地域医療の地政学

地元の新聞に、地域医療の救急枠を、県境を越えて融通しあうようなお話が掲載されていた。

生命は最も大切なものだから、県とか市とか、自治体の境界を超えて、 患者さんの収容を最優先するのだと。

勘弁してくれと思った。

うちの施設を取り巻く状況

小さな規模の病院だけれど、救急車はけっこう来る。夜間でも、下手すると一晩に6台とか8台、 救急車がやってきて、もちろん外来も夜通し来る。当直は全科で一人。体勢は時代遅れだけれど、 そもそも自分が最年少とか、勤務している医師も十分に時代遅れだから、 それでも何とか回る。外科医も内科系疾患を診てくれるし、内科の自分が子供縫ったりする。 田舎だから何とか回る、「曖昧さ」がいい方向で共有されている病院。

救急車で1時間ぐらいかかる隣の都市では、救急体制が崩壊している。

そこは人口も多くて、病院もたくさんあるし、公立のセンターもあるのだけれど、センターは専門施設だから 救急を取らない。民間の病院も、救急は「出来ない」という立場を貫いてて、救急輪番制とか作れない。 人口多いから、急患はたくさん発生するはずなんだけれど、救急車はたいていどこも断られて、 他の市に搬送したり、うちみたいな病院まではるばるやってくる。

越境してきた患者さんを診るのは大変。

町がかわると、やっぱり医師に対する距離感とか、その町独特の文化というのは 微妙に異なっていて、何となく「いつものやりかた」が通じない。なによりも、 救急車使っても1時間かかるところにみんな住んでるから、見舞いに来るのも 大変だし、お話ししようにも、夜遅くにしか来てくれない。 見舞うほうだって大変だろうけれど、診るほうだって大変。

その都市の市長さんは、ずいぶん前から「改革派の騎手」として、時々マスコミなんかに顔を出す。 赤字の自治体を立て直して、財政をいい方向に持って行ったとか、そんな話題で。 なんだか国会議員デビュー狙ってるなんて噂もある。もうすぐ任期が切れる。

高速道路のこと

県内を走る自動車専用道路が、もう少しだけ整備されるという噂がある。 うちの施設なんかは、この道路にすごく期待している。

道路が完成すると、救急の無い、その町の救急車は、今度は専用道路を使って、 もっと大きな町へと患者さんを搬送できる。そっちでは、日赤の大きな病院が救急を担っているから、 そこならたぶん、うちなんかよりは余力がある。

最近は、非常手段だったはずの越境入院が当たり前になっていて、 市の境を超えて救急搬送される患者さんが増えている。うちなんかも実際問題、 これ以上搬送増えたら、もう回らないところまで来ている。医師の数はこれ以上増えないし、 地元の救急変らないのに、一方向的に救急搬送件数増えてくから、すごく危機感持ってる。

道路が出来て、救急車の流れが変ったところで、負担が他の病院に移るだけなんだけれど、 今はもうどこの施設もいっぱいいっぱいだから、「速く道路作ってほしい」というのが、 切実になってる。向こうは向こうで、全く逆のこと考えてるはず。

ところがもちろん、道路作るのにはお金が必要で、今道路のお話盛り上がってて、 先行きが本当に分からない。道路は本当に完成するのか、少しだけ楽できる「いつか」は 本当に来るのか、道路と病院なんて全然関係ないようでいて、けっこう気にしてる。

人道主義で「解決」しないでほしい

自治体を代表する人達が、県内県がいとわず、とにかく「連携」の話し合いをしているらしい。

もちろんなかの話なんて全く見えないけれど、話し合いするなら、やっぱりお金の話を ちゃんと絡めてほしいなと思う。

夜になると病院が無くなる、件の大都市には、たぶん救急を充実させる動機がない。

住民の意見はあるのだろうけれど、市長さんは、 もうすぐ任期切れていなくなってしまう。今支出を増やして「改革派」のイメージ 潰すよりは、「次」につなげて、現状を維持したほうが、得られるものは大きいはず。

病院にだって怖い。「最後の砦」に相当する公立のセンターが救急始めない段階で 手を挙げてしまうと、「じゃあ中心になってお願いします」なんて、責任者を名指しされてしまう。 鳥インフルエンザ対策とか、どこの施設も腹案あるはずだけれど、自治体病院も、民間病院も、 「あなたがリーダー」と指名されるのが怖くて、誰も「準備してます」なんて言えない。 公式にはだから、対策は「何もできてない」ことになってるし、有事のリーダーを誰がやるのかとか、 あんまり決まってないはず。

役所の人達も、今は責任かぶるのすごく怖がってて、判断は全て医療者側に振る。 誰も得しないチキンレースだけれど、公立施設にも、民間施設にも、もう救急に対応できる 医師なんてごく少数しか残ってないから、どこも「リーダー」なんて引き受けられない。

話し合いの席で「人道主義」なんて言葉を出されて、それが一人歩きするのは本当に困る。 「人道」なんて思考停止ワードには、結局誰も逆らえないから、予算を出し渋る、 救急体勢持たない自治体が、このまま行くと一人勝ちする。救急リソースなんて、 もう圧倒的に足りてないのに、「人道」で議論が止ると、回るわけない現場は、 どうしてだか「できる」ことにされて、「人道的立場に立ってがんばれ」なんて話になる。

救急を放り出した町だけ得する。あぶれた人達が隣の町に駆け込んで、そこもまた、 やってられなくなって、救急体勢放り出す。もちろんそれやると、患者さんがもっとあぶれるから、 次にその人達を吸収する病院は、たぶんもっとひどいことになる。

地域医療の地政学

「土台」レベルと「建物」レベル、「家具」レベル、家のこと一つ考えるのにも、 議論にはこんなレイヤがあって、土台の傾いた家直すのに、家具の配置考える論理で議論しても、 傾いた家は直らない。

「地域」というのは、そもそもその場所で「自給自足」を行うことが前提としてあって、 そのために必要な土地とか予算、医療資源みたいなインフラは、その地域の首長として選ばれた人が、 どんな形であれ、「力ずく」で調達してくる責任があって、そもそもそれがなされないと「地域」は発生しないし、 地域ができて、初めて法律のお話ができて、法律が整って、ようやく「人道」のお話ができる。

医療資源の話題というのは、本来は「力ずく」レイヤで奪い合うものであって、 法律とか、ましてや人道のレイヤで解決すべき問題ではないのだと思う。

小児科救急なんかは、実際「人道」重ねて完全崩壊していて、 夜間県内で小児科救急が稼働してる施設なんて、あと3つぐらいしか残ってない。 圧倒的に足りてないのに、来年から小児の救急無料化するから、 たぶんどこの施設にも、夜中になってから人があふれるようになって、 県内の小児救急はもう持たないだろう。

救急体制を維持できている「強い」側の自治体にこそ、「人道」否定して、せめて 救急持ってない自治体に、お金を請求してほしいなと思う。 自前で救急体勢作ったほうが、予算上より安価になるようにルール決めないと、 「人道」叫んで救急投げる自治体増える一方だと思う。