赤い本が来た

サンフォードの感染症ガイドブック2008年版。毎年出版される感染症治療のガイドブックで、 版が変わるたびに表紙の色が変わる。今年は「赤表紙に黄色い文字」という狂った仕様。

  • 17ページ:旅行者下痢症に対して推薦される治療薬が、ラテンアメリカとアフリカ、アジア諸国とで分けられた:ラテンアメリカではフルオロキノロン、 アジアではアジスロマイシン
  • 18ページ:ホイップル病の治療薬としてクロロキンが取り上げられた
  • 25ページ:右心系の感染性心内膜炎治療薬として、「ダプトマイシンはバンコマイシンとゲンタシンの併用と同じぐらい効く」という記載が追加された
  • 35ページ:入院が必要な肺炎患者に対して最初に開始する抗生剤として、エルタペネムとアジスロマイシンの併用が記載された
  • 36ページ:ICU入室が必要な肺炎患者に対する治療に「喀痰、血液、胸水の培養と、尿中抗原検査をするように」という記載が入った
  • 38ページ:緑膿菌肺炎に対する治療に、「感受性があれば、セフェムやペネムを使ってもいいよ」と記載された
  • 38ページ:ペストの治療が追加された
  • 47ページ:MRSA保菌者に対する治療の項目が追加された
  • 49ページ:敗血症を伴った外傷の治療薬にセフトビプロールが追加された
  • 50ページ:ブドウ球菌による外傷敗血症の治療薬にセフトビプロールが追加された
  • 58ページ:CVライン感染の「救済」療法に、ミノマイシンによる「ロック」療法が記載され、従来のやりかたが削除された
  • 71ページ:腸球菌感染症の治療手段として、ロセフィンとアンピシリンの併用療法が記載され、セフトビプロールが追加された
  • 71ページ:MRSAに対する治療薬として、いくつか見込みのありそうな抗生剤が記載された
  • 85ページ:PIPC/TZ の使いかたについて、去年よりも推薦される使用量が増えた
  • 87ページ:ロセフィンの使い方について、2g を1 日かけて持続的に静注する方法が紹介された
  • 113ページ:多剤耐性結核菌の分類が、「多剤耐性」と「ものすごい多剤耐性」とに細かくなった
  • 117ページ:MACに対する治療が、もっと徹底的なものに改められた
  • 119ページ:やはりMACに対する治療で、「小児の場合、外科的な切除も効果的」という記載が入った
  • 123ページ:寄生虫に対する治療薬としてNitrazoxanide に言及している記述が入った
  • 127ページ:トリパノゾーマ症に対する治療に、新しい記載が追加された
  • 131ページ:神経有鉤嚢虫症に対する治療に、新しい記載が追加された
  • 135ページ:「マールブルグ出血熱のウィルスがコウモリから検出された」という記載が入った
  • 139ページ:「ベル麻痺」の治療手段としてステロイドの有効性が記載された
  • 142ページ:サル咬傷の時に見られるヘルペスB に対する治療で、「アシクロビル、ガンシクロビルの効果が薄いかもしれない」と記載された
  • 145ページ:パピローマウィルス、パルボウィルスに対して、「症状をとるための治療手段」が新たに記載された
  • 146ページ:抗RSV抗体パリビズマブによるRSウィルス感染の予防について、記載が加わった
  • 152ページ:HIV感染患者に対する治療が、今年の版で大幅に書き換えられた
  • 168ページ:胆道系手術患者に対する予防的抗生物質投与のやりかたについて、リスク予測のやりかたが、新たに追加された
  • 175ページ:暴露者の感染予防について、単純ヘルペスウィルス、アスペルギルス、カンジダについて、記載が変わった
  • 186ページ:子供の予防接種について、肺炎球菌と髄膜炎菌が、「6歳までに受けるべき予防接種」の項目に入った

記述があいまいなのは、ネタバレ回避…じゃなくて、翻訳に自信がないので。

昨年まで発売されていた半に比べて、頁数がわずかに増えている分は、ほとんどがレトロウィルス治療に関する 増ページ分。細かいレイアウト変更とか、一部の活字が太字に変更されているとか、去年までの判と比べて 全体に「見やすい」方向に変っているけれど、そもそもがものすごく読みにくい本だから、 編集した人の努力はあんまり実っていない印象。

1回の静注で24時間効くカルバペネム「エルタペネム」と、MRSA を殺せるセフェム「セフトビプロール」は、 両方とも日本にない薬。最近発売された新製品だからなのか、いろんな感染症で、こっそり推薦されていた。

書かなかったけれど、「これは妊婦に使ってはいけない」という但し書きが太字になって、 今まで記載がなかった薬について、わざわざ記載が追加されていた。どれもおそらく、 昔から妊婦に使ってはいけない薬だったけれど、こんな小さな本にも記載しないといけないぐらい、 たぶんそのへんがうるさく言われるようになったんだろう。

一応全頁比較したけれど、「抜け」があったら教えていただければ幸いです。

アップデートカンファレンスのこと

前働いて他病院には「アップデートカンファレンス」という制度があった。 カンファレンスを名乗っているのに研修医を対象にしてなくて、 忙しいスタッフの先生方が、新しく改訂された教科書を分担して、 一気に読んでしまいましょう、という主旨の講義。

一般内科の入門書だとか、感染症のガイドブックだとか、一般医家をやっていく上で 外せない教科書というのが何冊かあって、残念ながら、日本語の教科書には 優れたものが少なくて、「定番」なんて呼ばれるものは、全てが洋書。

誰だって英語を読むのは面倒だし、それなりに知識を持っている人にとっては、 「新しい」ことそれ自体よりも、むしろ「どこが変ったのか」、「どうして変ったのか」のほうが、 もっと大切だったりする。

アップデートカンファレンスは、だからスタッフの先生方限定で、 各専門家が自分の分野を分担して、出席する人は、その本を「読んでる」ことが 前提になっていて、「どこが、どんな意図で変更されたのか」だけが説明される。

研修医には、もちろんそのカンファレンスに出席する権利はあるんだけれど、 流れ読まない質問だとか、「分かるように説明して下さい」なんて要求する権利は 一切なくて、みんな時間を捻出して、読んでもいない洋書を開いて、 なんだかありがたそうな、分かったら、きっとすごく貴重なお話が耳から耳へ ただ流れて行くのを聞いていた。

スタッフの先生方もみんな散ってしまって、「アップデートカンファレンス」も、 自分たちが研修してた頃にはほとんど開かれなくなってしまったけれど、 今みたいな時代だからこそ、同じ教科書を共有して、記載された内容だけでなく、 筆者の意図とか時代の流れとか、そんなものを共有できる空間が、 どこかにできたらいいなと思った。