補給について

最近読んだ「補給戦」という本から。

停止するためには補給が必要~中世ヨーロッパ以前

  • 戦いの作戦を立てる際に、戦術・戦略以外に絶対考えなくてはならないのが補給の問題
  • 最初の軍隊は略奪者の集団だった。食料は現地の村からの略奪による 調達で、河川をうまく利用できたときだけは船で補給ができた
  • 周囲の村から奪うものが無くなると滅んでしまうので、現地調達時代の軍隊は停止することができなかった。
  • 中世の戦記に「快進撃」の話が多いのはこのためで、そもそも同じところに止まって戦う発想が無かった
  • 後方に備蓄用の倉庫を作る考えかたが結構画期的で、これによって篭城する相手と戦えるようになった

軍隊が進撃するためよりも、軍隊が停止するためにこそ補給が必要であるというくだりが面白い。

補給路は複数で~ナポレオンの時代

  • 補給に馬車を用いていた時代は道が悪く、1本の道に大量の馬車を往復させる能力は無かった
  • 軍団の進撃経路が近づきすぎると、補給のための道が1本に重なってしまい、軍は進むことができなくなった
  • 戦略の秘訣は「個々に進撃し、戦うときに一体になる」ことだった

複数科にコンサルトすると、患者さんは1日中病棟からいなくなる。

各科に「個々に進撃」してもらうと手間が省けるのだけれど、なかなか上手くいかない。

列車を使う工夫~第一次世界大戦

  • 鉄道は戦争を変えるといわれていたが、意外に変わらなかった
  • 補給の解決策になるはずだった列車は、結構期待はずれだった
  • 兵站駅まで荷物を送れても、兵士の乗車や下車、荷おろしの時間が非常にかかり、食料の多くは駅で腐ってしまった

列車による補給を上手に行っていたフランス軍では、以下のような工夫をしていた。

  • 列車が速く、また複線化していた区間がドイツよりも多かった
  • 乗客たる兵士の食事の時間は律速段階になっていたが、フランス軍の兵士は食料持参だったので、下車しなかった
  • ドイツの列車の規格が政治的な問題からバラバラだったのに対して、フランスでは統一されていた

大量運搬が可能なハイテクが登場しても、兵士の荷物の運搬を列車自体に依存することなく、 スタンドアロン性を保ちつづけたフランスの知恵というのは何かに使えそうな気がする。

ハイテクといえばドイツだけれど、第一次世界大戦当時の補給戦では、ドイツは圧倒的に立ち遅れていた。

車の時代~第二次世界大戦

  • 自動車を用いた電撃戦を行ったのはドイツだが、攻撃に車両のほとんどを使ってしまい、補給が追いつかなかった
  • 道の問題は全く解決しておらず、補給路が1本になってしまうと、軍隊は事実上進撃不可能になった
  • 自動車により運搬能力が飛躍的に高まったにもかかわらず、弾薬消費量がそれ以上に増えてしまい、軍隊の 食料については相変わらず「武装遊牧民」のころから進歩が無かった
  • 砂漠の名将ロンメルの軍隊も、進撃速度が速すぎて補給が追いつかず、結局息が続かなかった

戦争は、決定的な場所に最大の兵力を集中することを知っている者が勝つ」。

第二次世界大戦のこのことわざは、補給の問題が第一次大戦のころから何も変わっていないことを表している。

現代の戦争

  • 補給の量は飛躍的に上がったにもかかわらず、戦争兵器の技術の向上のほうがそれを上回ってしまって、 軍隊の移動スピードはあんまり変わっていない
  • スピードの上限というのは、あいも変わらず補給のスピードが決めている
  • 食料の量は変わらないのに弾薬類の消費量が増えた結果、現在では停止中の軍隊を養うよりも、 動いている軍隊の補給のほうが重要な問題になった

病院の中での「補給戦」に相当するものは何なのか。

補給というのはつまるところ、人やものの流れをどう現場までコントロールするかという問題で、 道具の近代化とはまた違った側面をもっている。

医者が一人しかいない田舎の病院でもそれなりの医療をこなせるのに、医者が100人いる大学病院では その100倍の出力が出せないなんていうのは、こうした補給の問題に近いものがなにか足を引っ張っている のだろう。

  • 医師個人個人のスタンドアロン
  • スタッフの動作線を極力重ねないこと
  • 情報や道具、病棟のレイアウトの規格化
  • 必要そうなものをトップダウンで病棟に降ろすのではなく、現場で必要な物をボトムアップ的に 効率よく拾う仕組み

電子化すれば万事解決なんていうことは絶対無くて、もっとアナログなやりかた、 人の流れを効率よくするノウハウというのは、たぶんどこかの業界にあるような気がするのだが。