藤枝市立病院が不正受給 保険医療機関取り消し

静岡県藤枝市立総合病院の歯科口腔(こうくう)外科で、五年間に約一億二千二百万円の診療報酬の不正受給があったとして、厚生労働省と静岡社会保険事務局は二十一日までに、健康保険法に基づく同病院の保険医療機関の指定を取り消す方針を固めた。静岡地方社会保険医療協議会に諮問、答申を受けて二十八日にも正式決定する。 地域の医療拠点となる公立の総合病院が保険医療機関の指定を取り消されるのは異例。 中日新聞:藤枝市立病院が不正受給

みんなもっと大騒ぎしてもいいと思うんだけれど、あんまり話題になっていないようなので。

歯科業界のこと

医療保険では混合診療が認められていなくて、医科では自費診療の機会は まだ少ないけれど、歯科は「歯科医師として良心的な治療をしようと思ったら、 保険診療はできない」なんて言われるぐらいに歯科の保険診療に制限が あって、自費診療の割合が高い。

いわゆる「金歯」、歯の治療を自費で行うときには、治療前のレントゲン撮影とか、 消毒やら歯牙の切削やらといった手技料も、すべて保険が効かない。

そのあたりは今まであいまいにされていて、保険で写真撮影してから 金歯を入れるといった行為は、慣習的になされていたらしい。

大昔から黙認されてきたそんな習慣がいきなり覆されて、 「今まで保険で請求して来た分を、全て自費扱いとして国庫へ返納せよ」 なんて命令が下ったのが数年前。

大学病院級の施設だと、返還額が数億円単位になって、歯科の大学病院というのは そもそも赤字がすごくて、学費でそれを埋めるような構造になっていたから、 この支払請求はすごく痛かったらしい。

歯科医は供給過剰。全国的に歯学部の定員を減らさないといけないなんて、みんな 分かっているのだけれど、赤字を埋めるためには学生を減らすわけに行かなくて、 学生減らさないから卒業生が苦労して、今泥沼らしい。

この事件

恐らくは、歯科口腔外科で顎の形成術を行った際、咬合を再建するために、 一緒に歯牙のインプラントを行ったのだと思う。

顎形成術は歯科口腔外科の保険診療だけれど、 インプラントは保険が効かない自費診療。

顎の形成を行えば噛み合わせがずれるし、1度の麻酔で 手技を同時に行ってしまえるなら、恐らくそれは合理的。

今回保険医療機関取り消しを喰った藤枝市立病院は公立病院。

公立病院には、基本的に「お金儲け」のモチベーションは存在しなくて、 みんないい意味でやる気がない。混合診療になってしまった 今回の事例というのは、確信犯的な不正請求なんかじゃなくて、 むしろ医学的な合理性に基づいた判断。

顎形成術にインプラントを併用すること自体は、恐らくはそんなに 珍しいやりかたではないはず。この事件というのは、 不正請求が今になって見つかったのではなくて、 今までは黙認されていたことが、何かのきっかけで「正論」 が引っ張り出されて、病院全体が潰された可能性が高いと思う。

病院潰して得をする人

よく分からないのが、「保健医療期間取り消し」というメッセージの受取人。

歯科医師に対して「ズルしないでね」なんてメッセージを出せばいいなら、 歯科口腔外科だけに問題を絞ればいいし、保険医取り消しまでいかなくても、 以前のように保険分の返納を要求すれば十分だったはず。

「もうすぐ医科も地獄だよ」なんてメッセージを送りたかったのだとしても、 「厚生省が公立病院に監査をかけた」というだけで、全国の病院は 十分に震えあがる。

厚生労働省の監査というのはそれは苛酷なもので、その病院で働いている 医師は全員、一人あたり半日近く拘束されて、カルテの山と「Drug in Japan」 とを往復しながら、厚生省の尋問官から徹底的な人格否定を 受けるのだとか。

世間を敵に回さずに、医師だけにプレッシャーをかけたかったのならば、 これで十分であったはず。

地域の基幹病院であるはずの公立病院を保険医療機関取り消したら、 その地域の救急は回らなくなるし、600床以上ある病院に現在入院している人たちは、 明日以降の行き場を失ってしまう。

これだけの数の人が迷惑を受けるなら、厚生省だって、ノーダメージとは行かないはず。

「男の嫉妬」問題

以下は根拠のない邪推。

「外務省のラスプーチン」佐藤 優 氏の本には「男の嫉妬」という言葉が頻出する。

外務省というところは、本気で国の事を考えて動こうとしたならば、 いいワインだって買わないといけないし、海外の閣僚に袖の下だって通す。

表の予算では遅すぎたり、そもそも表の予算に名前を載せられないような お金の使いかたなんてしょっちゅうだから、「できる」外交官ほどルールを破るし、 法律を犯す。

外務省の中ではそのあたりをみんな心得ていて、みんながルールを守るふりして、 その実みんながルール違反を続けて、日本の国益を守ってきたのだという。

こんな環境で、誰かが「身も蓋もない正しさ」を持ち出せば、外交は一気に機能しなくなる。

「正しさ」と「国益」とが対立する環境で、国益を捨ててまで「正しさ」を通す、この場合は 佐藤氏がやってきた不正に対する内部告発を行う動機となるのが、 「男の嫉妬」なのだという。

自分よりも早く出世したとか、飲み会で上座に座ったとか、きっかけは本当に 些細なもの。それでも違反は違反だから、動機はともかく、 「正しさ」が出てきてしまえば、それは法律で裁くしかなくて。

今まで「黙認ルール」で回っていた歯科のレントゲン撮影が、 いきなり「正論ルール」が駆動して、保険請求禁止になったのは、 歯科医師会で厚生労働省に発言力があった人が、 何かのきっかけで失脚してからなのだという。

保険行政を行ってきた人達は、今までの歯科医師が行ってきた「不正」を分かっていながら 黙認してきて、それがいきなり覆って、業界全体が沈没しかかる状況を作り出した。

どう考えてもそれが最善手とは思えない、もっと経済的に合理性が高いやりかたをを 放り出してまで、相手のダメージが最大になるようなやりかたを選ばせたのは、 案外「男の嫉妬」、失脚した歯科医師会の大立者に対する個人的な恨みとか、 その人に昔暴言を吐かれた人が、今になって行政の上役に立ったとか、 そんなことなんだと思う。

これからどうなるのか

今回「不正請求」なんて叩かれたのは歯科だけれど、医科でも例えば 偽膜性腸炎をメトロニダゾールで治療するだとか、がん患者さんに 適応症例外の化学療法薬を使ったりとか、今は黙認されていても、 「正論ルール」が出てきたら明らかに違反なことはいくらでもあって、 教科書と保険とのギャップを埋めて、医学的に最適なことをやろうと思ったら、 ある種の不正は避けて通れない。

今はそのあたり、保険行政を行う人達も「黙認」の立場を通してくれているけれど、 これがある日「正論ルール」に覆ったら、それこそ病院という病院が億単位の 追徴金を請求されたり、保険医療機関取り消しなんてことになりかねない。

力を持った人達の振舞いが、経済的、あるいは医学的な合理性なんかではなくて、 「男の嫉妬」に代表される個人的な思いで左右されるなら、自分達には 対抗する術なんて残っていない。

「嫉妬心」なんて、相手から「そんなものはない」なんて一言いわれたら、それでお終い。

黙認されている不正を自分達で調べ上げて、 「今あなたはこの状態を黙認してますよね」なんて、相手から黙認の言質をもらおうものなら、 たぶん明日から全ては「正論ルール」になって、医科もお終い。

可能性があるとすれば、それは「嫉妬の可視化」。

  • 病院長があのとき、役人様の上座に座ってしまったのが原因です。反省しています
  • あの時素直に研修医が「一芸」を披露していれば、こんなことにはならなかったのに…

何か「事件」がおきたとき、病院側がこんなことを白状して、 「男の嫉妬」をさっさと可視化して、世の中はこんなにもつまらないことで 動いてるんですよなんて、人格攻撃の泥沼に足を突っ込む覚悟を見せれば、 あるいは少しは抑止力になるのだろうか? それとも、マスコミが喜ぶだけなんだろうか?