病院にも専任の宗教家がいたほうがいい

小学生のテストの話。

塾にも通っていない、平均的な小学生があるテストで68点を取ったとする。 普段遊びに参加もせずに塾に通っている同級生は100点だった。

彼が、「君にしてはよくやったとおもうよ」とコメントをくれたら、その平均的な小学生はどう思うだろうか?

同級生に誉められた、うれしいなどと思うだろうか?そんなことは無い。クラスの仲間はライバルだ。自分なら、友達を裏切って塾になど通っている奴からそんなことを言われたら、自分の全存在を賭けてそいつをブン殴るだろう。

同じ台詞を学級委員長が言ったらどうだろうか?

「先生が、○○君はよくやったと誉めていたよ。」
これなら少しうれしいかもしれない。少なくとも、そう伝えてくれた学級委員長には悪意は持たないだろう。

小学生など、しょせんはガキの集団だ。テストの点数でお互い一喜一憂することはあっても、先生の誉め言葉無しに自己評価などできるはずがない。

先生がいなくなったクラスの雰囲気は最悪だ。点数のいい奴は、もっと点数の低い奴を見ればそれなりの満足感が得られるだろう。しかし、平均点しか取れなかった奴、点数の低い奴はどうか?下を見てももう同級生は残っていない。そいつらのいいところを誉めてくれる先生がいなければ、惨めな思いをするしかない。

病院の構図もこうした小学校に似ている。どんなに勉強したところで、死ぬことに関しては医者も患者も素人だ。神様から見ればどちらも同じだ。

「先生」であるはずの神様は、治療の現場から姿を消して久しい。せめて、学級委員長たる宗教家が先生の意見を伝えて回れば、クラスの雰囲気も違うのだろうが、学年の嫌われ者なのは学級委員の宿命だ。登校拒否でもおこしたのか、病院内に彼らの姿を見かけることはほとんど無い。

他人との関係の中でしか、自己を確認出来無い人間は不幸だ。

隣の人は挿管/心マまでやってくれた。ならばうちの爺ちゃんは透析までやってもらえば、隣の人よりは幸せということになるかもしれない。
そんなわけがない。でも誰も神様の代わりは出来ない。

本人にも家族にも、その人の最後を決定できるだけの決断力などない。自分よりも上位の存在の自覚無くして、人は安心して死ぬことすら出来無い。

ターミナルケアの概念が進んでいるのは、癌の治療の領域だ。

この業界では「癌の人は最後は癌で亡くなる」というのがテーゼになっている。癌は死神だ。たとえ死神であっても、癌という神様がいてくれる患者さんは、最後はターミナルケアに専念できる。

「癌はがんばれば直る」という概念が強くなってきたらどうだろうか。死ねる原疾患を持たない患者さんの最期は、もしかしたらもっと不幸になるかもしれない。

宗教家がサボっているから、人が安心して死ぬことが出来無い。信じるものがあって(たとえそれが「癌は死ぬ」というテーゼであっても)はじめて、人は自分の人生に確信を持てる。

いまどき神様を信じるなんて、バカじゃないの? いまどき神様を信じることが出来無いなんて、バカじゃないの?

どちらが正しいのだろう。

うちは真言宗を葬式仏教にしている程度だが、実質無宗教に近い。近所の坊さんに「神を信じなさい」などと言われても無理だ。かといって、新興宗教は胡散臭くて、もっといやだ。

神は毛むくじゃらのアダムとイブを創造したかもしれない。 だがそれを人間に変えたのは何だ? サルに知恵を授け、道具を発明させ文明を築かせたのはなんだったんだ? 科学が人間を堕落へ導いたのだとしたら、科学は最初から呪われていたというのか?

科学の発達は宗教を実質滅ぼしかけたけれど、それは人の死を不幸にしている気がする。科学者を悪魔の手先として弾圧した過去の宗教家は、意外にそのあたりを分かっていたのだろうか…。

それでも神学は滅びず、伝統的な宗教家はまだまだ生き残っている。

科学者のほうも宗教家に歩み寄っている。MITのメディアラボのような、未来科学の最先端を突っ走る研究室にも専任の神学者がいる。

病院内にも宗教家がいて悪いわけが無い。

今は主治医が宗教家の役を肩代わりさせられているが、無理な話だ。「勉強のできる坊や」と「先生の代理人」は同じ人間であっていいはずは無い。

仏教、キリスト、イスラムどの宗派でもかまわない、数日に一回でも「神様」の話題を提供する宗教家が病棟を回診してくれると、「死ねない」人たちの考え方もずいぶん変わる。別に神様を否定されてもかまわない。大事なのは自分よりも上位の存在に対して自分の立場(帰依するのか、反対するのか)を表明することだ。

どんな立場であれ、何も考えないで死を迎えるのが一番不幸だ。人のほとんどが病院で亡くなる現在、「立場」を供給する宗教家の活躍する場所は、寺院や協会ではなく病院だ。

05/03/06余丁町散人の隠居小屋トラックバックさせていただいた。