分業する人たち
誰の胸にも自尊心があって、それを満たすには勝たないといけない。人が集まって、みんなが同じルールで勝ちを目指すと喧嘩になるから、個人が複数集まると、役割の分担が自然発生して、チームができる。
チーム内部での役割分担は、合議で決定されることもあるけれど、恐らくは役割分担というものは、場の自尊心を効率よく分けあうやりかたとして、半ば必然として自然発生するものなんだと思う。リーダー1人、あとは全員部下という形も多いけれど、みんなの自尊心を満たすなら、それぞれの得意分野に応じて、チームに複数の「専門家」を作ったほうが、効率がいい。
個人と個人でなく、「家族」みたいな複数の人たちと交渉に臨むときの考えかた。
ライフルマン
チームに属する全ての人は、ライフルマンとなる。万能選手であると同時に、「状況」や「空気」で動く人たちでもある。特定の専門技能を持たないライフルマンが複数集まってチームを作ると、そこから専門技能が分化していく。
交渉の状況設定を工夫することで、役割分担が発生しない方向に持っていくこともできるし、あるいはこれから発生するであろう役割分担を予測して、役割の数だけ交渉プランを準備しておくこともできる。
ブレイカー
ドアブリーチャーなどとも呼ばれる。突入の際のドアの破壊を担当する役割を担う。
声が大きい、体格が大きい、交渉の際に最初の声を上げる人。男性のことも、女性のこともある。「怖さ」と「緻密さ」は両立が難しいみたいで、こういう人は、最初に首をすくめてみせることで、その人の「突破力」を肯定すると、以降はそんなにトラブルにならない。最初に「あなたなんて怖くない」というメッセージを出すと、あとあと大変になる。
その代わり、こういう人がしばしば、度を超した要求をしてくる「クレーマー」とか「モンスター」なんて呼ばれることが多くて、どこかのタイミングで「あなたの態度は怖いです。我々は萎縮しています」と、言葉や態度で表明しないといけない状況に陥ることがある。表明が上手くいけば、こういう人は案外、人が変わったようにおとなしくなるのだけれど、それをやるときにはけっこう怖い。
トラッカー
追跡を行う、相手の足跡を見ることで状況を伺うスペシャリスト。記録係を担当していて、あらゆる情報を集積する。
「メモ」を担当する人。たいていはおとなしくて、発言力みたいなものはむしろ弱くて、「突破」を狙うのでなく、過去との整合性をついてくる。
熱心なトラッカーはすごくやっかいで、「矛盾があっても現状上手くいっている」状況は、他のご家族からするとそれでいいんだけれど、トラッカーから見ると、突っ込みどころ満載と判断されて、いろいろ痛くもない腹を探られる。
トラッカーに遭遇したなら、「我々は無能です。正直忙しいし、人でも足りません。不完全なことしかできません。申し訳ないけれど、できる範囲でベストを尽くすことしかできないです」という表明を、早い段階で行っておくことが大切になる。出来もしないことを変に強がっても、矛盾に矛盾を上書きするだけになってしまう。
EODスペシャリスト
爆弾処理のプロフェッショナル。状況を仕切ることよりも、むしろ「いなす」、場を丸くおさめることを得意分野にしている。
普段はしゃべらない。おとなしくしている。状況がこじれてから、初めて存在感を発揮して、たいていは、医療者側に「味方」してくれるんだけれど、場をおさめてくれたのが誰なのか、あるいは自分たちが誰に期待をしているのか、それを医療者側がきっちりと認識していることを表明しないと、援助がもらえない。
「隅っこで物静かにしている男の人」だとか、「一見気弱そうに見える患者さんの長男」みたいな人が、EODスペシャリストである可能性が高い。話がこじれて、その場にEODスペシャリストがいたのなら、病室から出るときに「お騒がせして、どうも申し訳ありませんでした」と、その人に向かって頭を下げておくと、いなくなったあと、取りなしてくれる。
ポイントマン
斥候要員。「私はよく分からないので」なんて留保を置きながらも、真っ先に病院に来て、話を聞きたがる。
「分からない」という割に、ポイントマンは、交渉の仲介者として、全ての情報に介入を試みる。この人との応対いかんで、残りのご家族に対する主治医の印象がずいぶん変わる。「情報を伝える」ことが生きがいの、こういう人を無下に扱うと、「なんか不機嫌そうな主治医だった」とか、ろくでもないバイアスが入る。夜中であっても、最初の人は、大事にしないといけない。
コマンダー
チームのリーダー。家族の中には「リーダーがいない」ことがしばしばある。
たとえ直接その人を介護していたり、あるいは一緒に暮らしている人であっても、リーダーでないことは珍しくない。話をするときに、大勢でやってくるようなご家族の中には、必ずリーダーがいる。リーダーは高齢者で、状況がある程度固まってから、誰かに付き添われてやってくることが多い。このときにはもう、主治医として最大級の歓待を行わないと、あとからえらいことになる。
状況が悪くなったときに、むこうの大家族の場合には、「ブレイカー」に相当する人が、主治医の胸ぐらをつかみに来る。それが「孝行」の表明だから。で、そこで一発入ってから止めが入るか、一発入る寸前で止めが入るか、それはコマンダーが決定する。コマンダーに敬意の表明を行うことに成功していれば、逆に言うとどんな転機になっても、慌てなくて大丈夫。