未来予測

未来予想

2008年:出産券

出産可能な施設の減少を受け、一部自治体で「出産券」の発行が行われる。

里帰り出産等による、地方での予期しない出産を避けるための処置だったが、 ネットオークションでの出産券の売買、偽物の出産券が出回るなど問題点が指摘される。

2010年:里帰り出産から出稼ぎ出産へ

産科医を確保できなかった一部地方自治体が、苦肉の策で首都圏にマンションを確保し、 出産を首都圏で行ってもらうための予算を計上するようになる。

マンションの環境の悪さ、出張出産中の休業補償を自治体に求める声等が続出したが、他に代替案はなく、 この予算は議会を通過した。

新聞に、列車から列を作って降りてくる妊婦さんの写真が掲載される。 その列を皇帝ペンギンの行進にたとえた文章が添えられていた。

2012年:産科救急の状況悪化

妊婦の救急搬送の問題が表面化する。

搬送先が見つからず、救急車の中で死産となった症例が報道され、 周辺病院の医師に対する非難が集中する。

病院長は遺憾の意を表明、議会もまた「医師は聖職者としての自覚が足りない」という声明を発表したが、 地域に産科医が増加することはなかった。

2013年:越境出産の責任問題

東京近郊の病院で出産事故があり、裁判の結果、都が敗訴する。

地方から越境して出産に来ていた患者であったため、賠償の割合について、 自治体と東京都との間で議論が生じる。

都知事、越境出産について、本来は受益者負担であるはずの出産の負担が東京都に集中しており、 迷惑である旨コメントする。マスコミは袋叩きするが、都市部住民はむしろ賛意を表す。

東○新聞の読者欄のコメント。

賠償金は、全部納税者のお金。被害者は可哀想なことはたしかなんだけれど、 どうして我々が払わなければならないのか? 都立の医師が悪かったとしても、彼等はお金を払わないので罰されたことにならない。 医師個人を罰するべきだと思う。

2014年:医療改革続く

この年、朝○新聞が経営不振に陥り、全国展開困難に。都市部リペラル層に対象読者を絞り、高級紙路線で再出発。

そのときの社説。

ツケを払うのは都市住民 国内の医療は国策として戦後長い間、手厚く保護されてきた。 しかしその一方で、地方の病院に支給されている補助金こそが医療現場の改革を阻んできたと主張する声もある。 国はこうした声に謙虚に耳を傾けるべきではないか。 このままでは国内の医療は衰退しかねない。地域医療の原則は受益者負担だ。 原則を徹底し、病院改革を促進することで、より効率的な医療資源の利用をはかるべきだ。 地方補助金の停止により、地域医療の荒廃するという声もある。 だが、心配のしすぎではないか。 事の本質はそうではない。医療改革が急務なのは、免許制度で医療者を保護し、 国民に重い負担を強いているにもかかわらず、医療の衰退に歯止めがかからないからだ。 非効率に運営されている病院と、経営が放棄された僻地病院の病床数を合計すると、 埼玉県と茨城県の全ての病床数に匹敵するベッドが有効に用いられていない計算になる。 医療改革に対する医師の真摯な姿勢は、今ひとつ伝わってこない。 国はこれまで、医師全体の8割以上を占める、分娩に従事しない医師にも補助金による保護を行ってきた。 これを改めようというのが見直しの焦点だが、補助を受ける医師の線引きをめぐって、関係者の意見が対立している。 既得権に固執する医療者の抵抗は強い。医師は、未来を担う一員として責任があることを忘れてはならない。

医療問題に詳しい評論家の○○氏のコメント:

医療改革は国民がもっと関心を持つことが重要です。 自分たちは関係がないと思ってしまうと、医師会と病院、 行政の三者という狭い世界だけで議論が進められてしまいます。 国民が「自分達は関係ない」と無関心を決め込むことで、都市部住民は搾取され、 医師は今も不労所得を得ています。

医療者側からの反論の機会は与えられなかった。

2016年:これ以上病院を増やすな

少子化が止まらない中、都市部での分娩件数だけは増えていく。この需要の増加に対して、 新たな分娩施設の建築が計画されたが、近隣住民から非難の声が上がる。

地域環境を守る市民の会」の声明。

少子高齢化社会の中で、これから人口減少に入ると言われているのに、10年前の計画にこだわる理由は何なのだろうか。 首都圏以外での分娩施設も、ここに来て徐々にではあるが整備されて来た。その中で建設を急ぐ理由は何なのだろうか。 病院周囲の環境の悪化や、医療廃棄物による地域の汚染が最近問題になっているが、そのような事もおかまいなしで、 汚染源となる可能性のある施設の建設を強行するとはどういう事だろうか。 青少年の凶悪事件やキレる子どもの増加も、 病院建設による環境の悪化がひとつの原因として浮かびあがってきている。 残念ながら、市長にも再三メールを送りその危険性などを指摘してきたが、聞く耳を持たないようだ。 これらの状況を無視し、建設を強行するということは、県民の安全・子孫の安寧よりも、 政官業の癒着構造の温存にその能力を使おうとしていると我々は判断した。 病院が破綻しても行政は責任を取らない。 県民に負担を押しつけて素知らぬ顔をするだけだ。 市民による学習会、地域ごとの勉強会、市民・県民への「アピ-ル行進」、議会への請願、 各町内会への働きかけを行い、新病院建設反対の運動を盛り上げていきたい。

都市部と地方との対立は、徐々に激しくなっていく。

2017年:既得権者はだれか

都市部の有識者の間から、地方の分娩施設を利用している人々に 対して「既得権者」という言葉が使われるようになる。

地方自治体の病院を維持するのは高コストになり、 その予算のほとんどは国からの補助金でまかなわれていた。

国家予算のほとんどは、都市部の住人からの税金が占めており、 この予算が都市部の医療の充実へ 還元されることはない。

この年、「地方にもっと医師を!医療問題を考える市民の会」の大会が東京で行われた。

地方医療の充実を訴えた 「地域医療を守る母親の会」の代表に投げかけられたパネリストからの非難の言葉が、 「既得権者」だった。

会場からは、無駄な公金を流すのはいいことなのか、 地方自治体のモラルハザードにならないか、 産科医の確保ができない地域というのは、 その自治体の怠慢が最大の原因ではないかという意見が 相次ぐ。

医療機会の平等を主張する地方住民と、既得権者に自分達の財産を荒らされる都市部住民の対立。

都市部の医療資源が地方に食われる様子を揶揄して、「東京大空襲」などという表現が使われた。

2018年:優れた医師は誰だ?

もっとも優れた産科医は誰なのか。

「国はお母さんの声を聞け!ネットワーク」が、厚生省に情報の公開の署名を提出した。

請求されたのは、勤務を継続している全産科医の、治療実績の公開。 議員の情報開示請求にも、行政側が出し渋っていたものだった。

公開された情報を受け、「日本でもっとも優れた先生」と名指しされたのは、 意外にも都市部以外の地域で活動を続けてきた医師であった。

反骨のカリスマ医師の特番が組まれ、患者は同病院へ殺到する。

半年後、その病院は分娩外来を閉鎖したが、その事実が報道されることはなかった。

2020年:分娩税

地方では、分娩にかかわる医師の確保がますます難しくなる。

いくつかの地方自治体が、独自に出産目的税を徴収することを宣言。

反発が予想されたが、医療の受益者負担の原則から、 税の徴収対象を出産可能年齢に達した夫婦に限定したため、 その決断が選挙に反映されることはなかった。

予算は一定額確保されたものの、その後自治体予算の赤字補填に、分娩税からの 流用が発覚。責任の所在をめぐり、議会は泥仕合の様相を呈した。

予算が病院にまわることはなかった。

2022年:医師は公共材

医師は市場材か、公共材か。

この時代、医師の勤務地の規制議論は、もはやタブーではない。

国の意見は、「数は足りていて、偏在が問題」で一貫。

数が理論上足りている以上、医師を公共材としてとらえ、医師の配置は国の責任で、 病院のサービス向上についてはそれぞれの病院ごとの競争原理に任せよう という国民の意見が多数を占めるようになる

医療審議会「分娩制度に関する論点・意見の中間的な整理に関するヒアリング」で、 ある地方自治体の担当者がこんなコメントを残した。

病院の機能のうち、医療を提供する部分については公共材であると考えます。 医師のいない施設は、閉鎖するのではなく、医師の一時派遣や特別公的管理といった形で、 病院機能の一部を継続することや、あるいは民間資本を導入することが考えられます。 さらに、医療の利用者としての立場から申し上げますと、それらに加え、 特に分娩のための病院の機能の保護を、何らかの方法で実現していただきたいと思います。 私は、分娩の機能は、公的な役割を持つ一種の公共材とも考えられるのではないかと思っております。 したがって、分娩機能を保護することにより、地域社会の崩壊など、社会不安を防止するということが ぜひ必要な措置と考えるわけであります。 その方法といたしましては、産科に携わる医師については、事前に登録をしておき、 地方自治体の分娩施設に欠員が生じた場合には、登録された医師を当該施設に派遣するといったことが考えられます。

ヒアリングには「有識者」が多数集められた。現場の医師の意見はなかった。