曖昧さを呑み込んでくれる人

休日外来。月に数回、昼間から酔って手のつけられない人が、警察同伴でやってくる。

大声出して大暴れして、たいてい手にケガしてて、外来血まみれ。B型肝炎とか持ってるから、 診るほうは大変。

「医者なんかいらねぇ」とか、よく怒鳴る。暴れてるんだけれど血が止まらないから、 何とかなだめて縫う。縫ってる間も暴れて叫んで、顔に唾吐かれたりする。

縫い終わるとたいてい落ち着く。疲れて気分よくなるのか、今度は「今日はここで寝る」とか、 入院させろとか、またごねる。断ると暴れる。

境界をまたぐ警察官のこと

うちの地域を巡回している警察官の人たちは、こんな時すごく親切。

何人かがかりで酔った人連れてきて、縫うとき押えるの手伝ってくれて、 縫うの終わったら患者さんなだめて、自宅まで連れ帰ってくれる。

患者さん酔ってるから、怒鳴るし怒る。「警察官のくせにさわるな」だとか、 「善良な一般市民を権力が拉致するのか」だとか、朝日新聞の記者が聞いたら 大喜びしそうな言葉張り上げて、警察の人はそれでも我慢して、 パトカーに患者さん乗っけて帰る。

前いた地域では、警察の人は患者さんの人権に配慮した。

酔って暴れた人保護しては、病院に放り込んで帰ってた。酔っぱらいは、縫われて暴れて居座って、 看護婦さん抱きつかれたり、包交車蹴飛ばされて床イソジンまみれにされたり、ひどかった。

警察の人をまた呼ぶ。暴れる酔っぱらいは病院の外に連れ出されるけれど、そこまで。 道路は公共空間だから、人権に配慮して、酔っぱらいは解放される。 酔っぱらいはそのまま病院に引き返して、医者殴って、それでようやく、病院側にも人権が発生して、 酔っぱらいは今度こそ、警察署に連れてかれる。

朝日の記者も、殴られ腫れた医者の顔見れば、たぶん満足して矛先納める。

うちの地域は、仕事してても殴られないし、怒鳴られても我慢すれば、 患者さんはいなくなる。朝日の記者とか人権派弁護士がこの情景見たら、 たぶん警察の人たち刺されると思う。

曖昧さを呑み込むベテランのこと

うちの施設はずいぶん昔から、内分泌内科の先生がたに、大学から来ていただいている。 週に数回、交代で外来をお願いして、一緒に病棟の患者さんも診ていただく。

いろんな人が来る。自分よりもはるかに年次が上の人もいれば、 「専門家」になったばかりの若手医師まで。

若い人はまじめだからなのか、要求が厳しい。検査スケジュールがタイトだったり、 血糖管理が厳密だったり。お願いした患者さん97歳なんだけれど、 適当にやってるのばれて、処方全部変えられたりする。

ベテランの先生がたは、そのへん優しい。自分が作った適当な治療スケジュール見ても、 「いいんじゃないですか?」なんて、それにちょっとだけ専門知を付け加えて、 正しいやりかたに直してくれる。自分のやりかたを引き継いでくださるから、 病棟も混乱しないし、自分のメンツも潰さないでくれる。

専門家は、顧客から舐められたら負け。ベテランはそれでも、持っている経験知の 量が段違いだから、妥協しても厚みで押し切る。残念ながら新人は、 まだまだ見せつけるだけの経験を積んでないから、エッジの効いた治療プランを提示して、 現場の尊敬を勝ち取るやりかたしか選択できない。

たぶん4年目。自分なんかよりも年下の「専門家」に相談しながら、怠惰なやりかた 訂正されて、ちょっとほほえましい気分になったりもする。まだ新人だった頃、 自分もそうやっていきがってたから。

責任の一端を引き受けること

権利を声高に叫ぶ酔っぱらいを引き受けていただくのも、いい加減な治療プランを前にして、 「これでもいけると思いますよ」なんて、そのやりかたを承認してもらうのも、 曖昧さを呑み込むベテランのやりかた。

ベテランは、どんなに間違ったやりかた見ても、そこから正解に持って行くためのやりかたを たくさん知っていたり、自らの技量が十分に高くて、多少のいい加減さなんて、 ただの誤差として処理できてしまったり。

現場知った人たちは、だからいろんな曖昧さを受容して、責任の一端を自らに引き受けてくれて、 おかげで現場が何とか回る。

でもベテランだって刺されたら死ぬ。

権利を武器に現場潰すのを生き甲斐にしてる人たちにとっては、曖昧な場所こそは、 病院の弱点。それを呑み込む人たちというのは、もちろん真っ先に潰す対象だから、 厳しい地域はだから、ベテランから刺されていなくなる。

曖昧な部分を受容して、承認するやりかたは、相手の仕事を楽にしてくれる代わりに、 その人の責任を引き受ける覚悟がいる。そんなことをしても、残念ながら誰の得にもならないから、 今それやるの難しくて、「受容」探すの大変になった。

土曜日の午後は休日当直。「2 週間前から食欲のない人を紹介したいので、入院ベッド作っておいてください」 なんて依頼をいただいた。お昼休み終わってみんな帰ってすぐの頃。まだ日も高い時間帯。

診てからじゃないと入院なんて判断できないし、検査の人も帰っちゃったから、 もう検査も出来ない。「今すぐ入院が必要そうな状況なのですか?」なんて先方の 判断を伺ったら、「もういいです」なんて、憮然として電話を切られた。

医師会ゴルフ前日。開業した先生がたの専門領域はゴルフ場のどこかにあって、 食べられない曖昧な年寄り診るの、もう心の底からどうでもいいんだろうなとか、ちょっと思った。