ネット時代のランチェスター戦略

ネットワークの法則

  1. コミュニティが分割されておらず、十分に大きいこと
  2. 個人同士が、各々同程度の弱い関係で結び付けられていること
  3. コミュニティを形成する個人に同一性が認められること

ネットワーク化が進んだコミュニティは、小さな刺激で全体が動く。

その振舞いは雪崩や台風の進路と同じで、初期条件のわずかな変化が 結果を大きく左右するため、未来は確率論的にしか予想できない。

ネットワーク化が進んだコミュニティでは、少数側、弱者の側にも強い力をもたらす可能性があるが、 その力は弱者の側を滅ぼしてしまうこともある。

利己的個人の法則

ネットワークが分断されたコミュニティでは、各個人は利己的に、より合理的に振舞うようになる。

コミュニティを動かすためには大きな力が必要になるが、適切なインセンティブを設定することで、 その振舞いをかなり正確に規定できる。

利己的個人の集団を相手にする場合、力の強い側が適切なインセンティブを設定する 用意があるならば、それだけ優位に物事を進めることができる。

強者の戦略

安定多数を占めている政府であるとか、既得権的な立場を維持している側は、 コミュニティを分断する戦略を取ったほうが、確実な勝利を得られる。

具体的には「敵」の外部化を避け、自己責任を訴え、 コミュニティの横のつながりを断ち、各個人に格差を導入することで、 コミュニティを利己的個人の集団へとコントロールしていく。

利己的個人の集団をコントロールするコストは高いけれど、 資本を投入し続けるかぎり、強者側が安定した勝利を手にすることができる。

弱者の戦略

保有している資本が少なかったり、多数決の論理で敗北してしまうような側が逆転を狙うためには、 コミュニティを強力にまとめる必要がある。

具体的には責任者を名指しで指名したり、 政府省庁を悪役認定するような「敵の外部化」を強力に行うことで、 コミュニティの各ノードは問題に対して「均一」な立場を取るようになり、同調圧力が高まっていく。

同調圧力の高いコミュニティは、小さなきっかけを与えるだけで、大きな力を生み出す。

同調したコミュニティの生み出す力は膨大だけれど、その向きをコントロールすることは、 たいていの場合不可能で、場合によっては仕掛けた側がその力によって打撃を受けてしまい、 コミュニティからはじき出される可能性も高い。

「流れ」は確率論的に決まる。勝利戦略は「成功するまで何度でもやる」こと。 失うものが大きな強者側は、「何度でもやる」ができないから、 根性以外に失うものが無い弱者が有利になる。

ネットに翻弄された大学医局

大学医局の欺瞞がばれたとか、「やりがい」なんかの地位が下がって、 収入であったり、休暇であったり、「名より実を取る」選択が主流になったとか。

地方国公立病院の人気が落ちて、産科や小児科、内科や外科みたいな「メジャー」 科から研修医がいなくなった。

そこまでは予測の範囲。選択の幅が増えれば、厳しいところからは人が減る。 みんなある程度まで覚悟をしていたけれど、蓋をあければ想像以上。

メジャー科の入局人数は、例年少なくとも10人以上。科によってはそれが「ゼロ」になってみたり、 せめて7人ぐらいを見込んでいて、結局確保できたのは2人だったり。

当てが外れて愕然とする医局が出る一方で、つらさや厳しさ、 あるいは歓迎会の規模なんかはそんなに変わらないはずなのに、 あるメジャー科は、例年以上に人を集めたり。

あれから2 年ぐらい経って、「どんなマジック使ったんですか?」なんて尋ねてみても、 やっぱりタネなんて無いらしい。勧誘も例年どおりで、なんで「一人勝ち」がおきたのか、 勝ち組み医局の先生がたにも分からないのだという。

未来予測とネットワーク

古典経済学は未来を予測する学問。

人間がみんな利己的で、合理的に振舞う個人であるならば、 占い師はみんな、経済学を学んでいるはず。

実世界での予想は外れることが結構あって、技術的には不利である側が大勝利をおさめてみたり、 いくつかの競合者が共存していくはずの医局市場は、特定科の「一人勝ち」状態になってしまったり。

インセンティブの問題だけでは説明できない、経済学者の予想を狂わせる原因は、 たぶんコミュニティのネットワーク化。

「女の子はそこまで無理しなくてもいいよ」

ある医局が「入局ゼロ」を計上した原因は、先輩医師のこんな一言だったらしい。

今のローテータ―は男女比がほぼ半々。女医さんの割合がすごく高い。 女性は増えたけれど、仕事の内容は同じ。 忙しい科は、徹夜になるときは徹夜になるし、忙しい時はソファーでザコ寝。

慣れないうちは誰だって体力的に厳しいはず。「その日は野郎だけ残して、 女医さんには仮眠に帰ってもらおう」、その程度の言葉だったのだそうだ。

当の女医さんはそう取らなくて、上級生の言葉に少しだけ、差別的な意味を汲んだ。

その場はそれで流れて、何かのおりに携帯メールでそんな話が流れて、話は膨らむ。

「あの科は女医を差別する」

そんな空気が学年に共有されたのは、ローテーション研修が始まって間もない頃。 その科だって新人勧誘を頑張ったけれど、最初から勝負は決まっていた。

当局は今もそんな理由を知らない。もしかしたら、当の女医さんすらも、 自分がきっかけを作ったことを知らないのかもしれない。

遍在するネットワーク

ネットワークはもはや当たり前すぎてしまって、自覚的な人は少ない。

学年でWiki 作るとか、掲示板作るとか。 情報共有を何か考えるよう、研修医に檄を飛ばしたことがある。

情報の共有はなされるべきだし、何といってもそれを知らない振りして上から覗くの、 ものすごく楽しそう。研修医にID 配って匿名掲示板に書き込んでもらって、 上級生でAdmin 権限共有して、みんなで楽しむ。そんなことを考えて。

「サーバーの空いたスペース貸すよ?」とか水向けたけれど、 結局彼らは自分達で掲示板を作って、で、案の定、 書きこむ人は数人で、全然盛り上がらなかったらしい。

明示的なネットワークは動作しなかったけれど、研修医のネットワークは、 上級生から見えないところで、とっくの昔に作られていた。

携帯メールと、全員で共有する着替え部屋。

ローテータ―は、医局に属していないから、大学はロッカールームを用意した。 噂話のネットワーク。会話のログは、携帯メールの些細なおしゃべりとして、 全員で共有。

中央サーバーを置く発想自体がもう古かった。

どこかのサーバーに情報をアップロードするとか、そんな面倒なことしなくても、 研修医はP2P で情報をやり取りする。リーダーのいない、中心を持たない、 その存在が当たり前すぎて、もはや意識されることもないネットワーク。

今の若い人達はパソコン持っているくせに活用しない、情報を共有しない。 そんなことを勝手に歯がゆく思っていたけれど、何のことはない、自分が取り残されていただけだった。

卒業したばかりの彼らはみんな同じような年格好で、頭の中身だって似たようなもの。 それぞれが同じような弱い力でつながって、学年100人、それなりの数が集まって。

ネットワークの相転移。本当に些細なきっかけが、 時として想像もつかない大きな変異を生んでしまう。

国公立病院に希望を出す研修医がいなくなった。大学に入局する医師が激減した。 たぶん、きっかけはささやかなものだけれど、その動きをコントロールすることは、 たぶん当の研修医達にもできなかったはず。

時計の針を戻すには

バズマーケティングとか、炎上をコントロールする技術とか、たぶんウソ。

いろんな人が試行錯誤を繰り返して、膨大な失敗事例を積み重ねていく中で、 たまたまいくつかが成功したり、あるいは外れた予想がいい方向に転んだり。

ネットワーク科学は、おきた事を説明するためには使えるけれど、これからおきることを 予想する役には立たない。

それを認めると経営コンサルタントの仕事がなくなってしまうから、上手くいったような事例を集めて、 さも自分達でコントロールしたように見せかける。

ネットワーク化したコミュニティの振舞いは、変動幅ばかりが大きくて、予想をするのは困難で。

コミュニティをコントロールする技術に可能性があるとするならば、それは炎上コントロールの 技術ではなくて、コミュニティからネットワークを外す技術、予測不可能を 予測可能な問題へと帰着させるようなものになるはず。

今の研修医を相手に、昔の医局制度を復活させても、元には戻らない。 それをやることで何か大きな「変動」はおきるだろうけれど、結果が読めないから、 上手くいかない可能性だって高いはず。

コミュニティからネットワークを外すやりかた

正しい結果を得るためには、インセンティブを設定するだけでは片手落ちで、 研修医のネットワークを破壊するやりかたを考えないといけない。

「関係を断ち切る」のは有効だけれど、実行は難しい。

  • 研修医は携帯電話禁止
  • ネットとか、2ちゃんねるとかもちろん禁止。自宅にパソコン置くのも禁止

これが実現できるなら、きっと古典的な医局制度は復活できるだろうけれど、 そんな施設に入る研修医、たぶんものすごく少ない。

比較的簡単にできて有効なのが、「ハブになっている医師を潰す」ことと、 「振動子の同一性」を壊すこと。

医療崩壊の話題。盛り上がりを支えているのは、強固なネットワーク。

ネットワークは全国規模だけれど、話題を集める「ハブ」を作って維持しているのは、 ごく少数の先生がた。上から10人、少し調べれば、それが実世界で誰のことなのか、 比較的簡単に特定できる。

名誉毀損とか、風説の流布とか、言いがかりをつけるのはたぶん簡単。 みんな実世界での仕事があって、面倒ごとは嫌だから、 「ハブ」はすぐに消滅するはず。

中心を持たないネットワーク。次の「ハブ」は簡単に出現する……なんてことにはならなくて、 みんな面倒だから、ネットワークは腐って死んで、たぶんそのまんまになるはず。

同一性の破壊は、もう少し確実。

  1. 2年間のローテーション後、上位3 割の「良くできた研修医」と下位7 割の「そうでない研修医」とを 区別して、それ以後の待遇にも差をつける
  2. 地域基幹病院の部長級に任命権を割り振って、例えば青森県産婦人科には5人とか、 部長が任命できる「できる研修医」の数は厚生省が決める
  3. 研修医が一極集中した東京では競争が激しくなって、 地方では「できる研修医」認定の競争倍率が下がるように人数を配分する
  4. 「できる」認定を持った者と持たない者。同一性を維持できないネットワークは 同調現象を生じないから、みんな「利己的な個人」として振舞い始める
  5. 利己的に振舞う個人の集団は、適切なインセンティブを設定することでコントロールが可能

そんな制度を今の研修医が受け入れるとは思えないけれど、 大切なのはルールを受け入れることではなくて、ルールが提出されること。

絶対出会った研修医の同一性が破壊されて、グループには裏切りとか、猜疑心とか、 同調するネットワークを邪魔する雑音が大きくなって、たぶん今みたいな相転移は生じにくくなるはず。

どんな方法論であれ、ネットワークを腐らすことができたなら、あとは経済学の問題。 いい条件を用意した医局には人が集まるし、精神論ぶつだけの所からは人が去る。 問題の予測可能性が少しだけ高まるから、政治家の人とか、役所の人とか、 もうすこしコントロールしている実感が出ると思う。

ネット時代のランチェスター戦略

劇場型政治」なんて言われた小泉内閣というのは、たぶんネットワークの力を利用したのではなくて、 むしろネットの力を上手に阻害して、「力の論理」を押し通した政府だった。

「自己責任」を強調したこと。国民を「がんばっている人」と「既得権に乗った人」とに分断して、 格差を強調したこと。郵政省問題は例外。

あの頃の政策は、たぶんネットワークの力を利用したというよりは、 力よりもコントロール性を重要視して、あくまでも自民党の地力で勝負したやりかた。

社会保険庁日教組みたいな「明確な敵」を設定したり、格差が行きすぎて、 少数の勝者と、圧倒的多数の敗者を作ったり。今の政府がやっていることは、 コミュニティを一つにまとめる方向に作用していて、その結果はたぶん、 相当ろくでもないことになりそう。

個人的には、こんな「ネットワーク潰し」の政策、どんどんやってほしいと思う。

自分の想像力では「潰すやりかた」までしか発想できなくて、こんなやりかたをどうかわすのか、 潰されたネットワークをどうやって再生するのか、 あるいは炎上するネットワークは、本当にコントロールできるのか。 そんな問題の答えを知るには、もっと頭のいい人達が必要。

医師のコミュニティというのは本来、超絶に頭がいい人達がゴロゴロいる集団で、 医療はそんなに頭使わないから、莫大なCPU パワーが使われずに放置されてる状態。

「コントロール」に昔から興味があった。いろいろ調べたり、考えたり。あれこれ試行錯誤して、 能力の限界が見えて、それでもやっぱり、「次」が見たくて。

ネットワーク時代。序列の可視化が容易になって、自分の能力不足もよく見えて、 ネット世界にはもっと大勢の「上」がいて。

個人での解決が不可能な問題であっても、適切な問題設定さえ行えば、 もっと能力を持った人達が問題解決にあたってくれるのが、ネットワークの最大の収穫。

残念ながら、その問題提示すら、自分では役不足なんだけれど、今の厚生省には幸い、 その能力も、その動機もあるはず。

ここで提案していることというのは、自分では解けない数学の問題を目の前にして、 それを誰かに解いてもらうために自分の首を締める、そんな滅茶苦茶なやりかた。

ネットワーク化した社会の中で、確率論的に振舞う強大な力を援用するというのは、 たぶんそういうことなんだと思う。何といっても、能力無い奴には、 失うものなんて何も無いんだから。

誰かやってみませんか? 中の人。