自由診療のこと

  • 極めてまれなできごと
  • 相手の気が動転している

こんな条件がそろっている場所には、ビジネスチャンスが転がっている。

葬儀の記憶

父親が亡くなった夜、大学出入りの葬儀社の人たちが駆けつけてくれた。

いい人たちだった。父親のことを悼んでくれて、「全部任せてください」なんて。

800万円のコースを指定された。

どう考えたって、うちにそんな金額払えるわけがなかったんだけれど、 大学出入りの業者の人が、「このぐらい」なんて断言したところで、 それを拒否する根拠は、自分たちは持ってなかった。

みんな茫然自失していて、葬式の日はもちろん、目の前に迫っていたから、 「とりあえずちょっと、考えさせてください」なんて答えるのがやっとだった。

一晩考えた。

「やっぱり申しわけないのですが、うちでは800万円なんて払えません」なんて、 情けない思いで頭を下げたら、コースの内容は変えないで、 その場で150万円割引してくれた。

たくさんの人が来てくださって、親戚からも援助をいただいて、 収支がやっとぎりぎりになって胸をなでおろしたのは、もうずいぶん昔。

大黒柱がいなくなって、これから先の生活だって見えないときに、何でだか人生始まって以来の出費。 香典袋を集計する手が汗まみれになったのをよく覚えてる。

葬儀にだって「相場」があるのだろうけれど、当時も今も、相場なんて分からない。 「先生ならこれぐらいです」なんて、800万円という金額を示されたけれど、 これは果たして「ボられた」のか、それとももしかしたらいい業者さんに巡り会えて、 ボランティア同然の値段で、葬儀を仕切っていただけたのか。

自由診療という宝の山

癌の塞栓療法をする先生がいて、ホテルをワンフロアぶち抜いたクリニックで、 先生一人で朝から晩まで、診療に忙しいらしい。

テレビで「癌に単身で戦いを挑む医師」として、好意的に取り上げられていた。

癌が成長するには必ず栄養血管が必要になるから、塞栓療法を行って、 それを潰せば、癌は「小さく」なる。どんな癌でも小さくなるし、転移癌でも効果がある。

一時期いろんな施設で試みられたのだけれど、小さくはなっても、特定の癌をのぞいて、 延命効果が証明されなかったから、今では廃れてしまったやりかた。 保険も効かない。

番組では、誰もウソは言っていなかった。

  • その先生は「癌が小さくなる」とは言ったけれど、「直る」とは言っていなかった
  • 患者さんは「先生の治療は効果がすぐに実感できるんです」とインタビューに答えていた。 塞栓物質を注入した血管はその場で潰れるから、たしかに効果は目に見えた
  • 「治療途中で亡くなる方いらっしゃいます」と言っておられた。 相手にするのは末期の患者さんばっかりだったから、5年先にどうなるのか、誰も興味が無さそうだった
  • 治療がうまくいった人は癌が小さくなって、そのときは元気になる。 「先生に救っていただきました」なんて、インタビューで答えていた

延命優先の、今の西洋医学の範疇では、進行癌の患者さんにできることはほとんどない。 この先生が販売しているのは、「治癒」ではなくて、「腫瘍が小さくなった」という満足感 だから、そういう意味で、正しいビジネスだし、誰も損はしていないはず。

ものすごくまれな出来事で、当事者が動転している場所には、ビジネスチャンスが転がっている。

そもそもが「まれ」な出来事を集めるコストが馬鹿にならないから、 こんな商売ができる場所なんて実世界にはほとんどないんだけれど、 医療の業界には、たぶんこんな場所がたくさんある。

今の病院はどこも赤字だけれど、「延命させる」というルールを無視していいのなら、 大学だとか、地域の基幹病院だとか、黒字を生み出すやりかたは、たぶんいくつも考えられる。

宝の山はあちこちに転がっているのだけれど、今はルールがあるから、そこを掘れない。 宝の山を狙っている企業はたくさんあるから、業界が自由化したら、医療はたぶん、 別の何かに変貌するんだろう。

自由化の未来

医療が自由になると、業界は間違いなく面白くなる。

多様な需要と、それに応えるいろんなサービス。自由化した医療はメリットばっかり。

伝統的な、つまらないルールに縛られた医療は終わり。これからはもっと面白い場所で、 優秀な人たちが自由なビジネスを展開するようになる。

「健康な病人」なんて揶揄される、今の医療に不満を持っているような人たちには、 たぶん多様な選択枝が約束される。

ところが病気が悪くなって、期待がしぼんで「延命」に収斂すると、 患者さんはとたんに「つまらなく」なる。自由世界では、売るほうだって買い手を選ぶ。 つまらない人たちは、伝統的な、つまらない医療現場へと放り出されて、 自由な医療は、きっともっと面白い患者さんを探しはじめる。

魅力的になりたくて、美容形成外科医の門を叩く患者さんがいる。 美容形成外科医は「鼻が高くなる」ことは保証するだろうけれど、 その人が魅力的になるとか、その人が「いい顔」になるとか、そんな結果は保証できない。

自由世界では、価値が多様化する。

安かったものが「改良」されて高価になったり、「治る」「延びる」を期待して購入してみれば、 それは「小さくなる」とか、「下がる」だったり。

老人ビジネスとか健康ビジネス、自由診療とかアンチエイジングが栄える近未来、 医療というのはもはや、奇跡でも何でもなくて、単なるインフラ。

土台を維持する技術はもう十分成熟したから。今は次のステージ、目鼻の利く人が、 土台の上にどんなビルを建てるのか、あれこれ思案している段階。

他人様の商売をくさすつもりはないんだけれど、それでもやっぱり、 商売始めた以上、「つまらなくなったら放り出す」のだけは勘弁してほしいなと思う。

ビルの上にいると見えにくいかもしれないけれど、みんながビル建てようと殺到して、もうインフラはガタガタなんだから。