分からないときの振る舞いかた

間違える、あるいは「放り出す」といったほうが正しいのかもしれないけれど、患者さんを診察して、 その人の抱える問題に対して、主治医としてなんのアイデアも浮かばないときに、 患者さんに対して、どう「ごめんなさい」をすれば、その人の問題が解決する方向に状況を転がせるのか、 そんなことを考えてる。

間違えが正しく重なると治る

胸部大動脈瘤で手術になった患者さんは、最初に整形外科にかかっていた。

その患者さんは「肩が痛い」と訴えて、胸が痛いとか、苦しいとか、 そういうお話しを全然しなかったらしい。

患者さんを診察した整形外科の先生は、肩を診て、分からないからレントゲンを撮って、 心臓の上側がやけに大きく拡大していたものだから、「肺癌疑い」なんて診断で、 その患者さんを紹介した。

外来に来てくれている呼吸器の先生は、胸を聴診しても、その人には何もなかったのだけれど、 「肺癌」と紹介されたものだからCTスキャンをオーダーして、動脈瘤が見つかって、緊急手術になった。

CTスキャンが行われるまでの間、その患者さんにかかわった医師は、誰ひとりとして正しい判断をしなかったし、 「大動脈瘤」なんて診断を最初に下したのは、医師でなく技師さんだったのだけれど、 「間違った判断」が正しく重なった結果として、 患者さんは、最初から大動脈瘤と診断されたケースと同じく、 「診察->単純写真->紹介->CT->診断」というプロセスをたどることができた。

分からないから放り出す

昔紹介された脳腫瘍の患者さんの場合には、自分も「間違いのリンク」に参加していた。

その患者さんは「気分が悪い」なんて訴えで、別の病院に入院していて、 CTだとかMRIだとか、あらゆる検査が行われたのだけれど原因が分からなくて、 暫定的に「脳梗塞でしょう」なんて診断されて、点滴を受けていた。

状況が変わらなかったものだから、ご家族が本人を連れ出して、うちの外来にやってきた。 「MRIは正常です」なんて紹介状が添えられていて、自分がそのMRIをみたところで、 やっぱり何も分からなかったんだけれど、その患者さんは目が見えにくくなっていた。

目が見えづらいから、患者さんは「脳梗塞」なんて言われていたんだけれど、脳梗塞ならMRIで診断できて、 脳梗塞でない、「目に来る」病気は、これは眼科医か脳外科医の領分で、 うちの施設にはどちらもいないものだから、脳外科の常駐している、別の病院に紹介した。

紹介された脳外科医は、MRIを診て、一瞬で脳腫瘍を診断して、 その患者さんは下垂体腫瘍の手術を受けたらしい。

最初の病院に入院した段階で、必要な検査は全部行われていて、最初の医師も、自分もまた、 データを見ても診断できなかった。前医と自分と、患者さんに対して等しく無能であったのだけれど、 同じ「分からない」という状況に対して、前医は抱えて、自分は放り出した。

患者さんを放り出した先が、「正解」を見慣れている医師だったものだから、 患者さんの病名は一瞬で下されて、治療が行われた。

「分かる誰か」に問題を正しく渡す

全然ほめられた経過ではないけれど、分からないまま、あるいはことごとくが間違っているままに 物事が進んでいる状況においてもなお、その患者さんを診断することを「正しくあきらめる」ことができれば、 いつか正しい診断にたどり着くことができる。

「あきらめかた」だとか、「放り投げかた」にも、たぶん正しいやりかただとか、 あきらめるタイミングというものがあって、それを外しさえしなければ、 病気に対する知識が全くない医師であっても、その患者さんに隠れている本当の病名が診断される方向に、 あるいは治療される方向に、状況を転がせるような気がする。

今作っているマニュアル本には、こういう考えかたは全然入っていないんだけれど、 いつかはこういう考えかたを実装したいなと思う。

まず必要なのは、分からないときに、その状況を「分からない」と認識するためのやりかた。

もう一つ必要なのが、ある症状を抱えた患者さんに対して、自分の知っている鑑別診断リストの中からは 適切な病名を探せなかったり、ある病名を患者さんに当てはめて、どうも「据わりが悪い」と 思えたときに、問題を抱えた患者さんを、その問題を解決できる医師に、正しく渡すためのやりかた。

どこから手をつけていいのか見当もつかないけれど、それでも症状は有限で、おそらくは、 物事が呪われたように悪く転がる、そうした状況の数もまた有限だから、 それを収集、整理することで、それを方法論としてマニュアル本に取り込むこともできるような気がする。

進捗状況

一部文章の改訂を行いました。索引を増やし、本に出てくる薬剤名、病名から、文章を検索できるようにしました。

ここ からダウンロードできますので、参照してみて下さい。8月5日版が今のところ最新です。