転職先で教えてくれない3つのこと

勤務先で「いい人」になるために

勤務する科を変更して1ヶ月。

もともとの循環器内科から、いまは集中治療室。

1年生の頃から、外科をやったり、救急をやったり。いくつもの科を転々としてきたけれど、もう慣れた。

新しい職場に移るとき、迎えてくれる側は必ず簡単な職場の紹介をしてくれる。

  • 勤務時間は何時から何時までなのか。
  • 仕事の内容はどうなっているのか。
  • 病棟の患者の病名や、治療していくのに必要な知識。
  • 他のスタッフの年次や専門。

どの病院にいっても、こうした情報は必ず教えてくれる。ここまでは公平。

それでも新人は区別される。出来のいい奴と悪い奴。使える新人と、ダメな新人。

新人に張られるレッテルというものは、新しい職場に入って最初の1ヶ月で大体決まる。 その病棟で面白おかしく過ごしたいならば、貼られるレッテルは少しでも「いい」ほうがいい。

どうやったらその職場で「いい奴」になれるのか。マニュアルなんか無い。でも、運不運や相性だけで 決まるほどデタラメなものでもない。

個人的にいつも気をつけるようにしているのは、以下の3つのことだ。

  • 兵站を確保しておくこと
  • 空気を読むこと
  • 自分の在庫を把握しておくこと

兵站の確保

兵站は大事だ。これこそが戦略のアルファにしてオメガだ。 戦いの帰趨は兵站戦の長さで決まる。補給が十分になされなければ戦いは負ける。 兵站線の長短は、物理的距離のみを差すのではない。 例えば中共軍は農村そのものを兵站基地に出来た事で、格段にこれを短くした。 国連軍は、日本を兵站基地にすることで兵站線をイーヴンまで持って行った。 軍略における工夫というのは、兵站のよしあしに繋がる。 404blog not foundより引用

熱心さを見せつけることなんて簡単だ。1日中休まず働けば、誰だって認めてくれる。

それでも、「いい奴だ」と思われるには、熱心なだけでは足りない。 医者にとって必要なのは、瞬発力では無くて持続力だ。「あるとき」熱心な奴は大勢いる。 ところが、「いつも」熱心な奴は少ない。どんなに頑張ったって、そのうち疲れる。 無理して繕った熱心さは、いつか化けの皮がはがれる。

いつ一息入れるのか。いつサボるのか。

24時間同じテンションで働ける人などいない。どんなベテランだって、どこかで休むし 食事もする。トイレだって必要だし、1日に2000ml程度の水分補給をしなければ、そもそも 動けない。

誰だってサボる。そう見えないのは、みんなが同じリズムでサボっているからだ。

新しい職場では、そのリズムがまだ見えない。新人は、いつサボっていいのか分からない。 だから新人がサボると目立つ。 目立ったら、自分に張られるレッテルは、あまり面白い内容にならないかもしれない。

兵站路の確保のしかたをレクチャーしてくれる人は少ない。

  • この職場では、どこまでの手抜きが許されるのか。
  • 予後に関係なければ堂々とサボれるのか、表面上はあくまでも熱心さが要求されるのか。
  • ぶっ通しで仕事をして、みんなまとめて休むのか。交代で手を抜いて、勤務時間中はテンションを保つのか。
  • 雰囲気を監督する人がいるならば、その監視者は誰なのか。

職場紹介の時にはこんな話は出ないし、病棟になじんでしまってからでは手遅れだ。

兵站の情報というのは、ドラマにならない。病気のことに比べればいかにもつまらない話だし、 みんな毎日同じことをしてるから、目新しさもない。 「伝えなくてはいけない」という気にならないから、伝わらない。

新人にとっては、兵站路の確保はまさに死活問題だ。食べるタイミング。トイレにいくタイミング。 寝るのに適したソファーの場所や、ごろ寝しても邪魔にならない床の場所。

医者にとって、病棟という場所は「職場」というよりは「生活の場所」だ。 食べて、働いて、寝るという生活サイクルが病院内で完結できないと、そこで仕事をするのは不可能だ。

新しい職場についたら、最初の1週間は何とか死ぬ気で頑張る。その時期に、治療や手技といった派手な 情報とは別に、自分なりの兵站の確保を行わないと、2週間目以降にボロが出る。

空気を読む

医局の空気というものは、科が替わると全く異なってしまう。

空気というものは、動物の習性と大体同じだ。群れをなすのが好きなのか、個人行動が重視されるのか。

群れる空気の医局というのは、いつまでも一緒に行動するのが美徳だ。

みんないつまでもダラダラ残っているし、速く帰ったら疎遠になる。 集団行動系の医局はいつでも仲間が大勢いる。夜中に患者が急変しても、当然のように 誰か手伝ってくれるし、自分もまた他の人を手伝う。その代わり、「仲間」の空気を維持していくのは 大変で、要するエネルギーは相当大きい。

群れる空気の中では、誰かを頼ると仲間になれる。新人はSOSコールを積極的に出せるし、 そのことがまたその新人を「仲間」に認定してくれる。

その代わり、新しい技術を覚えても、 それを勝手に一人でやったりすると「空気」が汚れる。仲間なら、必ず誰かを呼ぶだろう? そのあたりの空気を読めない奴は、仲間になりつづけるのは難しい。

個人主義の医局は逆だ。

みんな仕事が終わるとさっさと帰るし、あんまり頼ると嫌われる。 誰もがスタンドアローンで行動できることを求められるから、必要な技術は速く身に付けないと、 置いていかれてしまう。

オンとオフははっきりしている。職場で何か失敗しても、その日が終わるとその失点が持ち越されることは少ない。

医局の空気と、他のスタッフも交えた職場の空気というものも、また違う。

職場の中で人の序列を決めているのは、兵隊の位ではなく噂話のパワーだ。

スタッフ同士の休み時間の噂話のネットワークで、「ハブ」になっている人は誰なのか。 誰をどう認定するのかの決定権を持っているのは誰で、自分は今のところどう見られているのか。 現場のスタッフの中で、誰が疎外されていて、誰が仲たがいしているのか。 影口に乗っかるなら、敵役を誰にするのが一番受けるのか。

空気というものは本当に厄介で、はじめのうちは何が正しくて、何が間違っているのかぜんぜん分からない。 そんなものに振り回されるのは鬱陶しいし、いやだけれどあるものはしかたが無い。 空気に振り回されたくなければ、自分も空気を作る側に回りこむしかない。

自分の中の商品在庫

いろいろな科を回ってきた。他の人は知らない知識もたくさんあるし、 得意な手技もいくつかある。当然苦手なものも多いし、出来ないこともまだまだたくさんある。

自分を把握するということは、多分結構大事だ。

新しい職場に入るときに、自分の中の知識のうち、どれがそのまま持ち越し可能で、 どの知識を変更しなくてはならないのか。自分の「売り」にできるのはどんなことで、 逆に弱点になるのはどんな部分か。

自分の場合、たとえば輸液の調整がちょっと得意で、抗生物質の使いかたや人工呼吸器の 使いかたは、前の病棟ではよく口を出していた。循環器の知識は一応豊富。 心カテはできる。下手だけど、心エコーも一応できる。「在庫」はこんなところだ。

ICUに入ると、こうした在庫の値札が全く変わる。

  • 輸液の作法は、内科と外科では全く違う。ICUの輸液は外科系。内科のノウハウは通用しない。
  • 人工呼吸器の管理は、そもそもが麻酔科が専門。ICUにはゴロゴロいる。
  • 抗生剤については、いまの病棟には感染症の専門医がいる。
  • 心カテは出来ても、カテ室が無ければ役に立たない。
  • 心エコーは、幸い自分にしか出来ない。前の病棟では、自分が一番下手だったのに。
  • 血液浄化の知識。ICUではみんな知って手当たり前。自分は全く知らない。

自分の知らないことは学べばいい。これは簡単。教えてくれるし。

厄介なのは、自分の「得意分野」と思っていた知識をどうモディファイするかだ。

誰だって、自分を大きく見せたい。

自分の得意なことというのは、本当に自分ならではなのか。もっと優秀な奴がいたのに、 その人の得意分野を偉そうに語ってみせても「かわいそうな人」としか思われない。

得意というのは、単なる一人よがりになっていないか。昔よくやってしまったのが、 「得意」と公言していた分野で質問を受けて、「臨床的には…」と経験論以外の解説ができなかったこと。 10年にも満たない若いやつの「経験」なんて、単なる笑い話のダシにしかならない。

知っていることと、教えられることとの間には非常な隔たりがあったりする。 「得意」と公言するには、権威になれなければ意味が無い。

特に、得意分野が元からいたスタッフとかち合っていたときには厄介だ。

血気盛んだった頃。いきなりバトルを挑んで何度も失敗した。成功したこともあったけど。 どちらに転んでも血は流れる。修復は大変。 まずは謙虚に話を聞く。最初から喧嘩をしてもしょうがない。

で、冷静になって在庫目録を確認。「売り物」はカビの生えたものばかりで、いま結構あせってる。

とりあえずの目標

転職1ヶ月。たぶんしばらくここにいる。

できるだけ多くのもの身につけ、また自分の知識で役に立つものは、少しでもこの職場に広めたい。

当面の目標は、この職場にいる最中の借金をゼロにすることだ。

新しい職場から受け取ったものは、過不足なくきっちり返す。 恩も仇も