シンガポールの夢の医療制度

破綻寸前のわりにはまだまだ無駄が多いのが日本の医療。

  • 朝の4時に風邪薬をもらいに来る人
  • 湿布だけもらいに来る生活保護の老人
  • 訴訟回避のためだけに行われる、山のような検査
  • 主に世間体とか、年金確保のために生かされる、ほとんど意識の無い痴呆老人

どこまでが必要な医療で、どこまでが「無駄」なのか。倫理とか、政治とか、 いろんな立場で線引きのラインは違ってくるけれど、みんな他人事。

日本では、空気と水と医療はタダ同然。

社会保険は「みんな」のお金だから、「どう使うべきか」の議論は盛んになっても、 「どう制限するべきか」の議論というのは、あんまり盛り上がらない。

シンガポールの医療制度

経済学的に「もっとも成功している」と評価されているのが、シンガポールの医療制度。

日本の医療は健康保険という大きな資金のプールがあって、国民の医療費はその中から 補助を受けるけれど、シンガポールはそれが個人単位。

シンガポールでは、収入を持つ国民は、 全員CPF(中央年金基金)という、医療のための強制的貯蓄制度 に加入する義務がある。積立金は毎月の給与から個人負担20%、会社負担16%の割合で 天引きされて、政府がそのお金を管理する。

法律では、55歳までに貯蓄しなくてはいけない額というのが決まっている。 収入が少なくて、この金額を貯蓄しきれなかった人については、 政府から補助が出て、経済格差を埋める。

医療は、基本的には自由診療。高価な私立病院から、政府の安い病院まで様々。

国民が病気になって、どこかの医療機関にかかることになったときは、 自分の財布からお金を出すのか、CPF から医療費を払うことにするのかを選択できる。

CPF に積み立てられたお金は、健康保険と年金との両方に使われる。

医療費を使いこんだ人は年金が少なくなり、逆に医療費を使わない人は 年金を多く支給してもらったり、余分な貯金を親族の医療費として引き出すこともできる。

どんな医療を受けたいのか。厳密な検査をしてほしいのか、それとも最低限の検査で、 とりあえず治ればいいのかを選択するのは患者さん自身。日本とちがって、 「できるだけのことをやってください」をやろうと思ったら、自分の貯金をそれだけ 多く食いつぶさないといけない。

糖尿病の患者さんが節制したり、肺の悪い患者さんが禁煙を続けたりといった行為にも、 健康のためだけではなくて、経済的な動機が発生する。

問題点は残っているものの、20年近く続いていて、けっこう上手くいっているらしい。

日本の医療保険というのは、集めた保険料を「みんなのお金」としてプールするから、 「共有地の悲劇」に陥りやすい。

シンガポールの制度は、「共有地」として使われる土地をとりあえず一人一人に切り分けて、 「この中で好きなようにやってください」と、国民に選択と思考を迫る。

肺高血圧症の人とか、天文学的にコストのかかる(県の医療予算が傾くぐらい) 人の医療については別立ての健康保険制度があるみたいだけれど、 よっぽど不幸な例以外は、上手く行きそうな気がする。

日本でこれができるのか?

この制度になると、医療の方針は変わる。

  • 医療費には強制的に上限が発生するから、国民総医療費は確実に安くなる
  • 今まで「弱者である利権」を持っていた人は明らかに損をする
  • 医療は「安い値段でやりくりする」病院と、「値段は張るけれど何でもやる」病院とに二極化する
  • 医療を受けることによる自己負担が嫌でも意識されるようになり、病院受診の敷居は上がる

セカンドオピニオンとか、「ガン難民」としてよりよい医療を求める人達とか、 「よい」に比例してコストが増大する現実を突きつけられると、相当不機嫌になりそう。 個人的には、「高度な」医療は不得手だけれど、「やりくり」は得意だから、 こんな制度になってくれると、それなりにありがたかったりする。

日本は多数決。

シンガポールみたいな「自己責任ルール」を本気で導入しようと思ったならば戦略が要る。 このルールで得をする人、普段からあんまり病院にかからない、健康な若い人達と、 「命だけは平等」ルールの恩恵を受けてきた人。両者を対立させる、 そんな方法を考えないといけない。

具体案

今の政府が選挙で勝ちつづけながら、医療費を全体に縮小しつつ、「自己責任ルール」を 日本に導入する、そんなやりかた。

前提条件は2つ。

  • 自分よりも無様な境遇の奴がいれば、人間はたいていの悲惨な状況を受け入れる
  • 対立しあう2つの勢力は、お互いに「横」を見ることはできても、「上」を見ることはできない

「横」で対立するグループは3つ。老齢者と、団塊世代と、若い人。 「上」にいるのは企業と政府、あと病院。

老齢者は今までどおりの保険制度を続けてもらう。変化が激しすぎるし、 どうせあと10年ぐらいで世代交代だし。 たぶん、選挙にもそんなに影響は無いはず。

団塊世代の人達は、自分達が今まで払ってきた年金額と健康保険額に、 政府が決めた一定の補助金を合計したお金で、残り何十年かの医療費と年金とを捻出してもらう。

たぶん、本来受け取るはずだった年金額より少なめになってしまうけれど、 そのあたりは補助金の額を調整して、落としどころを探る。自分達より若い人よりは、 それでもましな暮らしはできるだろうし。

ある程度貯蓄のある人であれば、 あるいは今現在病気になっていない人であれば、生涯つかえるお金は、むしろわずかに増える。 今病気になっている人は地獄をみるだろうけれど、その数は相対的に少ないはずだから、 選挙には影響ないはず。

若い人達は、これから払う年金と、健康保険料との合計額を積立金に回して、 これからの医療費と 年金とを捻出する。

次の世代を当てにできないから、年金額は今よりもっと減ってしまうし、 病気になったらさらに苦しくはなるけれど、 そこは「苦労して働いた若者の稼ぎが、楽してきた団塊世代においしく食べられる」 というアングルを強調することで対立を煽って、未来から視線をそらしてもらう。

「若者世代の年金は団塊世代から取り戻せたんだから、自分達の年金も自分達の力で」と 声をかければ、政府の支持率はそんなに落ちないんじゃないだろうか?

大切なのは、対立を煽ること。

  • 昼間から飲酒を止めない、生活保護のアル中
  • 年金生活で贅沢三昧の高齢
  • いくら働いても団塊世代の年金に消えていく若者の収入
  • 「どうせなら使わないと損だしー」と他人事で大量の薬をもらっていく糖尿病患者

ありえない設定の人もいるけれど、いなくても「作る」ことなんか、今の時代いくらだってできる。

世代ごとの対立。弱者と勤労者との対立。不摂生な人と、まじめな人との対立。

そんな対立の構図をNHKでたくさん報道して、問題の本質から目をそらしてもらうように努力する。

「上」は何ができるようになるのか

年金と健康保険を一括にしたお金は政府の手元に残る。 全部ごっちゃになってしまうから、官僚の今までの失敗もチャラ。

積み立てたお金は、国債のように自由に運用できる。市場にお金が回るから、企業は喜ぶ。 運用が破綻したところで、インフレ導入しちゃえば、損失埋められるし。

社会保障のレベルが全体に下がるから、企業の健康保険負担も減らせるかもしれない。

  1. 官僚の人達の顔を立てて
  2. 経団連に入るような人達の懐を潤して
  3. その他の人達はお互いにいがみ合って、問題の本質が見えないようにして
  4. 社会保証のレベルを全体に下げて、寿命を少しだけ短く設定する

荒唐無稽な案だけれど、「ドイツの二の舞にはならない、絶対に破綻なんかしないと」 あれだけ明言していた介護保険のタネ銭だって、厚生労働省の人たちが 5年で溶かしちゃって、もう国庫は空っぽ。

シンガポールルール」というのは夢なんだか悪夢なんだかよく分からないけれど、 今後はどうやったって悪い方向にしか行かないのは確実。

今のうちに何か対策、考えておいたほうがいいと思う。