付属品としての生き残りかた

ある生態系において、優位に立った新世代に追いやられる旧世代の生き残りかたとして、 新世代の、いわば「付属品」になる、というやりかたが考えられるんだと思う。

モバイルは便利

Android 携帯を買って、「お布団インターネット」を始めてみて始めて分かったのだけれど、 こういう「怠惰な革命」は、一度始まると止まらない。布団の中とか風呂の中、 ほんのちょっとした待ち時間ができれば、携帯電話をのぞけばインターネットにつながって、 とりあえず退屈しない。読むだけなら、それでほとんどの用が足りてしまって、 結果として、自宅のデスクトップPCで何かを見る時間が減った。

自分の生活は、自宅と病院との往復が9割以上で、どちらの場所にもデスクトップPC が常備してあるから、 モバイルなんて縁がないと思っていたんだけれど、実はデスクトップPC から1m でも離れれば、 そこはもう、「モバイルの領域」だった。今まではそれに気がつかなかったから、 なんの不自由もなくデスクトップPCを立ち上げていたんだけれど、ポケットに手を突っ込んで、 スイッチを入れたらもうネット、というのに慣れてしまうと、もう戻れない。

待合室の患者さんたちは、今はたいてい、待っている間は携帯電話を開いている。 検査の待ち時間だとか、受付に呼ばれたわずかな時間、人によっては、外来で診察中、 聴診をされてるわずかな時間も、携帯電話をのぞく。

ああいうのは、自分でAndroid を使ってみるまで理解できなかったんだけれど、 携帯電話でネットを見られるようになって、あれをやる人の気持ちがずいぶん分かる。

細切れの時間が埋められるようになると、たぶん人間というのは、本能的にそこを埋めたくなる。 埋められるようになって、ところがそういう小さな場所には、ノートPCとか、ましてやデスクトップPCは、 もう絶対に入れない。デスクトップPCの性能がどれだけ上がろうと、価格がどれほど安くなろうと、 デスクトップPC がデスクトップPC である限り、この流れは止まらない。

携帯電話には限界がある

携帯電話は簡単に持ち歩けて、立ち上がりが一瞬で、インターネットを見る場所を選ばない。 こういう立ち位置には、従来のPCは、絶対に入ってくることが出来ないから、 携帯電話には、競合するデバイスが存在しない。

携帯電話は、道具としてのポジションが完璧であるがゆえに、犠牲にされているものは多い。

  • 携帯電話は電池駆動。CPUの性能を上げれば上げるほどに、恐らくは電池の消耗が速くなるから、 処理速度の進歩は、そう多くは望めない
  • 電話回線のスピード向上も、たぶん難しい。無線の周波数は自由にならないし、新しい周波数が 使えるようになったとして、日本中のインフラを置き換えないといけないから、コストが馬鹿にならない

従来のPCが、「ムーアの法則」で進歩するのに、携帯電話にはたぶん、それが許されない。 ノートPC の処理速度は上がる一方で、価格は下がる一方だけれど、そうした改良は残念ながら、 携帯電話のいる場所を脅かすだけの威力はなくて、「インターネットは携帯で」という 流れ自体は、たぶんもう覆らない。

お布団でごろごろしたほうが、机に座るよりも、圧倒的に楽だから。

「本体より高価な付属品」という立ち位置

「携帯電話でインターネット」というのは、たぶんもう、これが「解答」なのであって、この部分は覆らない。 性能向上の努力だとか、あるいはコストカットの努力というのは、小さくなっていくパイを大きくする 役には立たない。

旧来のPCが、今の付加価値を維持したままで生き残っていこうと思うなら、 「速い」とか「安い」じゃなくて、PCとして別のありかた、携帯電話との「連携」を志向する、 具体的には「個人が個人のサーバーを持つ」という方向に向かってほしい。

イメージとして、携帯電話を持っているユーザーが、「マイサーバー」機能がついたPCを買うと、 ユーザーは、ネットにつなげた自宅のPCを経由して、携帯電話でインターネットを見ることができる。

「マイサーバー」には、携帯電話にあわせたフォントやレイアウトの調整、広告のカット、 画像の縮小や軽量化といった機能が備わっていて、ユーザーの携帯電話は、 自宅に置いたPCを経由することで、電池の寿命を犠牲にすることなく、 より軽快なネットが楽しめる。サーバーに「先読み」機能をつけておけば、遅延はもっと減らせる。

ユーザーによって、「このページの画像はいらない」とか、「このページだけは本来のレイアウトで読みたい」とか、 需要はいろいろ異なるだろうから、そういうのはあらかじめリストを作って「マイサーバー」に 登録しておけばいいだろうし、リストはPC上でも、あるいは携帯電話上でも修正できるとうれしい。

PDFだとか、flash動画だとか、携帯電話で閲覧するにはCPU負荷の大きなコンテンツも、 たとえば「マイサーバー」上で文字だけ抜き出すとか、flash ならあらかじめPC上で再生して、 携帯電話も楽しめるような小さな圧縮動画として送ってくれるとか、電力を喰う、 CPU負荷の大きな、携帯電話ではできないような仕事を、「マイサーバー」が代替すればいいと思う。

こういうのはもう、airproxy というソフトがあって、 サーバーを自宅に設置できる人たちは昔からこういうことをしているみたいなんだけれど、 素人が手を出すには、まだまだ敷居が高い。

PCの機能というよりは、「携帯電話より高価な携帯電話の付属品」としてPCを販売するような、 こうしたやりかたというのは、少なくとも携帯電話の機能向上が難しい間は、 有効な生存戦略になるような気がする。

付属品としての生き残りかた

「インターネットを見る道具」という競争があって、流れとしてはたぶん、携帯電話がその主役になって、 旧来のPCが携帯電話の居場所を奪おうと思ったなら、もはやそれはPCでなく携帯電話になってしまう、 そういう状況というのはたぶんいろんなところにあって、旧来のメディアは、 「どう頑張っても自分たちのパイが膨らまない状況」に、いつか追い詰められてしまう。

トップランナー、あるいは自分たちの居場所を脅かす新世代が生まれたときには、 それと競い合ったり、あるいは自らの「性能向上」を目指すやりかたはあまり賢いとは言えなくて、 どこかで「パイが膨らまない」状況に陥ったら、新世代の無敵性とトレードオフになっている何かを探して、 自らの能力が、それを補うことができないかどうか、新世代の「高価な付属品」としてのありかたを探ることで、 新たな付加価値を生めるんじゃないかと思う。

「大学病院のありかた」とか、携帯電話を見ながらあれこれ考えてる。