開業医の先生が救急外来に立つ日

病院側の味方としてでなく、入院を希望する患者側の代理人として。

少ないものをめぐって対立が生じる

それは医師であったり看護師であったり。これから先は「ベッド」。

研修制度が変更になって、医師の雇用が自由化した。自由化して「目覚めた」人達は 都会を目指して、田舎からは医師がいなくなった。残り少ない医師をめぐって、 市中病院と大学病院とで、壮絶な綱引きが行われて、今のところは市中病院が勝利。 そのうち人数配分戻るんだろうけれど、信頼関係は切れたまま。

看護基準が変更になって、ベッド数当たりの看護師を多く集めた病院は、 大幅な収入アップが期待できるようになった。東大病院が300 人新たに募集とか、 全国的に壮絶な引き抜き合戦。看護師一瞬で足りなくなって、民間の中規模病院大打撃。

看護基準は、「ベッド数当たり何人」という割合で査定される数字。 大病院だって雇用を十分に確保できなくて、基準を満たすために、ベッド数を削った。 近所の市民病院は、今では50床ぐらいが空床のまま。働いたら補助金削られて赤字増えるから、 むこうだって必死。

ベッド削って「いい看護」。で、老人病棟削られて、みんな行き場がなくなって。

次に足りなくなるのは「ベッド」。対立するのは、ベッドを持ってる病院と、ベッドを持たない開業医。

自分以外の誰かに診てほしい病気

たとえば解離性大動脈瘤脳出血。もしかしたら、若い人の扁桃腺炎なんかも。

やれることあんまり無くて、一定の確率で急変して、しかも入院時は結構元気。 こんな病気は「内科で十分診療可能」なんて教科書に書いてあっても、 できれば避けて通りたい。

治療といえば、薬を使って安静にしてもらうだけ。 一般内科も、専門医も、できることは一緒。

合併症は平等。みんな入院したときは結構元気なんだけれど、 一定の確率で悪くなったり、最悪亡くなってしまったり。恨まれるのは 確率論の神様なんかじゃなくて、やっぱり主治医。

「軽そうなんですけど不安なんです診て下さい」なんて専門家に泣きついても、 「軽症ならば内科で…」なんてつれない返事。「重症なんですお願いします」なんて 泣きつけば、「重症患者さんは、うちだとちょっと…」なんて、やっぱりつれない返事。 結構高リスクの人抱えて、困ってる。

重症肺炎や敗血症、食欲不振の高齢者なんかも、誰が診たってできることは一緒。 「誰かに診てほしい病気」と違うのは、入院したときからみんな十分に具合が悪くて、 誰が診たってやっぱり具合が悪いこと。

重症だし、大変なのはまったく同じなんだけれど、見た目も具合の悪い人を 診療するのは、気分的にはすごく楽。

歴史の悲しみ事件の怒り

患者の具合が悪くなる。もしかしたら亡くなる。その責任が身内に来ると「歴史」になって、 医者がかかわると「事件」になる。

事件になる病気と、歴史として認識される病気と。どちらにしても、 医者にできたことは、たぶん同じ。明暗をわけたのはタイミングだけ。 「悪くなった」と家族に認識されたのが、病院内なのか、病院外なのか。それだけのこと。

開業医の先生がたが、在宅患者の診療を始める流れになっている。

病院からはベッドが減るから、そんな流れは間違いなく主流になって、 「悪くなる」現場に医師が立ちあう可能性が増して、 「歴史」はますます「事件」として認識されて。

事件を抱え込むのは誰だって嫌。

事件を抱えた開業医の先生がたは、それを歴史にするために救急外来を目指す。患者と一緒に。

「入院させろ」 「いやこの患者さんは在宅で…」

医者同士のこんなやりとりが救急外来で日常になるまで、 たぶんあと数年。

事業者は患者さん思い

フリーランスの麻酔科医が増えて、たぶん全身麻酔が増えた。

腰椎麻酔と全身麻酔。術後管理が簡単なのは腰椎麻酔。 全身麻酔はどうしたって人工呼吸器が必要だから大変で、経済的な負担も増して。

どちらの麻酔でも可能な手術ならば、外科医は腰椎麻酔を好む。 意識はっきりしてるから、術後の管理もやりやすいし。 病院内に常駐している麻酔科の先生ならば、外科が望めば、たぶん腰椎麻酔をかけてくれる。

うちの病院にも外から麻酔科の先生が来て下さるようになって、 外科麻酔が減って、手術件数が増えた。 術前の麻酔科ラウンドもしてくれるようになって、結果として腰椎麻酔が減った。

「患者さんのため」。

全身麻酔は、麻酔科サイドとしては安全な麻酔。 今来て下さっている先生がたは、みんなフリーランスのアルバイト。 経営者は顧客を大切にする人多いから、「安全な」麻酔はそれだけ増えた。

開業医の先生がたも、事業者だけに患者思い。 地域で悪い評判たったら借金背負って潰れちゃうから、そのあたり必死。

潰れるリスク背負った人達が在宅医療に携わったら、やっぱり考えるのは「患者さんのため」。

厚生省の思惑は、病院から患者さんを追い出して、在宅で安価な医療を続けること。

開業医の先生がたは立場上、それをやるのに最も不向きな人種なんだと思う。

医者は学者かインフラか

日本の医師は、基本的には「学者」としての教育を受けて大学医局に入って、 そこからスピンアウトした人が「商人」として地域医療にかかわったり、開業医として働いたり。

商人のスタンスは個人最適化。全体のことは二の次。みんな最適化を続けて国が傾いて、 お上が怒って現場を締めている昨今。

政府にとって望ましいのは、きっと全体のこと、国のことを第一に考えて、 そのためには多少の不利益には目をつぶるような医療。

全体優先の仕事といえば、軍隊や警察。社会のインフラ。

社会のインフラをになっている人達の仕事はゼロサムゲーム。 その人達の働きが誰かの利益につながるとき、 世界のどこかでは、その人達のために不利益をこうむる人がきっといて。

警察や軍隊、あるいは消防隊なんかは、だからしっかりとした指揮系統があって、 そのトップにはみんなの総意たる政府があって。 現場はあくまでも指揮に従って行動するから、常に全体の利益に従った行動。

在宅医療とか僻地医療、あるいは産科小児科救急みたいな、 「自分以外の誰かに診てほしい」と 誰もが思うような領域を支えるためには、個人事業者としての医師に何を強制したって無理。 事業者の対極、「インフラ」として要請された医師を投入しないと、結局現場が潰れてしまう。

いま「インフラ」として行動できる可能性を持った医療従事者は、今のところ防衛医官だけ。

「○○年度卒業の防衛医官は、全員産科医勤務を命ずる」

美しい国の平和な軍隊。ブラックジョークとしては、なかなかよくできてると思うんだけれど。