見栄と嫉妬の行動学

経済学は、人の振る舞いを、「利得」と「リスク」とのバランスで説明しようとする。

「利得」とか「リスク」に対する感覚というのは、どちらかというと個人的なものであって、 ネットワークを作った人、「社会」の振る舞いは、しばしば「利得」と「リスク」では説明がつかない。

恐らくは「見栄」と「嫉妬」という判断軸を導入することで、ネットワーク化した人の群れに見られる、 「経済的に不合理な行動」というものが、説明できるような気がする。

個人に不利で、社会にとっては有益な振る舞い、しばしば「利他的」と表現されるこうした行動は、 「見栄」によって駆動されるものだろうし、社会にとって最悪な、しかも本人にとっても、 それが必ずしも個人の得にならない行動というのは、たぶん「嫉妬」によって駆動される。

「嫉妬する上司」問題

たぶん「部下に嫉妬する上司」というのがいる。こういう人たちはしばしば、自らの土台もろとも、 組織を潰してしまうような決断を下してしまう。

能力主義の組織においては、そこにいる人は、能力の限界まで出世することになる。 平社員の時には有能であった人物も、出世することによって、どこかで「無能な上司」となって、そこで出世が止まる。

「上に行けなくなった上司」というのは、その地位において無能になった人物だから、 その場所でたいした仕事ができるわけでもなく、かといって下には戻れない。 悪いことに、自分が有能であったその場所には、もっと優れた若手が座っていたりする。

こういう状況に陥った上司は、たぶん部下に嫉妬する。嫉妬という感情を認めてしまうと、 上司は自らが無能であること、後続の若手に「負けた」ことを認めてしまうことになる。 無能が嫌なら努力すればいいんだけれど、「努力」は同時に、「嫉妬」という感情の存在を 裏付けてしまうから、ジレンマに陥った上司は、だから「一発逆転」を狙う。

現場を回している部下が聞いたら鼻で笑うような、どうしようもない提案をするコンサルタントが、 たとえばカタカナ成分の多い、海外で評判とか、裏を返せば国内での評判は最悪の、 そんな提案を現場に持ち込む。

現場はもちろん猛反対して、上司もまた、その提案が荒唐無稽であることぐらいよく分かっているのだけれど、 現場の反対は、むしろ上司の背中を押して、コンサルタントの提案は、上司の支持を得て、現場に導入されてしまう。

嫉妬の脆弱性

競争に「負けた」人間には、もはや「信じる」ことでしか、状況を変えられない。

それがどれだけ荒唐無稽な提案であっても、有能な部下が「信じない」ものを「信じる」ことで、極めて低い確率ながら、 上司は努力を行うことなく、自らの嫉妬を認めることなく、嫉妬の対象たる部下を「逆転」できるかもしれないから。

特定の何かを見てるわけじゃないけれど、何となく、こういう傾向はいろんな場所にあって、 「会社」だけでなく「家族」だとか「クラス」だとか、たぶんいろんな組織が、「嫉妬する上司」という脆弱性を抱えているのだと思う。

なにかゴミみたいなプロダクトを、そんなものを必要としないような、安定した組織に売りつけようと思ったならば、 まずは「嫉妬する上司」にあたる立場の人を見つけ出して、その人に「逆転」の可能性を説くと、 きっと上手くいく。

認めると楽になる

「見栄」や「嫉妬」は可視化されないし、たいていは、それを抱いた本人も、 それを「ない」と否定する。

それを「ある」と認めたなら、たぶんその人は合理的に、肩の力を抜いて振る舞えるんだろうけれど、 それを認めたくないという思いが、嫉妬をして、見栄をして、極めて不合理な行動に、その人を駆り立てる。

恐らくはそうした感情を「ある」と表明してしまうことが、世の中を楽にやっていく秘訣みたいなものに つながるんだけれど、何かを「うらやましい」だなんて、嫉妬を表明できる人というのは、 あるいは相手にどこかで「勝って」いるからこそ、それが表明できるのかもしれない。

「妬んでも1人」、「嫉妬しても1人」という状況下で、どれだけ「嫉妬の表明」を行ったところで、 それはなんの解決にもならないから、「妬みの積極的表明」という行為は社会から全然自由になれていないし、 行為それ自体には、なんら治癒的効果はなくて、大事なのは行為でなくて、 そういう立場にいることのほうなのかもしれない。

嫉妬の行動学みたいなもの

「見栄」と「嫉妬」を上手につつくやりかたというのは、たぶん広告の人たちが詳しいんだろうけれど、 「嫉妬」という切り口で人の振る舞い、とくに社会化された人の振る舞いを見直すと、いろいろ 面白いような気がする。

SNSで教えていただいた、「天皇制はトップに対する嫉妬を避けるための知恵だった」なんて 考えかただとか、「非上場のオーナー企業が案外強い」理由なんかもまた、 嫉妬が隠蔽されるような状況において、嫉妬を上手にコントロールする仕組みが要請された 結果として、特定の組織構造が生まれて、しばしば経済不合理に見えるそうした組織が、 歴史の重みによく耐えて安定していることを、上手に説明できるのかもしれない。