圧力ゲームの遊びかた

「感情や力に訴える」「論理で詰める」「第三者の力を利用する」。 この3つのやりかたは、それぞれじゃんけんのような 相補的な関係を持っていて、世の中は「圧力のじゃんけん」 を繰り返しながら廻っている。

  • 強弁とか恫喝、あるいは弱さを強調するようなやりかたに対しては、 警察力や訴訟の話、あるいは行政機関の紹介といった第三者の力で対抗する
  • 訴訟をちらつかせたり、あるいは市民団体みたいな人達の圧力に対峙するには、 専門的な、理を尽くした話を展開したり、「1000冊読んでない人がSFを語るなんて」 みたいな専門家の壁を利用したりするのが正解
  • 自分の知らない専門的な話題、あるいは持っている知識量の差で負けが確定する ような状況に追い込まれたときは、「逆ギレ」してみたり、机をひっくり返して 退場したりといった方法が最良の対抗手段

圧力ゲームというのは、要するに物理的な喧嘩を回避するための手段。 相手から圧力をかけられて、それに対して勝利する戦略をぶつければ、 正面からのぶつかりあいを避けられるし、「あいこ」を選べば喧嘩が 始まる。

守る側の「勝利」というのは問題の先送り。どこかで喧嘩をしないと決着はつかない。

多くの人は喧嘩が嫌い。世の中には本当に白黒をつけないといけない問題なんて、 そんなに多くは存在しないから、今日もどこかで圧力ゲームが行われて、 守る側はたいてい「勝って」、利害対立はまた先送りされる。

攻撃側の勝利戦略

相手が出してくる手があらかじめ分かっているなら、じゃんけんに勝つのは簡単。

圧力ゲームというのは、だから圧力を受ける側には必勝法があって、 普通にやると攻撃する側には勝ち目がほとんどない。

攻める側にチャンスが生まれるのは、相手に手駒をそろえられないようなケース。

フィジカルが弱くて強弁できないとか、何かの理由があって、警察やら司法やら、 第三者の力を借りることができなかったり。実世界で3つの駒をバランスよくそろえられる人なんて、 実際のところそんなに多くないはず。

攻撃側は、相手のそんな弱点を読んで、相手が選択でできない方向に勝利条件を 設定して、負けを呑むか、あいこを選択して直接勝負するかの選択を迫る。

大昔受け持たせていただいた政治家の秘書だった方は、 反対意見を述べた人の家にダンプカーを突っ込ませたり、 無言電話をかけつづけて追い込んだりといった仕事を専門にしていたのだそうだ。

政治の世界はもちろん奇麗事だけではすまなくて、支持者からの支持を集める政治センス、 選挙とか、警察力とか、そんな第三者の力を援用するための一貫性に加えて、 やはりどうしても物理的な力を持つ必要があって、長く支持されている 政治家であれば、多かれ少なかれ、「物理専門」の秘書というのがいるのだそうだ。

喧嘩を避けるための「圧力ゲーム」だけれど、喧嘩するだけの「力」を持っていないと、 攻撃者にそこを突かれてゲームは負け。だからこその物理力。

「墓場まで持っていかないといけない話が山程ある」。そんなことを言っておられた。

勝利の代償として失われるもの

準備さえ出来るなら、それでもこのゲームは守備側が圧倒的有利。

努力するだけで、勝つことを必然にできるゲームにはもちろん勝つことで失われるものが つきもので、圧力ゲームの場合には、守備側の勝利で失われるのが「流動性」というもの。

圧力ゲームで守備側が勝利戦略を選択すると、その結果として守備側の流動性が 低下して、その振舞いを予測することが簡単になってしまう。

予測可能性の増大は、しばしば目先の勝利以上に大きな利益をもたらしてくれる。

医療バッシング華やかなりし今日この頃。マスコミとか市民団体が医療ブッ叩いて大喜び。 彼らの立場は「第三者」。ゲームには攻撃と守備とがいて、守っているのは医療従事者で、 見えない誰かが「第三者」という力を使って圧力かけて、医師が論理でそれに対抗して。

圧力に対して「勝利」を選択した医師は、みんな当然のように論理にすがる。

「1%も予後が良くなりました」なんて論文がぶら下がった、値段が10倍する薬。

以前ならば見向きもしなかったり、あるいは大きな施設が10年ぐらい使って、 「人体実験」済んでから採用しようなんて思ったり。果ては 「そこの電柱でミンミンゼミの鳴き真似やったら、その薬採用してあげるよ」 なんてうそぶいた医師がいた、なんて都市伝説を聞いたのも今は昔。

圧力喰って論理に殺到して、医師の取るべき選択肢からは多様性が消失して。 「証拠」さえぶら下げられれば、医師がその薬を採用する確率は、今では必然にまで 高められた。

勝負を捨てて予測可能性を高める戦略

いくら何でも「製薬メーカーが市民団体炊きつけた」なんて陰謀論だけれど、 圧力かかって、医師は誠意を示す代わりに論理に「逃げて」、 みんなが不幸せになった隣で唯一得したように見えるのは、製薬メーカーの人達。

創薬はギャンブル同然、いい薬を作ったところで、医者の気まぐれで売上げが激変する、 そんなヤクザな業界は、証拠さえ揃えれば、投資に見合った利益が確実に望める「堅い」業界へと 変化した。

ゲームの地平上にもう一枚、「上位レイヤ」とメタルールを設定してやると、 下位レイヤでの圧力ゲームの敗北が、上位レイヤでは、対象の予測可能性の増大として カウントされる。

今まではその振る舞いがカオス的で、有効な利用が不可能であった守備側プレイヤーは、 勝利の代償として秩序を付加され、上位レイヤのエネルギーとして利用されてしまう。

こんな「マルチレイヤゲーム」を企画している人、世の中にはたぶん それなりの数がいて、こんな人達を前にすると、たとえば守備側が お互い協調することが不利になったり、 ゲームの勝ちを捨てる選択が実は最善手であったり、いろいろ 不思議なことがおきてくる。

「マルチレイヤゲーム」を企画する人が増えてくると、今度は 確率論的な動きかた、論理によらない、その場その場のランダムな 動きというのが、きっと戦略として生きてくる。

ゲームに参加していない人から見ると、みんなあまりにも「馬鹿な」振舞いをしているように見えて、 その実みんな真剣にゲームをプレイしている、そんな混沌とした情景を見てみたい。