「変な社会」のつくり方

昔挫折した犯罪小説のプロット。見たことがあるような人が出てくるのは、たぶん気のせい。

きっかけはたぶん、疲労感から。

大きな夢と、志を持った技術者と。 毎日の徹夜。繰り返される学園祭前夜。 生み出される新しい技術。拡大していくコミュニティ。

目新しいベータリリースが賞賛されたのも今は昔。

新規技術は発表と同時に既知のものとして消費され、 技術進化の対価は、賞賛から罵詈雑言へと変貌した。

「コードどんだけ書いたの ?」という声を聞いた。 「あの人は、会社というコードを書いているんだよ」という声も。

社会のコードを書こうと思った。

舞台立て

「犯人」役が主人公。某IT 企業の取締役で、ものすごく忙しい人。 事件が起きた時点でも世界中を飛び回っていて、誰も所在をつかめない。

夏休み。東京からシリコンバレーに進出した某企業が、 50人の学生をシリコンバレーに招待する。

ID 認証代わりの腕輪を渡される。それを着けているかぎり、 企業内のどこにでも、自由に立ち入ることができる。

コンピューター使いたい放題。ネットワークはつなぎ放題。合宿体制で 何かを作り出しましょう…なんて主旨で。

合宿半ば、お互い親しくなって、メンバーに一体感が芽生えた頃を見計らって、 「犯人」からのメール。

会社で使っている腕輪の中に、爆弾を入れました。

これは相互不信の爆弾。腕輪を外したり、会社から逃げ出す素振りを見せたりすると、 自分のではなくて、他の誰かの腕輪が爆発する。

犯人は目的を言わない。

人質に求められたのは、今までどおり、合宿作業をこなすこと。 会社内の出来事を発信したり、デリバリーの食品を購入したり、 あるいはメディアや警察に訴えるのは、みんなの自由。 ただし、会社の中には他の人が立ち入ることは禁止。

50 人の発信者。すぐに大騒ぎになる。ネットに出回る役員の名簿や、腕輪の写真。 あちこちで推理スレッドが立ったり、あるいはメディアからの取材要請が入ったり。 応援する人。犯人探し。すべては狂言だと人質を叩く人。いろんな立場を取る人達。

多様なネット世論。奇妙に一致しているのは、警察とメディアとを敵視する態度。

会社の周りをメディアが囲み、警察が囲む。

主人公が決めた「ルール」はすでに世界中の人が知っていて、 警察は全方向から取材され、録音されながらの作業を強いられる。

このルールは、相当高い確率で、単なるブラフ。誰かが突入して、 人質を独り連れ出せば、ウソなんてすぐにばれるはず。

警察はそれを確信しているけれど、アメリカにもきっと、 毎日新聞社民党を混ぜて腐らせたような人達が大勢いる。

「ジンケン」のためなら殺人だって厭わない人たち。ネット世論やメディアの視線、 実働部隊としての人権活動家。みんなの思惑が一致して、警察は動けない。

要求

舞台が煮詰まった頃、主人公から政府へメッセージ。

ネットの「クリック」に対して課金する議案を通して下さい。

1 クリックあたり、だいたい1 円ぐらい。ユーザーがリンクを踏むたびに、ごくわずかな課金。 プロバイダーがそれを徴収して、国庫に納入。国家はそれから税金を引いて、 アクセス数に応じて、各コンテンツ企業、たとえばニフティやG○○gle、 あるいはレンタルサーバーを運営している企業みたいなところへ収益を分配する。

国家の仕事は企業への収益分配まで。そこから先は企業任せ。現金化して配布する企業もあれば、 何かを購入可能な「電子クーポン」の形で個人に収益を変換する企業も出てくる。 収益の分配割合は、市場経済任せ。不誠実なコンテンツ企業からはユーザーが離れるし、 誠実なところには多くのユーザーが集まって、各々のコンテンツを提供したり、 アクセス数を通じた収益を提供したり。

政府へのメッセージもまた、ネットを通じて全世界に公表される。

クリックが現金になる法案。実現するならたぶん、莫大なお金がネット企業に転がり込んで、 割りを食うのが、広告業界や従来メディア。

市場ではIT バブルが再発する気配。株主から当該企業へ、微妙な圧力。

メディアは自己矛盾に陥る。

  • 自分達が喧伝してきた「人権」を訴えれば、法案が通って自分達の首が締まる
  • イラク戦の大失敗があるから、「テロとの戦い」を訴えると、世論を敵に回すリスクが生じる

ネット世論はもちろん猛反発。陰謀論があちこちで囁かれるけれど、50人の人質だけは真実。 彼らの声もまた、事実上力を発揮できない。コンテンツ企業は沈黙を守る。 コンテンツを提供する側と、それを消費する側と。ネット世界も分断される。

議会は混乱。その裏では広告代理店と、IT 企業とが熾烈なロビー合戦。

ある意味これは世代間の抗争。

  • 「ルールを隠す」ことで力を得ていた旧世代は、マスメディアや広告代理店、 あるいは昔ながらの利権政治家の人たち、あるいは人権団体なんかも
  • 公開されている無数のルールの中から、一番正しいルールを見つけ出す力を鍛えた新世代。 主人公をはじめとしたコンテンツ企業の人達やエンジニア、あるいは無数の「ネット厨房」の人達

「課金ルール」というのは、旧世代の人達を葬ると同時に、 新世代の人達にも対立軸を持ち込むやりかた。

主人公がやりたかったこと

黒幕たる某企業の取締役が実現したかったことというのは、一企業の繁栄なんかじゃなくて、 国家という概念の解体。

「クリック課金」が実現して生じることは、税金を集めて出来上がった「国家」という存在が、 コンテンツ企業に雇われた、単なる徴税請負人になってしまう世界。

大きくなった企業は、議会にロビー活動を行えるだけの力を持つし、 「収益の配分」という活動を通じて、ユーザーを「国民」として囲い込むことだってできる。

自分が発信するコンテンツをどこにたくすのか。その選択というのもまた、 単なる契約ではなくて、自分が帰属する「コミュニティ = 国家」を定める行為に等しい。

企業収益を重んじる、メッセージ性の高い企業と、コミュニティに対して透化的な、 「小さな政府」的な立場を取る企業。ユーザーは、政党に投票する感覚で、 自分がコンテンツを託す相手を自由に決められる。

アクセス数の高いコンテンツを持つユーザーは、 それだけ大きな「声」を持つことになるし、 新規性の高い技術を持った企業、多くのユーザーを集めたコンテンツ企業もまた、 強力なメタ国家として、国政を動かす力を持つ。

広告モデルが支配する従来の国家概念と、コンテンツ課金モデルが提案する、 新しい国家概念。コンテンツ課金が成立して、Web が実体としての力を持つとき、 きっと面白いことが始まる。

もともと「ない」ものを、さも「ある」ように振舞う人達が力を持っていた世界から、 無数に「ある」ところから、特別な何かを見つけられる人達が力を持った世界へ。

残念ながら、受信するだけで発信することをしない人達は、新しいルールでは割りを食うはず。

自由の力を信じる人達

主人公が提案した「きれいなテロ」で議会が揺れて、 司法もメディアも自らの立ち位置を決めかねている中、 東京の某ビル最上階では、伝説背負ったプログラマが集まって会議。

「理念は分かる。でもネットから自由が失われるのはよくないこと」 「コンテンツ課金が成立したとして、それをバイパスするコード書いたら、 今度はIT バブルが吹き飛ぶよ? そんなことしていいの?」

いろんな意見が出る中、コードは書かれる。

「やっぱりそのほうが、楽しそうだから」

考えかたとしては、全世界規模のP2P キャッシュサーバー。 従来のネットワークに対して、ほとんど透化的に働くため、 ユーザーはそれを意識しないで済む。

技術的な実現可能性なんかは分からないけれど、「伝説」背負った魔法使いがいっぱい集まれば、 きっと何だってできるはず。

彼らにもまた行動矛盾がある。

  • コンテンツ課金という制度自体は、コードを書く人にとってはメリットであっても、本来デメリットにはならない
  • 無償で利用可能なネットは理想だけれど、「無償」を享受する人達は、コードを書く人達から奪うばかりで、 何一つ与えることをしてこなかった

専門家は逡巡する。自分達のやろうとしているのは正義なのか、それとも既得権に乗っかった人達を 助けるだけの、悪の片棒を担がされているだけなのか。

某巨大掲示板の片隅。スレッドの47番目に、ネット課金制度をバイパスするソフトの開発が宣言される。

「祭り」が始まり、株式市場には動揺が走ったけれど、実物の登場はまだまだ先。バブルは続く。

結末

2通り考えられる。

アメリカで課金制度が成立するなら、たぶん世界がそれに追従する。理論上、全アメリカ国民が 別の国のプロバイダーと契約すれば、課金制度は潰れるけれど、たぶんそうならない。面倒だから。

国家とネット企業とに大量の資金が流入するのをみて、他の国もまた、その動きに追従するはず。 たとえば日本が「無料」を宣言したところで、今度はアメリカ企業から、山のような請求書。 政府がそれを突っぱねることはありえないから、たぶん日本も課金が始まる。

課金制度がスタートするのとほとんど同時に、P2P キャッシュサーバーが世界中に配布される。

ネット企業各社の株主は、それを止めさせようとするけれど、ほとんどの企業は動かない。 「don't be evil 」の理想は、たぶんこの時代にも生きているから。

キャッシュサーバーにより、情報には「タイムスタンプ」の概念が導入される。

  • 同時性が大切な情報は、1 クリック支払って、情報元から入手
  • 参照さえできればいいものは、キャッシュを探す

ネット世界は、「クリック」世界と「キャッシュ」世界とに2 分される。 従来的な「炎上」は生じにくくなった代わりに、 ネットワークは実体としての力を持つようになり、読者を多く集めたネット論説とか、 あるいは巨大掲示板でのネット世論が政治に影響を与えるようになる。

政府がこの制度を突っぱねたなら、計画はそこでおしまい。

爆弾なんて最初から存在していなかったから、企業は元の生活サイクルを取り戻す。 市場では株価が急落して、たぶん政府の行動を知らない人達だけが損をして、 既得権に乗っかった人達は、上手に株を売りぬける。

無償のネット世界はそのまま続く。みんなそれに安堵する一方で、 おなじみの顔ぶれだけが得をする世の中を見て、何となく嫌な気分を味わうはず。

話がどちらに転んでも、主人公はこの時点で物語から姿を消す。

しばらくしたら、メタ国家と化したどこかの企業がその人を幹部に迎えるかもしれないし、 結果として何もおきなかったわけだから、主人公の「その後」なんかに興味を持つ人、きっと少ないだろうし。

問題点

「相互不信の爆弾」なんてものが、果たして本当に機能するのかどうか。 50人ぐらいの親しい人同士の集団ならば、「自己責任」ルールよりも、 「裏切ると別の誰かに迷惑がかかる」ルールのほうが、行動を縛れると思うのだけれど、 何人ぐらいから裏切り行為が始まるのか、ちょっと分からない。

企業の取締役にまでなるような人物は、そもそもこんな回りくどいことするんだろうか? 学生50人の命なんて、名刺代わりに吹き飛ばして、それから本当の計画をはじめるほうが、 企業家としての行動原理に近いかも。

メディアや広告屋さん、あるいは司法の人達が、どうやっても「何もできない馬鹿」 になってしまう。インセンティブだけで詰めていくと、彼らはやっぱり動けないはずなんだけれど、 彼らだって、座して死を待つような真似はしないはず。

実際こんなことがおきたとして、ネットユーザーの人達がどんな行動をするのか、全く分からない。

  • 「課金ルール」成立前のネット世界は、選挙を通じてでしか実体としての力を持てない
  • 文章を発信する側の人と、コンテンツを消費するだけの人との間に断絶が生じてまとまれなくなる

こんなことがあるから、彼らもまた「見てるだけ」しかできない設定。でも何かやる人、きっとでてくるはず。

専門家集団の技術力と、数を頼んだ「厨房」との争いというのは、ルール設定によっては すごく面白そうなんだけれど。

参考にした本