法律というカードの切りかた

「プロ法律家のクレーマー対応術」という本の抜き書き。

法律の専門家である弁護士が、「自らの有効な使いかた」を指南してくれる、 おもしろい立ち位置で書かれている本。

あくまでも「弁護士に相談できる」という状況でしか役に立たないけれど、 何というか読むと「勝つ予感」がしてくる。

意味のない責任回避が顧客を怒らせる

  • 単なる責任回避は、交渉の成功に何ら貢献しない
  • 企業側が、意味のない責任逃れをする態度を見せることで、「怒れる顧客」が「悪質なクレーマー」へと変貌してしまう
  • 代理店の過失を、たとえば本社に持ち込まれたとして、 それを「代理店の問題だからうちは関係ない」といった対応を行ったところで、 その責任逃れは、「本社の人」を慰撫する役には立っても、顧客の不満解消には、全く貢献しない
  • メディアを騒がす不祥事などでも、たとえば企業の代表者が「報告を受けていなかった」であったり、 「あれは現場の判断であった」であったり、安易な責任否定を行ってしまうと、むしろ事態を悪化させる
  • 無意味な責任否定はすぐ見抜かれる。相手は納得するどころか、むしろ「奴らは何かを隠している」みたいに、 痛くもない腹を探りはじめる

損害と要求との関連性

  • クレームを受けたときには、まずは顧客の受けた損害と、要求との関連性が検証されなくてはならない
  • 事実の確認がすむまで、次のステップ、たとえば損害の査定や賠償額の提示に進んではならない
  • 企業側が非を認めることと、顧客の被害申告が真実であるかどうかは、全く別の問題。 顧客が要求していることが、その損害の回復と必ずしも関連性がないという場合は、実際よくある
  • 「社長が出てきて謝罪せよ」だとか、「新聞に謝罪広告を」みたいな要求は、 顧客の損害との関連性が見つからないことが多い。こういう要求は、 基本的に損害の回復と関連性がないので、企業側は受け入れなくてもよい
  • 企業側の瑕疵と、顧客の受けた損害、あるいは顧客の要求と、損害の回復と関連が「ない」と 判断されたら、その顧客への対応は、「悪質なクレーマー」によるものとして、法律家の支援を仰いだ方がいい
  • 具体的にはそれは、「要求の拒絶」と、「交渉窓口弁護士移管の文書の郵送」という手段になのだという

堂々巡りを目指す

  • 「おまえは顧客の言うことを信じないのか?」と問われたときには、切り返しかたがある
  • 「お客様の被害申告を先入観なく拝見しましたが、そこに不自然なものがあり、それについて、 私どもが合理的な説明を求めても、お客様がそれをなされなければ、客観的に見て、 そのような被害申告事実を前提で賠償することはできないということです」と言えばいい
  • こうすると、話が堂々巡りのループに入る。状況をループに落とし込んでから、交渉窓口を弁護士に移管するとうまくいく
  • クレームに対して、「こちらが合理的な説明を繰り返しているのに、相手がそれを拒否する」という状況が成立して、 はじめて「法律」というカードが生きてくる

交渉は現場レベルで行う

  • クレーム対処は面倒で、現場はむしろ、話を上へ、上へと放り上げたくなる。「上」もまた、対処面倒だから、 むしろ「現場でやれ」なんて言う。正解は「現場」なんだという
  • 「社長を出せ」には返しかたがある。「上に話させろ」に対しては、 「事実関係の確認と報告については、私が責任者ですので、事実関係についてのお話は、私がお聞きします」と答えればいい
  • 相手から言質を取られないコツは、「自分には決裁権はないが、事実調査については自分が責任者である」という 立ち位置を貫いて、事実関係の確認に集中するということに尽きる
  • 謝罪とか、賠償の話題については、事実を明らかにした上で、改めて決裁権のある人間から話をしてもらえばいい。 この部分は逆に、「上」がやらないといけない
  • 「念書」の効力は絶対で、だから書いてはいけないんだけれど、その気になれば撤回できるらしい。 その代わり急がないと無理で、「危ない」と思ったら即座に、弁護士名義で念書撤回の通知を出さないといけない

法律家の手紙の使いかた

  • クレーマー」との連絡は、基本的に普通郵便で行う。必ず書面で行い、電子メールなどを使ってはいけない
  • 手紙であることには意味がある。大切なのは「返答のしにくさ」であって、電話だとか、メールのような、 気軽に反論できるメディアを使うと、相手の怒りを増幅する
  • 不思議なもので、郵便のような形で書面を受け取ると、相手もまた、 郵便という手段を使わないといけないような気分になるのだという
  • 手紙を書いて投函するという作業は、やってみると意外にハードルが高いので、 相手側に「不当なクレームを要求している」という後ろめたさがあれば、それだけで、 話が終わってしまうことも少なくない
  • 私見。「鉄人」ルーテーズ(たぶん)が、昔同じことを言っておられた。 必殺技のバックドロップを相手にかけるためには、まずは「ヘッドロック」をかけるのだという。 執拗なヘッドロックを受けた相手レスラーは、不思議なもので、必ず同じ技でやり返そうとする。 ヘッドロックを予期していたルーテーズは、満を持して相手の腰に手を回して、 そのままバックドロップで相手の息の根止めるんだという
  • 手紙は普通郵便で送るべきで、内容証明を使ってはいけない。 クレーマーは警戒心が高いので、内容証明などを送りつけると、警戒して、受け取ってくれない。
  • 内容証明郵便は、法律家の文脈だと、「誠意ある手紙を出したのに、相手は受け取ろうともしなかった」という 既成事実を作るための道具であって、確実に読んでほしい手紙は、むしろ内容証明を使ってはいけないんだという

弁護士移管通知の注意点

  • 手紙もまた、「相手に使われる」可能性に注意した内容にしないといけない
  • 具体的には、通知文の中には、彼らの不当な要求を、なるべく具体的に記述する
  • 「要求が不当なので交渉できない」のような、あいまいな記述を行ってしまうと、 これをネットで公開されて、「彼らは要求に対して、一方的に交渉を拒絶してきました」といった説明をされたりして、 大損害になることがある
  • 「100万円の寄付を求められた」だとか、「社長の土下座を要求された」だとか、 顧客の行った要求が具体的に書かれた文書は、こうした利用を抑制する効果が期待できる

勝つ予感のこと

この本自体は、読むともっと「きれいな」部分もたくさん書いてある、交渉の入門書なんだけれど、 読むとなんだか、よくできた任侠映画を見たあとみたいな、「勝つ予感」みたいな感情が残る。

勝つ予感を持たせるためには、やっぱりデザインという要素が大切で、この本だとそれは、 「とにかく堂々巡りの状況に相手を追い込んでくれれば、あとは弁護士が出撃して粉砕だよ」という、 筆者なりの、必勝イメージがきちんと描かれていることなんだと思う。

どんなやりかたであっても、いつかは必ず攻略できるし、作者が提示する処方箋は、 たとえば病院でそのまま使うことはできないんだけれど、作者の人はたぶん、 たしかに自分なりのやりかたで、今まで何度も鉄火場潜ってきて、生き残ってきたんだろう。

使い古されているけれど信用できる、AK47 みたいなやりかたというか、 こういうやりかたを目指したいし、実践したいなと思った。