中に、上下をAERA だとか、週刊金曜日みたいな固い雑誌で挟んで、店員さんの目から、本当の欲求を隠そうだなんて、なんてよくやっていた。こんなことをしたところで、もちろん会計があるから隠せるわけがないんだけれど、固い雑誌と、そうでない本とを一緒にすることで、本屋さんはその分多くの収入を得るわけだから、そのへんは黙って会計を済ませてくれた。

恐らくは、「本屋さんの目線」みたいなものは、自分自身の内側にもあって、自身の目線圧力が、「ちょっと読みたいんだけれど買うほどじゃない」という、グレーな需要を、購買から遠ざけている。

電子世界で、固い本と、その対極にある本とを混ぜる意味というのはこのへんにあって、固い本というのはたぶん、その下にある固くない本を、自身の目線圧力からも隠蔽してくれる。神田の芳賀書店みたいに、「最初からエロ本しか置かない」というポリシーでやると、たしかに買いやすいんだけれど、そういうお店には、「ちょっと読んでみたい」人は、今度は入りにくくなってしまう。

支払いのルールが変わると、いわゆる「固い雑誌」には、「固くない思惑を隠蔽する」という役割が生まれる。

護送船団みたいに、固い言論雑誌みたいなものが支払いの大義を、隠れた需要を掘る役割を、実話スキャンダル雑誌みたいものが担うようにすると、恐らくは今までだったら支払われることの無かった、グレーな需要に対して、支払いを期待することが出来る。もちろん「固い雑誌だけを読みたい」という人は、それだけを購入すればいいんだろうけれど、カストリ雑誌にあえてお金を支払いたいとは思わないけれど、読めるならちょっとだけ読んでみたい、なんて人なら、こういうサービスがあったら、便利にお金を払う。

それは恐らく本や雑誌でも、あるいはゲームでも、見せかたを変えること、支払いのやりかたを変えることで、新しく掘り起こせる需要というものがあって、ルールを変えて、それぞれの役割を変えてみせることで、いろんな形の購買というものを、そこから生み出せるんだと思う。