10年ぐらい先の流れ

10年ぐらいすると、総合病院で入院を診る内科と外科がいなくなるかもしれない。

総合病院からまた人が抜けた

近くの総合病院で、循環器の病棟守ってた先生が退職されて、「今後当院では循環器疾患を診療することができなくなります」 なんて回覧がきた。

人数規模も、ベッド数も、うちなんかよりもダブルスコアで物量誇ってる施設なのに、 去年神経内科がいなくなって、循環器が抜けた。「頭」と「胸」が守備範囲から外れて、 救急を取ってくれなくなった。今月からはもう入院診ないとかで、かかりつけの患者さんが胸痛訴えると、 「入院の可能性があるかもしれないのでそちらへ」なんて、患者さんが回される。 施設本来の「能力」で言ったら、どう考えたって向こうの方が上なのに。

県内の有名公立施設の麻酔科部長が、やっぱり今度退職されて、もっとずっと小さな病院に移ることになった。 特定の疾患しか診療しない専門施設。補充の当てなくて、アルバイトの派遣で手術回してるらしい。

病院には、何となく「格」みたいなものが伝統的にあって、公立の総合病院で「部長」の椅子に座れたひとは、 本来ならば、「上がり」として最上級の立場。その椅子を蹴飛ばすことなんてありえなかったし、その「次」が あるとしても、それはその人が独立して開業することだった。

本来ならばそれ以上動きようがない、医師として一番「いい場所」にいた人が、最近は、 今までいた場所をあっけなく放り出す。

もう数年前からいろんなところで見られていた現象だけれど、自分の県でそれがおきると、やっぱり怖い。

若手は戻ってこなかった

ローテーション研修制度が発足した直後、どこの大学も準備不足で、研修医はみんな、 民間の有名病院だとか、日赤みたいな大手の市中病院での研修を選択した。

入局する人は減った。「これからは医局制度が根本から崩れていく」なんて 悲観論を唱える人と、「どうせ後期研修の時期になったら大学に戻ってくる」なんて、 ある程度将来を楽観する立場をとる人とがいた。

まだ結論が出たわけではないけれど、市中病院に研修医を「放流」して、 あれから4年ぐらい。今のところ、サケの遡上みたいに、 研修医が群れなして大学医局の門を叩いたとか、あんまり聞かない。

「みんなどこに行ったんだろうね?」なんてことが、今でも時々話題になる。

そのあたりのリサーチをきっちり行っている人もいるのかもしれないけれど、 ちゃんとした「解答」があるようにも見えない。

県内の市中病院に入局した人達は、結局いろんな科をローテーションして、 市中病院を辞めたあと、東京のほうに行ってしまった。内科や外科は、 選択しなかったらしい。

「若手」がいない

けっこう大きな学会で、「現場の若手外科医からの提言」なんてセッションがあった。

「若手」と名指しされた人達は、みんなもう40歳も半ばを超えて、それでもやっぱり「若手」であって、 その人達の後ろには、ボーイスカウトみたいな年齢の医師しか残っていない。

「あと10年は大丈夫だけれど、それを過ぎると相当に危ない」なんて言う。

みんな体力あるから、今40代の先生方は、それでも50を過ぎるまでは現場を守って、 手術は忙しくなるかもしれないけれど、その頃まではたぶん、「手術の必要があるのに医師がいない」という 事態は避けられるだろうなんて。

そこから先は、人数が一気に減る。

外科医の人口構成は、ここ10年ぐらいがすごく減っていて、地方の大学医局なんかだと、この数年間 入局 1人とか、何年間か「ゼロ」を計上しているところとか珍しくない。一度そんな悪循環に はまり込んでしまうと、人数を戻すのは大変らしい。

大学から人が離れていく一方で、ならばどこかに若手外科医が雲霞のごとくに集結する「勝ち組」病院が あるかと言えばあるわけなくて、研修医を雇用すると莫大な赤字が発生するから、 普通の病院の体力では、そんなに多くの医師を雇えない。

若手外科医はだから減っていて、これから先も、劇的な増加は見込めない。

大きな施設から人が減る

国公立の大きな病院で部長職をしていた人達が、もっと小さな病院に移ったり、 テレビの取材に答えてた人なんかは、副院長の座を捨てて、医師派遣会社に登録して、 フリーランスになっていたり。

救急とか、手術とか、緊急事態に対応するためのインフラ守るためには、最低限「これだけ」という人数が 必要だけれど、今はどこも定数割れ。

人数が足りなくなると、今度はたいてい、能力のある人から潰される。

10人で回してた体制から、2人抜ける。抜けた負担は、残り8人で背負わないといけないけれど、 施設ごと、個人ごとに能力には差があるから、「公平」はできない。元々の能力が足りないところに 負担を回しても、結局それはこなせないから、一番能力のある施設、一番能力のある個人に、 負担の半分ぐらいが回される。その施設だけ、負担が「2倍」になって、 あとの施設はだいたい1割り増しぐらいの負担を分けあう。

すごく不公平で、実際問題、そんな施設は「2倍」に耐えられない。今度はその施設から人が抜けて、 負担は次の施設に降ってくる。

大きな施設から、順番に人が辞めていく。負担は「次」に順送りされる。

今うちの施設が「次」になりそうで、みんな怖がってる。

バブルがはじけて誰もいなくなる

フリーランスになると、お休みが週3日ぐらいに増えるだとか、何よりも当直無くなるだとか、 年収増えてウハウハだとか、いいお話ばっかり。

今はそれでも、そんな人達は少数派で、誰もが「フリー」を選択するなんて考えられないけれど、 これからはもしかしたら、そんな人達が増えていく。増えてくたびに、救急回す現場からは 人が減って、負担はその分増えていく。

現場の重圧がだんだんと増えて、フリーの人が増える。人が増えれば市場価値は下がるから、 フリーの人達の待遇も、人数が増えるに連れてだんだんと下がっていく。 常勤組は、そんな情景を横目で見ながら、自らの価値を算定する。

新しい業界に「飛び込む」リスクと、それにともなう待遇と、 たぶん「ここ」というタイミングがあって、それを境に、フリーの方向になだれ込む医師が一気に増える。

フリーランスのバブルははじけて、非常勤の「フリー組」医師の報酬は、たぶん劇的に低下してしまう。

あと10年ぐらいかかる。ここに至って、ようやく市場は健全になるけれど、 この時点でたぶん、「当直やります」「手術やります」なんて医師は、もう現場には残っていない。

苦しい常勤と、楽な「フリー」と、選択枝が極端すぎるのがよくないような気もする。 自分たちの業界は、求められる信頼性が極端に高くて、医師の振る舞いを縛る法律も厳しくて、 だからこそ選択枝が限られて、両極端になってしまう。

医師が「フリー」に飛びついて、バブルがはじけて誰もいなくなったその場所には、 本来ならば広大なブルーオーシャンが広がっているのだけれど、この場所から利益を 引っ張るためには、たぶん莫大な先行投資が必要。

個人開業するだけでも数億円かかる現在、その時になって、それができるだけの体力を持った 会社がたくさん生まれるとか、ちょっと想像できない。

シナリオ回避のやりかたはあるんだろうけれど、医療を取り巻く法律は、「医師はこうあるべき」なんて 振る舞いかたを厳密に決めていて、「アイデア」とか生まれる余地が多くない。

個人的にはやっぱり、「国産の薬の自由売買」だけでも認めてほしい。国内の薬使って自由診療できるように なるだけで、「商売」のやりかたには相当なバリエーションが生まれる。自由化の流れそれ自体は、 もちろん何の問題も解決しないけれど、少なくとも「アイデアが生まれる状況」を作り出す。

政府に「画期的なアイデア」が出せないのなら、次にやるべきは、「アイデアが生まれる状況」を、 現場に提供することなんだと思う。