老人医療の話題とか

老人医療というのは、乾いたぞうきんを絞る世界になっていて、 一食230円の食費を何とかして220円に絞れるよう、 栄養士さんが頭を抱えて苦しむ状況。

介護保険の範囲で医療行為をやろうものならすぐ赤字。 まともなケアなんかできない。

元気の無い高齢者は、手間ばかりかかって利益がでない。

元気があって、ついでにお金を持っている人相手にはいくらでも 豪華な施設が覇を競っているけれど、そういうところに入れる人はごく一部。

そうでない人を相手にしようと思ったら、人員を限界まで削って、 ケアの質を「死なない程度」まで限界まで落として、少ない予算で やりくりする。民間の力を導入するというのは、 要するにそういうこと。

老健では、点滴一本でも施設の持ち出し。そういう人はみんな「入院希望」で病院に紹介。

食事が取れなかったり、なんとなく元気がなくなってしまったりといった人を治すのは 大変で、本当は「暖かい家庭で」看るのが一番の薬。老人保健施設に入る人達には、 家族はいてもそれが「暖か」だったためしがないから、家庭にそんなもの求めるの無理。

「暖かく」するには人手がいる。

島の医療は暖かかった。大部屋入院でも、近所の人が交代で24時間看護。 検温とおむつ交換はデフォルトで地元の人がやってくれたから、 医療者サイドの仕事は監督指導だけ。 暖かい近所の人のおかげで患者さんが不隠になることもなく、転倒も事故も無かった。

離島医療の「暖かい」医療を支えていたのは、高い失業率。 補助金ぶち込んで、漁業を滅ぼして、島中の道という道を舗装して、それでも 仕事なんかみつからないから、若い人は本土に 行って帰ってこない。町には仕事のない、暇を持て余している人ばっかり。だからみんな 病院にきて、看護手伝いで時間を潰す。

ドクターコトー」の脅威的な診療実績を支えていたのは、 主人公の脅威的ながんばりだけじゃなくて、北海道沖縄開発庁からの膨大な補助金。 札束燃やして「暖かく」して、医療者の負担を減らして診療所を維持する。 本土の施設でそれを再現するには、人件費かかりすぎて、やっぱり無理。

お金を取れない人は、施設も看たくない。病院だってベッドないから、軽症の人は、 やっぱり取れない。

お互い騙しあい。押し付けあい。

  • 全く普通に歩いていた人がちょっと具合悪くて…という紹介の人が、外来で挿管
  • 痴呆も不隠も全くなくて…で、来て診たらそもそも意識がなかった
  • 寝たきりの人をやっと治して元の施設に紹介。「寝たきりの人は、 最近は看ないことになっているんです…」と受け入れ拒否

余裕があったときには笑い話だった化かしあいも、余裕がなくなると喧嘩になる。

病院にはもうベッドなんて残ってなくて、施設に引き取ってもらわないと、 次の急患が入院できない。施設は施設で、この界隈でも高齢者を自宅で看る人なんて ほとんどいないから、入所待ちリストは1ヶ月先までいっぱい。

けんか腰のやり取りが何回かあって、もともと細かった信頼関係がもっと細って、 施設同士をつないでいた橋は落ちた。

うちの病院では、そこからの紹介患者は、もう取らない。 その施設もまた、うちからの紹介患者さんは 断るだろう。

うちだけではないはず。

民間の力を導入するというのは、要するにこういうこと。

瓦礫の下にはお金が埋まってる

橋がかかると世の中便利になって効率が上がり、 橋が落ちると瓦礫だけが残って、それだけ効率が落ちる。

旧来の「橋」がかかっている上から、もっと効率がいい大きな橋を作って、 「効率の差分」を収入として総取りするのが Google みたいなネットワーク企業のやりかただけれど、 壊れた橋の瓦礫を掘って、そこから利益を出すやりかただって残ってる。

交渉人、あるいは入所請負人というビジネス。こんな人たちが民間から出てきたら、 病院側は最悪。

医療施設間の公的なネットワークが破綻したところで、病院に入院したいニーズは残るし、 施設に入所したいニーズも残る。需要があれば、商売が生まれる。

  • 救急車を呼んだら、どんな「主訴」を訴えれば病院に入院できるのかのレクチャー
  • 急性期病院に長期間入院するための交渉術
  • 「患者の親友」として有償で病状説明に同席、入院期間の延長を請け負う仕事

ニーズはいろいろ。やりかたは簡単で、何の資格も要らない。 弁護士資格なんか持ってたら、もう無敵。

病院という場所は、こんな人達に対してはほとんど無力。 医者が交渉の席に臨んだって勝ち目なんか無いから、 今度は病院側にも「交渉人」に対するニーズが発生する。

公的な橋は落ちて、患者側、病院側双方にビジネスが生まれる。 これもまた、民間の力を導入した成果。

医療施設のネットワークは、一種のスモールワールド。

どんな老健施設だって、本当に大きな病院とはまだ切れていないから、 ネットワークは歪にはなっても機能する。

本当に怖いのは、「ハブ」に相当する病院がが落ちたとき。

公的な総合病院が、老健施設からの患者を 断るようになると、たぶんそこに入った患者は行き場がなくなる。 公的病院だって、最近は厳しい。採算を考えるようになったし、なんと言ってもスタッフが 減っているから、ベッドが十分に回せない。

地域によっては、ネットワークは落ちる直前。たぶん、「落ちる」前日までは、 誰もそうとは気がつかない。

いろんなところに民間の力が導入されて、ネットワークが腐った先には暗い未来。

「民間」ばっかり強調されているけれど、この業界の経済的な実装はでたらめもいいところ。 消費者側に選択の幅がほとんどないし、お金を払うのはあくまでも「国」。 ルールはフィギアスケートと一緒で、信頼の置けない、理不尽なもの。 審査員の気分ひとつで「採点」なんてコロコロ変わる。

まともな競争原理なんて働かないし、競争がいい方向には流れない。

「消化器」になる老人医療

老人医療とは何なのか。医療従事者だけに、臓器のたとえ。

  • 循環器仮説:患者さんは血球。末梢循環で疲弊したら病院という 「肺」に帰ってまた酸素をもらい、また全身を循環する 疲弊が限界に達したら、網内系に取り込まれて循環から外れる
  • 消化器仮説:患者さんは食物。病院という「口」に取りこまれた患者さんは、 消化管の中を一方向に進み、 「消化、吸収」をうける

本来の医療が志向するのは、もちろん循環器。誰だって治そうと努力はするし、 治せない施設は淘汰される。 いろいろ厳しくはなったけれど、今も同じ。

ところが老人医療。

この3年ぐらいでどんどん「改革」が進んでいるけれど、流れは「消化器」を志向しているように見える。

直して循環させる施設から、ある「段階」に入った高齢者を、「消化、吸収」するシステムへ。

循環にはエネルギーがかかる。老化した「血球」は、もはや何も生まない。 「心臓」たる政府には、循環血液量をこれ以上増やすインセンティブは存在しないのかもしれない。

本気で「消化、吸収」をやろうと思ったならば、この業界のパイはとてつもなく大きくなる。

患者さんは、みんな自分が「循環」すると信じてるからお金を離さないし、蓄えをする。 国が主導して、偉い人達の間で「大丈夫、循環なんかさせないから」という合意が作られれば、 施設は「循環の義務」というリスクから開放される。

それを知る立場の人達は、この業界に大挙して入ってくるだろう。

医療の業界も、相当様変わりするような気がする。

老人医療のパイが民間に移れば、一般内科の仕事は大幅に減る。自分なんかは路頭に迷うかも。 消化管の「流れ」に逆らうニーズはものすごくたくさんあるから、 それを仲介する業者、急性期病院への入院を請け負う業者に対するニーズも高まる。

内科の仕事には「交渉」が大きな割合を占めるようになって、 いろんなことがますますやりにくくなる。内科、外科を目指す人は 今よりもっと減る。

美しい国は家族再生の夢を見るか?

労働に対する対価がますます厳しい若い世代と、充実した社会保障で ぬくぬく暮らす団塊世代と。

両者の対立があれば、「上」の人の勝ち。逆に、世代が歩み寄れば、もしかしたら 「下」の勝ちが拾えるのかもしれない。

家族の血はつながっているから、社会保障高齢者に流れたお金は、結局は所得の低い 若い人達の世代へと流れる。ところが病気になったとたんに「消化」されちゃう 世の中になると、そのお金はダイレクトに企業の「上」の人達へ。

ちょっとの妄想力があれば、誰でも見える「経済隔離」社会。対抗手段は、 若い人と高齢の人とが寄り集まって、お互いに対立しないで協力して、 「消化」されるのを回避すること。

こんな流れが、実は「古典的な日本の大家族」を復活するための「美しい日本補間計画」の 壮大な伏線だったりしたらすごいんだけれど、 最近はこんな「官僚の陰謀」を信じにくくなった。

「世界が滅ぶのはユダヤの陰謀」みたいな陰謀論者というのは、「黒幕」の頭のよさを 絶対的に信頼する人。大学卒業して、医者7年目ぐらいまでは、ユダヤの陰謀とかX51の UFO疑惑とか、全部真実だと考えてたから、官僚の陰謀も折込済み。

日本というのは官僚の陰謀で全部動いていて、 グダグダな今の世の中というのもまた、 何か大きな目標に到達するまでの途中経過にしかすぎなくて…

けっこう本気で信じていたのだけれど、やっぱり厳しい。 もう現場維持するの無理。官僚の人達、みんな「決定」から逃げちゃうんだから。

トップダウン的な陰謀なんてなくて、なんとなくの「流れ」みたいなもので「老人医療の消化器化」 が進んでるんだとしたら…信じるに足る未来なんて、何か残るんだろうか?