超常の力

昔研修させてもらった病院はUSネービーホスピタルと提携を結んでいた。むこうに脳神経外科が無いためだったのか、当院には時々、頭部外傷の米兵が入院してきた。

アメリカ人、特に黒人の軍人などはもう同じ人間とは思えない。体重は余裕で100kgを超えているのに全身筋肉だし、輸液ラインも手首から14G が余裕で入ってくる。親指が楽に入るような傷であっても、ちょっと押さえればすぐ止血する。あれだけの銃社会で撃たれても死なない人がいるのにも納得。こんな連中と日本人がほんの60年前に戦争できたなんて、本当に信じられない。

頭部外傷だから、患者さんの理性はすでに無し。会話は通じないし、目つきはもう獣のそれ。殺る気満々。そんな状態でも、本人を連れてきた衛生兵(私たちはターミネーター1号、2号と呼んでいた。)が耳元で何かささやくと、次の瞬間ストレッチャーの上で直立不動の姿勢になり、以後動かずにCTがとれた。

映画「フルメタルジャケット」の世界は本当なんだなあと思い、自分が洗脳とかカルトとかに興味を持つようになったのもこの頃。

症状が落ち着くととても穏やかないい人だったりしたが、入院中は暴れる暴れる。頭部外傷の通過症候群のひとは抑制帯をかけておくのだが、四肢を縛り上げても、100kg近くあるはずのICUベッドが本人の力だけで「エクソシスト」よろしく踊りだし、もうどうしようかと思った。そのときは、4人がかりぐらいでベッドを押さえつけた(本人には怖くて誰も触れなかった)ような気がする。

自分たちが診たのは主に普通の兵隊さんだったが、以前に特殊部隊(海兵隊なのか、グリーンベレーなのかは知らない)の人が入院したときは大変だったそうだ。頭部外傷後に一過性にせん妄になってしまい、セデーションした上に体幹/四肢抑制をかけていたにもかかわらず、病院の上のほうの階にあるICUの窓から雨どいを伝って1階まで降り、病院を脱走。

すぐ警察に連絡するとともに、当時研修医だった先輩方も周囲を探しに行ったそうだが相手は戦闘のプロ。おまけに理性も薬と外傷で飛んでいるので、探している間はもう生きた心地がしなかったそうだ。

結局、本人は脱出した頃には落ち着いており、大過なく病院に戻ってきたそうだが。

海外で働いている日本人ドクターは、毎日そんなで大変だろうなと思う。