ルールで道徳を実装するやりかた

たとえば「2 つ以上の医療機関を受診した場合、それぞれの医療機関への 診療報酬の分配は、患者さん自身が決定できる」なんてルールを現行法に 付け加えてしまえばいいのだと思う。

対価の行為随伴性

患者さんを投げてよこす近所の先生がいる。

昼過ぎにきた患者さんに、いろんな検査を全部出して、 下手すると2週間分の処方もつけて、その上で「今一つ自信ないんで、 問題ないことを証明してあげて下さい」なんて、夕方時間外になってブン投げてよこす。

責任丸投げ。診療報酬総取り。自分たちが請求できるのは、せいぜい初診料ぐらい。

多かれ少なかれ、ある程度の規模がある病院に勤めている医師は、たぶん こんな理不尽さに涙したことがあるはず。もちろん開業の先生がたには 相応の理由があるんだろうし、彼らは彼らで開業のリスクを背負っていると 反論するんだろうけれど、それは「患者さんのために負うリスク」とは違うはず。

対価というものは本来、その人が、お客さんのためにとったリスクに応じて支払われるもの。 今の時代、リスクをとっても支払われるのは対価じゃなくて大過。

患者さんによる報酬配分

たとえば患者さんが、「この行為のおかげで私はよくなった」なんて自覚して、 そこではじめて支払い責任が発生するなんてルールにしたら、面白いことがおきる。 もちろん「私は自然治癒しました」なんて踏み倒す人続出するから、実際には 現状の保険制度に乗っかる形で、社会保険事務所から支払われる報酬について、 その分配先を患者さんにハンドリングしてもらう形になる。

  • 開業の先生は、中途半端な抱え込みは出来なくなる。検査をいくら出しても、 大きな病院に紹介をした途端、最悪それは持ち出しになってしまう。 リスクをとって最後まで自分で診るか、最初から大病院に紹介するか、二者択一を迫られる
  • たぶん若者相手にリスク取れるガッツのある先生は少ないから、開業医は 高齢者医療に進出することを強いられる。それにしても、「面倒になって老健丸投げ」は できなくなるから、必然的に往診が増え、自宅での看取りが増える動機が発生する
  • 外科なんかは手術があるから、このあたり相当有利になる。外科や産科、 あるいは小児科の医師は、たぶん対価が支払われる機会が増えて、 患者さんを直接診察しない科は不利になる
  • 「最初から最後まで一人で診る」なら、分配の問題が発生しない。基本的に、医療機関は 「身の丈にあった範囲で全力を尽くす」形に収斂していく。開業医なら在宅診療と軽症患者、 大きな病院は外来減るから、たぶんもう一度救急に取り組むようになるはず

こんなルールを運用すると、医師の振る舞いとか「地の利」なんかが、診療報酬に直結してくる。 たとえば住民が一致団結して「村で一つしかない診療所」を守ろうと思ったら、 そこから大病院に紹介されても、診療報酬を診療所側に多く配分してみたり、 あるいはまた、セカンドオピニオンを依頼されたクリニックが、笑顔一発で診療報酬総取りしてみたり。

もちろん全てが上手く行くわけではないし、たとえば月末の支払い寸前になって 大量の紹介患者が発生するとか、抜け道はいろいろ考えられるんだろうけれど。

美しい国の作りかた

理念先行で、政策がその後というのはそもそもおかしい。

最初にこうします、という政策を挙げて、その結果として立ち上がってくると予想されるのが、 こんな理念に基づいた世界だと考えますなんてやりかたでないと、言葉には本来、説得力が出ない。

家族が自宅で老人を診る。医者が往診して、そんな人を最後まで患者を診とる。 必要な検査は最小限。何時に受診しても、どの病院に行っても医者は笑顔で、 いろんな立場の医師が、みんな患者さんの利益最優先で働く。

そんな「美しい国」作ろうと思ったならば、やるべきことは道徳叫ぶことではなくて、 ルールの実装。

「患者判断ルール」のもとでは、医師は誰も道徳になんて目覚めていないし、 あくまでもみんな、自分の利益を最大化するためだけに行動するだけ。

社会に「道徳」なんて概念を導入しなくても、全ての医師が「道徳に目覚めた」時と 同じ振舞いをルールで再現することは、たぶん十分に可能なはず。

問題はシンプル。一つの症状にかかわる医療機関なんて、せいぜい3つぐらいなものだし、 月一回診療報酬を締めるとしたら、医師一人は大体、年間4000回、「分配」の審判を 受けることになる。

多様な意見が集められて、各メンバーには同じ情報が与えられて、その判断が独立しているとき、 そのには「集合知」が発生する。シンプルな問題、多様な患者さん、 病気はそもそも個人的な経験だから、 集合知が発生する素地は整っている。

むちゃくちゃな提案ではあるけれど、こんなルールで「患者さんによる医師の査定」を 行ったなら、その結果は案外当てになる気がする。

現行法にほんの一行付け加えるだけで、結構面白いことになると思うんだけれど。