浮気物語の共通骨格

2ちゃんねるまとめサイトには、定期的に、「浮気物語」とでも形容するしかない、 「結婚相手が浮気して、それが発覚して離婚に至った元夫の書き込み」が登場する。

書き込みはたいてい、発端から別離に至までの物語になっていて、 その都度共感的な返信が列を連ねて、「はてなブックマーク」が30程度から、多いときだと100ぐらいつく。

共通事項がある

2つ仮定する。

  • 2ちゃんねるの書き込みは、基本的に創作、あるいは脚色を加えた経験談である
  • 「浮気物語」自体は、恐らくは似たような物語が定期的に書き込まれていて、人気のあるものだけが浮上して、「まとめサイト」に補足される

掲示板世間での生存競争というか、ある種の淘汰を受けた結果として、人気のある浮気物語と、 人気のでなかった浮気物語が存在していて、恐らくは「同情されやすい浮気物語の構造」とでもいうべきものが、 淘汰の結果として、生み出されているような気がする。

主人公は普通の人

浮気が発覚する前段階で、主人公はたいてい営業職で、朝から晩まで、汗まみれで働いている。

土木系の、筋骨隆々とした人物が主人公の物語だとか、何か創造的な仕事、作家だとか、 イラストレーターだとか、何かを生み出すような、誰かのやっかみを誘うような仕事では、 たぶん共感を引っ張れない。

調子の悪いときに浮気が発覚する

浮気物語は、たいていの場合、主人公が奥さんの携帯電話記録を見る場面から始まる。

これを見つけるときの主人公は、たいていの場合、体の調子が悪い。徹夜が続いたとか、 あまり気の乗らない飲み会の帰り、疲れ果てて酔っていたときだとか、 休みたいとき、さっさと寝たいときに、なぜか携帯電話が目に入って、物語が動く。

あらかじめ怪しんでいただとか、絶好調のときに、何かのついでに携帯電話を覗くとか、 そういう始まりかたはしない。

主人公の調査能力は弱い

主人公が浮気を疑って、浮気の証拠固めは、たいていの場合「興信所」の仕事になる。

浮気を検証する場面では、たとえば主人公自らが張り込んだり、 何か些細なきっかけを重ねて推理したり、誘導尋問的なやりかたで相手を追い込んだりとか、 同じような境遇を抱えた読者の参考になりそうな、具体的な描写は少ない。

もちろん浮気された主人公は普通の人だから、そもそもそんなノウハウは持っていないのだろうけれど、 だいたい物語の前半1/3ぐらいのところで「興信所」が登場して、次の場面では、もう証拠がそろう。

「強い友人」の存在

証拠がそろったあとに、浮気の現場に踏み込む場面が来る。

主人公自らが戦う物語は少ない。浮気相手を殴るだとか、脅しあげるような描写も少ない。

主人公にはその代わり、強力な味方がついてくれることが多い。

  • 興信所の人が親切で、暴力沙汰の場面まで付き添ってくれる
  • 浮気相手の男側に「主人公に同情的な強い先輩」がいて、相手を殴ってくれる
  • 浮気の相手は取引先の企業にいて、その上司が主人公に味方してくれる

たいていこんな設定があって、主人公自身は暴力から自由でいられて、 浮気という状況に傷つく一方、暴力装置となる第三者が登場して、 読者のうっぷんは、この人が晴らしてくれる。

こういうのもたぶん、主人公自らが喧嘩の達人になったりすると、読者の共感が薄れてしまうのだと思う。

災厄は実家に及ぶ

状況はたいてい泥沼化する。浮気相手だとか、浮気した奥さんの実家まで巻き込まれて、みんな不幸にあう。

お話しが、夫婦の別離で収束することは少なくて、 浮気相手の家庭が無茶苦茶になるだとか、奥さんの実家に浮気した奥さんが帰ったあと、 実家の親共々主人公の前で土下座するだとか、話はたいてい、いろんな人に飛び火して、 主人公の不幸は、多数の不幸で購われることになる。

トラブルを抱えたご家族なんかを相手にしていて、そこに集まる人が5人を超えると、 状況を制御するのがすごく難しくなるんだけれど、浮気物語を読んでいると、 物語の最終局面、離婚を決意した主人公と、関係者とが対峙する場面になると、 制御可能人数以上の人物が同じ部屋に集まって、それでも事態は収束に向かう。

事態を収めるのは、たいていの場合「実家の父親」だったり、あるいは「先輩」だったり、 そこに集まった中での父親的な人であって、主人公自らが場を仕切る場面は、やっぱり少ない気がする。

主人公にも不幸が来る

離婚が成立したあとに、主人公が病気で倒れてしまって、最後は「親友」が同じIDで書き込む物語があったけれど、 どんな「浮気物語」も、たいていの場合、離婚が成立して平和に終わることは少ない。

主人公が人間不信になってしばらく仕事ができなくなったり、子供の半分を相手に取られたり、 100% の勝利というのは与えられない。

匿名物語の構造

匿名掲示板世界ではたぶん、似たような物語がたくさんあって、お互い競合しながら、 読者の共感を奪いあいながら、生存競争に打ち勝った物語だけが、「まとめサイト」を通じて浮上している。

作者が匿名である以上、読者の興味は物語それ自体に向かって、恐らくは神話だとか、 民話なんかと同じく、「浮気物語」みたいなものにも、読者の共感をもらいやすい物語の構造というものがあって、 掲示板での生存競争の結果、「浮気物語」もまた、神話の構造みたいな、共通した物語の骨格というべきものを 獲得したのだと思う。

駆け出しの作家が書くべき1作目というのは、だから「ありきたりな物語」である必要がある。

最初から奇をてらった、共通骨格から外れた物語を書いたところで、 「名」を持たない者がそれをやっても、読者はついてこない。

「ありきたり」を重ねて、共感を積み重ねて、読者の興味が、物語それ自体から、 それを書いた人にうつったとき、作家は初めて「名前」を得ることができる。

作家はたぶん、名前を得ることで、そこで初めて、多様な物語を紡ぐ権利が発生するのだと思う。