ロシアは鉛筆を使った

宇宙飛行士は、無重力状態ではボールペンが書けないことを発見した。
NASA は120億ドルの開発費をかけて、無重力でも書けるボールペンを開発した。
ロシアは鉛筆を使った

定番の科学ジョークだけれど、大事だと思う。

Mig-25 のハイテク

1970年代最速のジェット戦闘機、Mig-25は、正体が分かってしまえば、 ありふれた技術で作られた、時代遅れの戦闘機だった。

ベレンコ中尉が北海道に亡命してきた昔、あのときはまだ、Mig-25 といえば「正体不明の究極戦闘機」 であって、小学校の頃に読んだ図鑑にも、なんだか秘密兵器みたいに描かれていた。

分解調査された実物は、たいしたことがなかったのだそうだ。

  • チタニウムの合金だろうなんて言われていた機体は、ありきたりなニッケル鋼で作られていた
  • 基本的に「まっすぐ飛ぶ」ことしかできない飛行機で、格闘戦の性能は悪く、燃費も極端に悪かった
  • すごいエンジンを使っているのだろうと思ったら、低速度域はスカスカの、 高速性能に特化しただけの、ふつうのターボジェットエンジンが使われていた
  • 電子機器に至っては、たしかに強力なレーダーは積まれていたけれど、部品には「真空管」が使われていた

Mig-25 の正体は、「ハイテクで作られた最強戦闘機」なんかじゃなくて、 速くまっすぐ飛んで、強力なレーダーで、長距離ミサイルを相手に撃ったらそれでおしまいの、 よくできたミサイル運搬機みたいなものだった。

あの飛行機は要するに、ローテクで作られていた「張り子の虎」だったのだけれど、 まっすぐに、高いところまで速く飛ぶという、「牙」に相当する機能は本物だったから、 迎撃戦闘機としてミサイルを運んだり、速度を買われて偵察機として活躍したり、 最近では、「成層圏体験ツアー」の遊覧機として、観光客を乗せて空を飛んだり、 Mig-25 は、30年以上経った今でも、いろんなところで使われる。

機能の依って立つところ

それが機械であっても技術者であっても、自らの「よさ」みたいなものを 成り立たせている何かに対しては、自覚的にならないといけない。

  • その機能ニッチに競合者がいないのなら、その技術は長生きする
  • 競合者がいるのなら、その機能を成り立たせるための「前提」がより少ないほうが生き延びる

たとえばMig-25 には、「成層圏で、何かを運搬したまま高速が出せる」という機能があって、 その機能を肩代わりできる飛行機は、そんなに多くない。

Mig-25 は「ローテク」で作られているから、燃費は悪いけれど頑丈で、維持管理するための 費用がそれほどかからないから、観光目的に転用してもやっていけて、30年経った今でも、 「出番」が回ってくる。

これがたとえば「強い戦闘機」という機能ニッチには、たくさんの競合者がひしめいていて、 Mig-25 にはもはや、ここでの出番はないように思える。

今ならたとえば、「強い戦闘機」というニッチを制しているのはアメリカのF-22 ラプター なんだろうけれど、あの飛行機を運用するコストは高いし、あの性能が前提として要求するものはたくさんあるから、 ラプターを「長生き」させるのは、たぶん大変なんだろうなと思う。

それが生きていくための「ニッチ」に適応できない生き物は、淘汰されて滅んでしまう。

走るのが速いだとか、繁殖力に優れるだとか、生き物には必ず、何かニッチに特化した機能が あって、それぞれが「専門家」になることで、競合に打ち勝って、生き延びる。 ところが同じ「専門家」なのに、サーベルタイガーや恐竜は滅んでしまって、 ゴキブリだとかサメ類は、昔も今も、姿形を大きく変えることなく、今でも繁栄している。 同じ専門家であっても、長生きできる専門技能と、そうでないものがある。

自分たちの業界を振り返って、たとえば循環器内科医ならば、 「詳細な心臓診断が出来る」という機能ニッチには、競合者がこれからたくさん出てくる。 漠然と「いい医師」を目指すような努力は、もしかしたらだから、ニッチごと滅んでしまって、報われない。 一方で、「冠動脈の任意の場所に、任意のデバイスを運べる」という機能には、今のところは、 恐らくはこれからも、競合者が出現する可能性は低い。

「長生き」を目指すなら、技術者は、自分が依って立つ専門機能というものを点検して、 競合者の少ない、あるいはその専門性を生かすための前提条件がシンプルな機能を、 特徴として磨くべきだし、戦略抜きの、留保なしの「よさ」を目指した未来というのは、 やはり暗いのだろうなと思う。