「絶対効かない薬」はよく売れる

一番いいのは「必ず効く薬」だけれど、「絶対に効果のない薬」にも、たぶんそれなりの使いようがある。

効くのか効かないのかはっきりしない薬であったり、たいてい効くけれど、 時々効かない薬というのは、たとえ高い効果が期待できても、 「大事なお客さん」には怖すぎて、勧められない。

「うまい話」で失われるもの

学生の頃、中古車売買に詳しい人と知りあいになった。友達に、たまたま安い車を探している男がいたから紹介して、 なんだかいい車を安く紹介してもらえたとかで、喜ばれた。

友達の友達がそれ聞いて、「自分にも紹介してくれ」なんて頼まれて、また紹介した。

今度紹介された車は、どうも気に入られなかったみたいで、「友達の友達」の両親から、 うちの実家に連絡が入った。「おまえの息子は詐欺師か何かか !」なんて母親が怒鳴られて、 自分も同様に、母からえらく怒られた。

友達と、友達の友達と。「うまい話」を紹介して、全部失った。

高信頼クラスタのこと

医局のコミュニティとか、あるいはたぶん、資産をたくさん持っている 人達のコミュニティなんかでは、「うまい話」が広まらない。

「うまい話」それ自体は、たぶん多かれ少なかれ、誰もが持ってる。 「節税のためにマンション買いませんか?」なんて電話はうちみたいな田舎の病院にだって 毎週のようにかかってくるし、古い開業医の先生方とか、昔からの町の体制に がっちり組み込まれてるから、表も裏も知り尽くしてるような人もたくさんいるし。

みんな多少なりとも資産を持っていて、お互いの社会的なバックグラウンドとか、 それなりに信頼できる者同士だからこそ、「うまい話」を紹介するのには抵抗がある。

たとえそれが本当に「うまい話」であったところで、医師の世間なんてすごく小さいから、 お互いの距離が今まで以上に密になるメリットなんて、ちょっと想像できない。 その一方で、「うまい話」と紹介した何かが、 その人にとって「うまくない」結果になったとき、失うものはあまりにも大きい。

お互いのつながりが緊密なコミュニティでは、「うまい話」を紹介することで得られる利益と、 それが「うまい話でなかった」時に失うものとのバランスがとれない。

リスクはあるけれど得られるものは多い、そんな「うまい話」はだから、それがどんなに 大きな利益をもたらすものであったとしても、伝播する力が弱くて、広まらない。

「利益の大きさ」というパラメーターは、うまい話の「感染力」には貢献できない。

「絶対効かない薬」の効果

例えばそれは、「ホメオパシー」みたいな、ほとんど水そのものみたいな民間療法であったり、 あるいは「ホワイトバンド」とか「○○ちゃんを救おう募金」みたいな、 自分自身にはなんの利益ももたらさないことが、原理的に明らかなやりかたであったり。

そんな「絶対に役に立たない」ことが分かっている何かは、もちろん役には立たないんだけれど、 役に立つことが絶対にないからこそ、誰にでも安心して勧められる。

「必ず役に立つよ」なんて勧めて、その人の役に立たなかったなら、お互いの関係は、 やっぱり何だかぎこちなくなる。相手がすごい人格者なら、財産投じて不利益ばっかりの 結果になっても「気にしてないよ」なんて答えるかもしれないけれど、それを気にしないような 人間には、そもそもたぶん、失うことの不利益が大きな絆なんて作れない。「絶対」のないものは、 だから大切な絆の上には絶対に乗っからない。

「絶対裏切らない」ことを保証するのは難しい。その人がどんなに「絶対」を叫んでも、 医療みたいに、「腕」が確実な結果を保証できないようなサービスの場合、 どんなに頑張ったところで、「絶対」なんて保証できっこない。

「日本一まずいラーメン屋」は、まずい代わりに「絶対」を保証してくれる。 最初から「まずい」と分かっているものは、それにお金を払ったところで、もちろん失うものしかないんだけれど、 だからこそたぶん、そんなサービスはコミュニティに伝播して、多くの人が「まずい」を体験するために、 そのラーメン屋さんに列をなす。

不確実から確実を切り取るやりかた

富裕層向けの医療サービスは、たぶん「普通の」医療では広まらないから、成立し得ない。 ある人にいい結果を提供できたところで、その人から紹介された次の人に、 同じようないい結果を保証できないから。

医療は本来、不確実なものを相手にする仕事だけれど、そこから「確実」を切り取った人は、 ビジネスで大成功している。

横浜のガン治療医は、「末期ガン」の人だけを相手に治療を行う。そんな人達は、 何をやっても「必ず亡くなる」からこそ、結果が確実で、治療はコミュニティに伝播した。

内視鏡の権威だった先生は、そもそも病人でない、健康な人を相手に、 「ミラクルエンザイム」なんて薬じゃない薬を売っている。病気じゃない人に、 病気に効かない「薬」を売っているからこそ、あのビジネスは広まって、よく売れる。

自分たちみたいな、従来どおりの、不確実な医療を提供する側の人間もまた、「絶対」を 切り取るやりかた、「治癒」とか「診断」みたいな、不確実さから逃れられないものを 回避することを、もっと考えないといけないんだと思う。

「絶対」作って伝播したらお客さん増えて、ただでさえ忙しい外来がもっと大変になるかもしれないけれど、 今までのやりかた繰り返しているだけでは、そのうち誰かが新しい「絶対」見つけては おいしいところ奪っていって、一般内科なんて細る一方になってしまう。

不確実から「絶対」見つけるやりかた。考えれば考えるほど、産科とか小児科に進んだ人達には、 やっぱりなんの未来も見えてこないんだけれど。。