blog 管理者の正体を暴く方法

医師の書いている日記が増えた。

4-5 年前までは本当に少数。blog なんてサービスもまだ無い頃は、 ネット上で何かを書いている同業者なんて、ちょっとしたリンク集に載せられる程度しかいなかった。

Weblog がブームになって、同業者の日記が増え、m3.com みたいな医師専用の blog サービスが 登場したり、mixi みたいな半閉鎖的なコミュニティが登場したり。

ネット上で何かを発信する同業者は増えた。ためになる話も多いし、勉強になる blog とか、 結構過激な意見を毎日発信する blog とか、見ていて面白い。

どこも結構人が集まってる。カウンターの数字なんか見ると、 うちなんかよりよっぽどにぎわっていて、 結構くやしい。

にぎわうのは結構なことなんだけれど、「大丈夫かな?」と思う人も多い。 患者さんの病気のことそのまんまとか、直属の上司の批判とか。

これ、匿名だからいいけど、勤務先ばれたらヤバいんじゃないか?

そんなことを書いている人、案外多い。

書いちゃいけないことほど不思議と書きたくなるけれど、 どんなに気をつけたところで、ネット上で匿名を保つことは不可能だ。

患者情報に手をつけたくなる心理

医師はもちろん守秘義務があるから、患者さんのプライベートの情報は一切公開できない。

守秘義務の範囲を決めるのは難しい。

医師で作家をしている人達は、たいていは自分の体験を元にして何かを書いているはずだけど、 それが問題になったことはない。一方、勤務先が割れている医師が、 「自分の受け持ち患者さんの話です」と前置きして雑誌のインタビューなどに答えたら、 間違いなく守秘義務違反だろう。

ネット上で、匿名の医師が当り障りのない病院話を書く分には、たぶん大きな問題に なることはないはず。

ところが、その医師が「当たり障りのある」話題を書きはじめて、 その人の実名や勤務先などが割れてしまったら、これは明らかに守秘義務違反に問われてしまう。

発信という行為を長く続けているとき、必ずでてくるのが「ネタ切れ」の問題。

自分の体験談を発信して、少しばかり人気が出て、コメント欄がにぎわい出した頃、 「お客さんは失いたくないけれど、書くことがない」と言う時期が必ずやって来る。

先輩医師から聞いた話とか、他の病院に伝わる都市伝説的な話、医師としての仕事の一般常識 みたいな話は、守秘義務違反にも問われることもないし、また人の注目を集めやすい。

ところが、医師が問題なく書ける話題というのは、基本的にそれしかない。

1週間に2本ぐらい何かを書いて、そうした話題で話が続くのがだいたい数ヶ月。 そこから先は、読んだ本の話や映画の話し、どこか別のサイトで話題になったことの追っかけとか、 医師でなくても書けることばかり。

これではお客も減ってくる。

医師ならば誰でも、もっと面白くて、ほとんど無限に近い「ネタ」をもっている。

それが患者さんの話。あるいは、上司とか、先輩医師の悪口や、看護婦さんの色恋の話。

最初はおっかなびっくり、個人の特定ができないようにして、患者さんのことを書く。 久しぶりにコメント欄がにぎわう。みんなそういう話が知りたいから、誰も注意はしない。喜んでくれる。

で、もっと書く。みんな喜び、話題はだんだんと過激な方向へ。

ポジティブフィードバックが効いて、 すでに洒落になっていないサイト、結構ある。

秘密は誰だってしゃべりたい

秘密を持った人物というのは、常にそれを誰かに話したい衝動にかられる。

秘密を持つという行為には、本質的な矛盾がある。

秘密の情報を知っている人というのは、それを利用できれば、 知らない人よりも優位な立場に立てる。

ところが、秘密を完璧に保持しつづけてしまうと、「知っている」ことに対する報償は、 何も得られない。

秘密というのは、誰かに明かすことで、はじめてその力を発揮できる。

だから、秘密を抱えている人ほど、それを誰かに話したり、その情報を使って 誰かを驚かせて見たくなるという衝動からは自由になれない。

大きな木の「うろ」に向かって秘密をしゃべる習慣とか、キリスト教の懺悔とかいった 習慣は、そうした衝動のガス抜きのようなものだ。

ネットという場所は、何千もの耳があるのに、感覚的には無限に広い空間として 認識されてしまう。その大きさに圧倒されて、 ネットを秘密の「ガス抜き」として利用する人が出てしまう。

人間という最凶のセキュリティホール

たとえ秘密をしゃべろうが、匿名で書いているうちは大丈夫。

古参にとっては「匿名」なんてありえないと分かりきっているインターネットの匿名性を、 まだ信じている人がいる。

昔だと「古式若葉」の話が有名だけれど、 ハッカーのような人でなくても、blog の作者の実名とか、勤務先を特定することは 結構簡単だ。自分ですら、実際に何人かの人については知っている。

本人は匿名のつもりみたいだけれど。

ニュースで話題になるのは、プロバイダーの情報漏洩とか、いわゆる「悪いハッカー」による犯罪 だけれど、情報を扱う会社から情報を引き出すのは、素人にはまず不可能で、また実例も少ない。

誰でも攻撃できて、また「穴」がたくさん空いているのは、なんといっても人間そのもの、 blog の作者その人自身だ。

ゴミ箱をあさる

一見何の重要性もない情報であっても、それが集まるといろいろなことが分かる。

どこかの企業を調べようと思ったとき、 もしもその会社が出す「ゴミ」が1年分でも集められたら、 かなりなことがそこから分かる。

会社の内線番号一覧。会社のいろいろな備品の種類や、そのマニュアル。

いまどきパスワードをメモして貼っている人もいないだろうけれど、ゴミを見るだけで、 その会社の社員になりすませるだけの情報ぐらいは集まる。

ネットという空間は、その「ゴミあさり」の行為が本当に楽だ。

  • 飲み会をした店の名前や、昼ご飯を食べに行ったラーメン屋の名前
  • 対象の勤務している専門科と、その病棟名
  • 病院の規模や、患者さんを紹介した病院の名前
  • 研修医の人数とか、カンファレンスの曜日や名前
  • CPRコールをかけるときの、院内の符丁

日記をつけている本人にとっては何の価値もない情報であっても、 解析者にとっては宝物だ。

そんなものが分かるだけでも、病院名は相当絞れるし、すくなくとも「身内」を装う 強力な助けにはなる。

管理人にメールをもらったり、 掲示板に書き込んでもらったりすれば、IP アドレスが抜ける。 IP からその人の住んでいるところぐらいは分かるから、 結構な確率で勤務先が特定できたりする。

リンク先は大丈夫?

いろいろなサイトにリンクをしてもらうことはうれしい。

うちなんか叩かれっぱなしだけれど、叩きリンクであっても、 やっぱりうれしい。

無断リンクの是非をめぐる論争があった最近あったけれど、無断リンク、是非して欲しい。 無視されるよりはずっとうれしいから。

むしろ問題なのは、ネット上、あるいは実世界の「友達」からリンクを張られることだ。

相手が自分の実名を知っている人ならば、その人の紹介文には注意したほうがいい。

匿名のお医者さんのサイトで、その人にかかっている患者さんのページがリンク先にあって、 その先生の開業している病院名を思いっきり書いている人を見たことがある。

そんなにあからさまな例でなくても、前の「ゴミ箱あさり」の方法論というのは、 リンク先のページでも当然つかえる。

対象の実世界での知りあいのうち、一人でも人物特定ができるなら、対象の人物特定は 相当楽になる。

このあたり、現役の医師よりも、むしろ医学生のサイトの方がよっぽど脇が甘くて、 自分の大学の先輩医師のサイトとか、同級生のサイトとかを「○○大学リンク集」なんていうくくりで 紹介している人がいたりする。

本人には裏切る気はないんだろうけど、いざという時は、 匿名性はその人のサイトから突破されるだろう。

実世界で顔を知っている知人にリンクを貼ってもらったり、 オフ会(みんな結構やってるらしい。一度も声をかけてもらったことがない…)なんかで みんなで会うときは、セキュリティのレベルは、集まった人の中で、 もっともスキルの低い人が決定すると 思ったほうがいい。

自分のサイトの匿名性をしっかりと保っていても、 自分の知りあい全てがそうしてくれるとは限らない。

危ない橋を渡っている人、何人かいるんだけれど、かかわりあいになると 自分が火傷をしそうで、怖くて何も言えない…。

危ない mixi

ソーシャルネットワークの大手、mixi は危険だ。

招待された人しか入れないから安全と思っている人がいるかもしれないけれど、 匿名性を保って何かをするときは、あれほど危険なものはないと思う。

  • mixi ID は無限にとれる。誰でも捨てID の5つや6つ持っている(持ってますよね?)から、足跡帳なんて当てにならない
  • 横のつながりを重視するシステムだから、知りあいを簡単にたどれる。マイミクという友達リンクのうち、一番「脇の甘い」人が、そのグループ全体のプライバシーレベルを決める
  • 裏口だらけのシステムだから、足あとを残さずにいろいろ閲覧するのが簡単。それなのに、みんな mixi の匿名性を 信じているのか、信じられないぐらいプライベートなことを書き散らす

医療系でやってる人は少ないだろうけれど、mixi のユーザーの人を煽って、顔写真などをたくさん 公開してもらった上で、本人の知らないところでそれを笑いものにするグループがある。

本人は、mixi 内では「親しい友達の多い人気者」と思っているかもしれない。

外のネットでは、その「親しい友達」たちが、その人を「イタい奴」として笑って遊んでる。

医師のかかわるコミュニティで最凶なのが m3.com

あれは実名認証だから、書きこんだ人のID番号とIPアドレス、 その人の社会的身分が、 1対1で対応している。

誰かのID とパスワードでも使わないかぎり、あの空間で他人を装うのは無理。

過激な書き込みに対して、「名誉毀損」とかで乗り込まれて、IP 押さえられたら、 間違いなく身元が割れる。

過激な個人攻撃する人多いけれど、そういうの、覚悟の上なんだろうか?

解析者は感じのいい人物

巧妙な解析者というのは、友達の少なそうなヲタクなんかではなく、 魅力的で礼儀正しい、人に好かれる人物として管理人の前に現れる。

コメント欄への書き込みや、あるいは激励のメール。

面白そうな病院の秘密を書いていたり、医療過誤すれすれの話題をかいていたり、 何か面白い「ネタ」になりそうな書き手のもとに集まる人の中には、 もしかしたらそうした解析者がまぎれているかもしれない。

管理人からプライベートなことを聞きだすためには、あやしげな誘導尋問 なんか必要ない。そのものずばり、「聞かせて下さい」と書くだけで、 たいていの管理者は自分の出自を語りはじめる。

相手を怪しいと疑う理由がないかぎり、人間というものは、 相手から騙される可能性を考えないものだ。

  • 何回かメールをやりとりした相手が、自分の実名を明かすようになった。 アドレスに、病院名と勤務先とが明記されていて、 社会的な地位も上のように見える
  • 子供の細かな病状を訴えながら医療相談をしてきた患者さんが、 「娘に是非ともお礼の手紙を書かせて下さい」とお礼のメールをよこしてきた

こんなとき、対象となった人は、匿名を貫けるだろうか?

あるいは、自分のリンク先の身内は、全員問題ないと言い切れるだろうか?

全てはgoogle さんが知っている

  • 過去の足跡
  • 様々な掲示板への言及
  • 昔の交友関係

ハンドルネームを固定していたり、携帯電話の固定IP でいろいろな書き込みをしている人なんかでは、 google でそれを検索するだけでも正体が分かることがある。

今はWeb のアーカイブ機能も充実しているから、過去数年来、同じハンドルネームを使った人が どこに書き込みをしているのかなんて、ほとんど分かる。

Weblog の管理人には「コミュニケーション」という、 同じハンドルネームを使い続ける動機がある。

だから、その人の足あとをたどるとき、google は本当に役に立つ。

たとえばその人が医師になる前の書き込みから、対象の大学名と部活名が分かって、 そこから個人を突き止めるなんていうことは簡単にできたりする。

ノーガードは最大の防御

ネットで何かを発信する医師は、一度は「在日医師RED」というハンドルネームの人の 一件を調べて見るといいと思う。

自分は韓国国籍医師だ。今から点滴を操作して、日本人の患者を殺して回ってやろうと思う

そんな内容の書き込みが某巨大掲示板にあったとき、 最初は誰もが「単なる煽りだろう」と気にもしなかった。

ところが、みんな冗談半分で相手をするうち、 どうやらこの人が本当の医者らしいという話になって、 似たようなハンドルネームで、 他の掲示板に出入りしている人がいる…というあたりから一気に話が進み、 最終的に本人の実名から勤務先、学会発表記録から何から全部公開されてしまった。

今でもその人の勤務先はネットで調べられるし、事の顛末をまとめた「まとめサイト」もできていたはず。

ほんのわずかなスキルがあれば、ネット上の人物を特定することは極めて難しくなるのだけれど、 そのわずかな知識すらない人があまりにも多く、また自分だけ気をつけていても、回りから 匿名の壁を破られることもまた多い。

一番安全なのは、なんといっても危ないことをネットに書かないこと。

匿名で語れる場所なんかない。周囲の人は、自分が何か書いていることを 全部知っていると言う前提で記事を書いて、 となりの人が自分の日記を読んでも、 絶対に何もおきないと確信できること以外、ネット上に公開されるページには書かないことだ。

  • 患者さんのこととか、病院内でのハプニングなどを書きたくなっても、最低限患者さんの性別を変えて、 病名を変える
  • 亡くなった人ならまだ外来にかかっていることにしたり、冬の話なら夏に、自分の失敗だったら 他の病院の下級生の話に変えたりして、物語を変形する
  • 病院内の誰かを「馬鹿」とか言ってみたり、患者さんに「ヤク盛っちゃうよ?」とか言わない
  • 昔の「マミー石田」氏みたいに、確信犯的に煽りに耐えるつもりがなければ、 特定の人達を「死ね」とか書かない
  • blog 管理人同士のバトルも、まわりのウォッチャーを盛り上げるだけだから、 やるときはメールで「根回し」する

どれもつまらないことだけど、結構大事。だからうちみたいなページが、何とか生き延びてる。

医師の守秘義務というものが撤廃されれば、 今度は日記を通じて自分の治療方針をいろいろ査定してもらったり、 患者さんがネットを通じてセカンドオピニオンを広く募れるようになったり、またそのコメント欄に 主治医が書き込みをできるようになったりして、集団の叡智の力を治療に生かし、相当面白いことが できるような気がする。

でもそんな時代は当分来ない。

Web 2.0 の世界というのは理想郷でもなんでもなくて、ちょっと前まではワニとか巨大ヒルとか、 魑魅魍魎がうろつきまくっていた沼地の上に、一枚きれいな紙を敷いて、 「きれいな世界ですよ」と宣言しただけ。

紙一枚破れたら、その下はもう混沌そのもの。それを忘れてはいけないと思う。