ボトルネックに商機が生まれる

「炎上コンサルタント」という商売の思考実験。

レンタル犬業者の事例

東京にあった「レンタル犬」の業者が飼っていた犬に、伝染性の病気が発生した。

近所の公園を散歩するのに、お供をする犬を貸し出す業者で、30頭ぐらいの犬を飼っていて、 顧客の人達が犬の引き取りを希望したら、販売も行っていたらしい。ドッグカフェみたいなものを 併設していて、自分のペットを連れてくる人だとか、一緒に散歩させる人だとか、 いろんな顧客がいたらしい。

ブルセラ症」という、犬どうし、あるいは犬-人の感染が成立しうる病気がこの業者の飼い犬に発生して、 情報が錯綜して、問題になっている。

病気はうつる。レンタル犬を借りたことのある人には感染の可能性があるし、 そこの業者から犬を買った人だとか、あるいはそのお店に自分の飼い犬を連れて行った人なんかが、 「被害者」になっている可能性がある。

業者の人は当初、自分のblog で謝罪を繰り返していて、しばらくして、話が膨らんで、 blog は「炎上」し始めた。

コメント欄には感情的な言葉が増えて、問題は今どこまで解決しているのか、 業者としては、最終的にどういう形で問題を解決したいのか、コメント欄が盛り上がるほどに、 そのあたりは見えなくなった。

業者の人は、コメント欄を承認制にしてみたり、ときどき反論のコメントを書き込んでみたり、 その人なりの「炎上対策」をやっていたみたいだけれど逆効果だった。

今はなんだか、業者の後ろ暗そうな過去話だとか、手助けに名乗りを上げた団体が怪しいだとか、 いろんな「情報」が問題の周囲に集まりだして、いよいよ混沌としてきている。

声は一つじゃない

炎上しているコメント欄には、恐らくは3 種類の「声」がある。

業者の人が本来聞かないといけない声は、直接的な被害を受けた人。

案外冷静で、問題解決に向けての対話が可能で、「炎上した」場所の中にあって、 唯一問題を解決する能力を持っているけれど、一度問題が炎上すると、その声はかき消されてしまう。

一番声が大きいのは、観客の人達。

ペットが好きで、業者が嫌いで、問題が解決することよりも、むしろ「正義」が為されることを望む。 たとえ問題が一応の解決を見たところで、それが「正義でない」と判定されれば、 もしかしたら「炎上」の状態は、収束するどころかもっと燃え上がってしまう。

火に油を注ぐのは、「まとめサイト」を作ったり、掲示板で「裏情報」みたいなものを流す人達。

インターネットに詳しくて、議論が上手で、道義よりも技術を好む。 この人達が敵に回ると、問題は加速度的に大きくなる。 当事者はいろんな陰謀論にくっつけられるし、問題の解決策を提示しても、 たちどころに「穴」が見つけられて、それがまた観客にフィードバックされて、コメント欄はますます燃える。

3 つの声が一つに固まると、もう手が付けられない。

被害者は大義を提供して、まとめサイトが知識を提供する。大義を借用して、 知識を得たたくさんの観客が、炎上した場所に殺到する。 道徳が勝利して、観客がみんな満足した頃、焼け野原だけが残る。

「消火」作業はだから、直接の利害関係がはっきりしている人と、同情的で信じやすい「観客」とを 分離すること、できればもう一つ、まとめサイトを作るような人達を味方に付けて、 彼らのサイトを一種の報道機関として、冷静な情報を速やかに配信するための助力を要請することが基本になる。

最初は精神的なサポートから

よっぽど慣れていたり、炎上それ自体を楽しめるような人でもない限り、「炎上」に巻き込まれた当事者は 慌てるし、むき出しの感情に対峙すると、疲れて落ち込む。利害関係がある人は有限なのに、 「炎上」中はなんだか、全世界を敵に回したような気分になる。

ここで感情的になって、「我々だって頑張ってる」だとか、道徳とか正義に訴えるメッセージを出すと、 とんでもないことになる。

道徳というメッセージに反応するのは「観客」であって、直接的な被害を受けた人達は、 道徳よりも問題の解決を望む。道徳論は、本来の被害者にとっては「ごまかし」に見えて、 観客はそれを「逃げ」だと受け止める。

当事者が冷静さを失うと、「被害者」もまた、冷静でいられなくなる。被害者と、大勢の観客とが 接続されると、問題は「炎上」に向けて動き出す。

「炎上コンサルタント」の仕事は、まずは当事者にこんな話をして、 冷静な、問題解決に向けたメッセージのみを発信するよう、説得するところからはじまる。

問題を切り分ける

「問題を切り分ける」ことは、しばしば「顧客を切り分ける」効果をもたらす。

「誠意」とか「謝罪」、あるいは「熱意」みたいなメッセージではなくて、 まずは当事者たる本人が、問題をどう把握しているのか、 その人が「解決すべき問題」と認識しているものは何なのかをなるべく具体的に、 できれば解決の期限を区切って公開しないといけない。

いつまで待てば情報が得られるのかがはっきりしているなら、間は待てる。しかし、いつ、 どこで発表されるのかが分らないと、待ちきれなくなって、あやふやな情報に飛びつく。

コメント欄は、何をやっても絶対に荒れるし、炎上中盤は、 コメント欄を何らかの形で「管理」しないと、話が前に進まない。

当事者が認識している「問題」というものを、具体的な形で公表することは役に立つ。 「炎上」後半、これは「問題解決に向けた有用な書き込み」と、「そうでない書き込み」とを峻別するための根拠 として効いてくる。

「認識の根拠」もまた、なるべく具体的に提示する必要がある。

病気の重症度とか、問題の大きさなんかは、もちろん受け止める人によって、認識は様々に異なってくる。 当事者はだから、「私はこういう根拠の下に、問題をこの大きさだと認識しています」みたいな、 参考文献みたいなものを公開すると、議論を前に進めやすくなる。

分かりやすく提示した難しい文献は、「議論に加わりたい人はまず最低限これだけ読んで下さい」といったような、 問題解決に興味のない観客に対する牽制としての役割を期待できる。

「立ち位置」を決める

情報を発信する側には、一貫性が厳しく求められる。

炎上中は、当事者は無数の目線にさらされる。矛盾した行動は全て記録されて、 矛盾が蓄積すると、被害者との信頼関係は失われてしまう。

当事者の「立ち位置」というものは、だからできるだけ早期に決定されるべきで、 行動は全て、一定の約束事に基づいた、予測可能性の高いものにしないといけない。

それは「何よりもまず金銭的な保証を優先する」でもいいし、「自分の利益を第一にするからこそ、 早期の問題収拾を目指す」でもかまわない。その代わり、金銭を口にした人が「安心」を 口にすると「こいつは値切ろうとしている」なんて思われるし、 利益を最優先させる立ち位置を選ぶのならば、犬への同情とか、たとえ思っていても 口にしちゃいけない。

「この情報は出すけれど、この情報は出さない」だとか、 「自由書き込み可能だった掲示板をID 制に移行する」だとか、炎上中は、恐らくは何回も、 当事者はいろんな決断を下すことになる。

「立ち位置」というものを早期に決定して、全ての決断は、 それに矛盾しないよう、立ち位置を揺るがせないように行動しないと、信頼は得られない。

「立ち位置」は、たぶん炎上中の人が一人で決定することは難しくて、 実際の炎上を経験して、それを乗り越えたことのある人が手助けしないと難しい。

守るべきものを明確にする

実名だとか自宅の住所みたいなものから、家族や貯金みたいな財産に至るまで、 「これだけは守りたい」という範囲をできるだけ早くに確定して、炎上中は、それを厳守しなくてはならない。

ひどい攻撃にさらされたり、あるいは相手が譲歩するようなそぶりを見せても、 その範囲を崩してはいけないし、交渉が上手に転がりはじめても、 欲を出してはいけない。

ネット世間にいる交渉が上手な人には、原則勝てない。

相手は無数にいるし、娯楽として議論に参加してくるような人は、圧倒的に冷静で、 たとえ「負けた」ところで何も失わない。

こういう人達とは、交渉した時点で負けが確定しているようなものだから、そもそも交渉をしてはいけない。 「私が守りたいのはこの範囲です」みたいなものを決めておいて、突っ込まれてもそれを愚直に繰り返せば、 議論が上手な人達は、そのうち飽きて立ち去ってくれる。

ただし質問があったときに「ノーコメント」という返信は避けないといけない。

それをやると、相手も感情的になって、痛くもない腹を探ろうとしたり、 まとめサイトで報復されたりして、こちらが大怪我することになる。

ボトルネックに商機が生まれる

ネットワークがどれだけ発達したところで、人と人とのつながりはどうしても必要で、 システムを改良しても、ボトルネックは解消しない。

「炎上コンサルタント」の業務は、たぶんこんなパターン化ができるけれど、 方法論を知ったところで、恐らくは「冷静な誰か」の助けがないと対処は難しいだろうし、 そこに「誰か」がいる余地があるならば、それは商売になる。

「開業コンサルタント」みたいな人達に医院の広報を依頼すると、 「宣伝をするために、是非医院の名前で blog を書きましょう」なんて勧められるらしい。

双方向性を持った、安価で効果的な広報メディアとして、blog はいろんな業界で普及してるから、 恐らくはこれから、様々な形で、当事者に実体を伴ったダメージが生まれる「炎上」が、増えていく。

問題に対して適切な態度が取れれば、顧客は必要な情報を当事者に伝え、当事者はそれを速やかに公表して、 被害者と当事者と、問題解決に向けた、blog というものは、効果的な双方向メディアとして機能する。 残念ながらそれが上手に機能することは少ないけれど、そこに「コンサルタント」が加わることで、 問題はある程度、収拾される。

大きなblog を運営している人達が、たとえば開業医の人達相手に、1 案件70万円ぐらいで「コンサルタント」 を引き受ければ、それなりに商売になりそうな気がする。

お客がつかなかったら焼き畑すればいいんだから、きっとこういう人達が、これから出てくると思う。