ネット時代の距離感について

新しい技術として登場したインターネットが、あって当然のインフラになって、「人がそこにいること」の意味は、むしろ増したような気がする。

研修医が減った

もうしばらく前からずっとそうだけれど、大学みたいな大きな場所から、研修医がいなくなった。ローテーション制度が始まった頃だって、大学には研修医が60人とか、100人とか、小さな社会を作れる程度には集まって、「少なくなった」なんて頭を抱えながらも、大きな施設は、それなりに回ってた。

人が減る流れは加速して、大学規模の施設でも、中に残る研修医はせいぜい20人ぐらいのところが増えた。みんながどこに行ったのか、未だに把握できていないんだけれど、たぶん若い人たちは、都市部の市中病院に分散して、小さな集まりの中で研修を受けているんだと思う。

自分が研修医時代を過ごしたのも民間病院だったけれど、ほとんど毎日のようにカンファレンスがあって、研修医は、それに出席することが義務づけられていた。有名な先生こそいなかったけれど、上の先生方は一生懸命で、教わる側から教える立場になってみて、あれを維持するのは大変だった。市中病院の人員はどこだってぎりぎりだから、昔から研修医を受け入れる文化のあった病院でもないかぎり、似たようなやりかたをするのは大変なんだと思う。

勉強会が増えた

研修医がたくさん集まる施設が減った代わり、今は病院の枠を超えた勉強会みたいなものが、あちこちで主催されるようになった気がする。インターネットという便利なメディアが当たり前になって、誰もがネットにつながっているから、告知のコストがずいぶん下がって、こういうイベントはやりやすくなったんだろうと思う。

研究発表会みたいなものだけでなく、もっと臨床に向けた勉強会もたくさんあるみたいで、今の若い人たちなんかは、あるいはああいう場を通じて、自分の勉強に役立てている人もいるのだと思う。

こういう勉強会や研究会は、やっぱり東京で主催されることが圧倒的に多くて、田舎には人がいないし、勉強会を開いたところで、集客も見込めないだろうから、勉強会の数も少ないし、テーマはやっぱり、研究発表みたいなものが多い。

研修医向けの症例検討会だとか、身体所見の講習会みたいな集まりが、これから先、研修の主流というか、お互いに技術を共有する場となる流れが来るなら、田舎の病院にはもう、生き残る目が無くなってしまう。大学医局には、小さな病院に若手を派遣する余力なんて残ってないから、これからはもう、医局じゃなくて、リクルート経由の人にでも期待するぐらいしか、できることがない。

手の届く距離にいることの価値

ネットワーク時代になって、都市部と田舎との格差が減ったかといえば、むしろ逆なんだと思う。インターネットで伝送可能な、ある程度の基礎知識はネットで共有することができるようになったけれど、そういうものが「秘伝」から「前提」へと移り変わって、今度はその先、知識を実際に運用するためのやりかただとか、患者さんにある治療を行うときに注意すべきことだとか、実際にそれをやっている人から学ばないと分からない、暗黙知の価値は、かえって高まった。

「体で覚える」ことが必要なこうした知識は、お互いに手の届く間合いで学ばないと、伝わらない。前提となった知識を実際に使えるものにするためには、どこかで「名人」に会わないといけない。大学の栄えた昔だったら、研修医は同じ施設にたくさんいたから、田舎であっても、体験の伝達は、十分にできたのだけれど、人が分散するようになって、伝達は、移動と切り離せなくなった。移動のコストは都市部から離れるほどに高騰するから、ネットの普及と人の分散は、田舎での臨床研修というやりかたに、止めを刺した。

インターネットに乗せられるものから対価を得るのは、やっぱり難しい。価値はコピーできないもの、電送できないものに生まれて、電送できないものは、やっぱり「手渡し」になってしまうから、人と人との距離が近いことに、恐らくは昔以上に意味が出てきた。そこに集まれない人にだって、ネットで電送できる知識には公平にアクセスできるけれど、そういうものから価値を得るのは難しいから、対価を得られる、実体としての価値を持った何かからは、そこにいることができない人は、取り残されてしまう。

じゃあそれに対抗するにはどうすればいいかといえば、あらゆる知識をネットに乗せられるように、暗黙知として伝えられた何かを言語化すること、再現可能なメディアとして伝えることで、都市部の持つ「そこにいられる」という価値を、少しでも減らせるはずなんだけれど、こういうのは難しい。

流れはそうそう変わることはないのだろうと思う。自分自身がコンテンツ、という人ならば話は別なんだろうけれど、都市部に住むことのメリットというのは、ネット時代になって、高まりこそすれ、減ることはないのだろうと思う。