説得的コミュニケーション

プロパガンダ」という本を抜き書き改変。

「理由」の意味

  • コピーを取る列に並ぶとき、何か理由を一言付け加えると、たいていの人は、前に割り込ませてくれる。 理由には意味がある必要はなく、実験によれば、全く意味のない理由をつけて頼んだ場合であっても、 ほとんど全ての人が、割り込みを許してくれたのだという
  • 街で歩いているときに小銭を無心されたところで、たいていの人は無視して通り過ぎる。 ところが「170円下さい」のように、具体的な金額を提示して小銭を要求されると、 その人が、本当にお金を必要とする人に見えてくる。はっきりとした金額を示して募金への協力を呼びかけると、 そうでない場合に比べて、2倍もの寄付が集まった
  • 多くの点で私たちは、いつも認知的エネルギーを節約しようとする「認知的倹約家」である。 何かよい理由があるからではなく、「そこに理由があるから」という単純な説明があれば、 よく考えずに結論や主張を受け入れてしまう
  • 人間の能力には限りがある。認知を受け入れるときには、だから複雑な問題を単純化した、 認知の「周辺ルート」を採用することが多い。説得を試みるときは、 メッセージの受け手が「周辺ルート」を採用することを促し、人間の情報処理能力に 限界があることを、積極的に利用しなくてはならない

合理化の罠

  • 説得的コミュニケーションに熟達した人は、まずはメッセージの受け手の自尊心に脅威を与える
  • たとえば何かに罪悪感を感じさせたり、恥辱感や不適切感を喚起したり、 自らが偽善者であるかのように思わせてから、それに対して一つの解決策を提案する。 「解決案」に従うことで、メッセージの受け手の自尊心は回復され、認知の不協和は低減される
  • たとえば街頭募金を呼びかけたところで、たいていの人は、「わずかばかりの寄付を行ったところで なんの足しにもならない」などと言い訳して去ってしまう。このときに「10円でもいただけると助かるんです」と 付け加えられると、その人は「10円も払えないけちな人間」になってしまい、自尊心が脅威にさらされる。
  • 脅威を取り去るためには募金に協力することが最も簡単で、たいていの場合、10円以上のお金が支払われることになる

名前は実体を作り出す

  • 魅力的な言葉を選択することが大切になる。説得者の多くは、文脈上の意味が曖昧であって、 肯定的な響きを持つ言葉を好む。「殺戮者」は「勇敢な自由の戦士」であり、 「占領統治」は「名誉ある平和」と表現される
  • 名前はしばしば実体を作り出す。掃除の効能を説かれても、自発的に掃除を始める子供はいないけれど、 「あのクラスはいつもこぎれいにしている」という評価を与えられたクラスでは、生徒が勝手に掃除を始めて、 やがて教室は本当にこぎれいになる
  • 「算数の達成者」というラベルを与えられた平均的な子供達は、 算数を一生懸命勉強するよう励まされた同程度の子供達に比べて、成績がより向上していたという

絵を見せる

  • 社会を単純化して説明しうる、説得的な「絵」を描かないといけない
  • 権力の座にあって最も大切なことは、どの情報を広く伝達し、どの情報を選択的に無視するかによって、 組織の行動計画を設定する能力を保持し続けることなのだという
  • マスメディアは「何を考えるべきか」を人々に伝えることはできないけれど、 「何について考えるべきか」を伝えることには大いに成功している。 新聞記者や編集者がどのような絵を描いてみせるかによって、同じ事実が全く異なったものとして、 人々の目に映る
  • ゲッペルスは「忍び寄る危機」という言葉を作り、「頭の中の絵」を描くのに一役買った

「ロシア人とイギリス人は、共謀して我々を攻撃している。しかし幸いなことに、 イギリスには社会不安があり、我々には指導者がいる」

  • ヒッピー運動の指導者ジェリー・ルービンは次のように述べている

どんな革命家にもカラーテレビが必要だ。ウォルター・クロンカイトは、学生連合の最高のオーガナイザーだ。
ウォルターおじさんはアメリカの地図を引っ張り出してきて、今火花が散っている大学に○印を付けた。
戦況報告だ。これを見た学生は、みな「うちの大学もあの地図に載せたいな」と思ったものだ。

質問という説得

  • 誘導尋問は、事実を目撃した人の心証をも大きく変えうる。適切な質問を行うことで、事実は変化する
  • 自動車同士の交通事故を写したフィルムを見せた被験者に、違う言葉で質問を行った実験。 「車が 激突 したとき、それぞれの車はどれぐらいのスピードが出ていましたか? 」と尋ねた群と、 「車が 衝突 したとき…」と尋ねた群とでは、「激突」という言葉を使われた被験者のほうが、 車のスピードをより速く、事故現場をより悲惨に描写した
  • 質問は、受け手の意志決定を構造化する。正しく為された質問は、強力な説得の道具となる
  • 質問を適切に準備することで、当該の問題についての、受け手の思考を方向づけ、 暗黙のうちに可能な解答の範囲を限定することができる
  • たとえば「あなたは武器を携帯する権利を憲法で保障するという考えに賛成ですか?」という質問は、 人々の注意を銃保有の合法化問題に向かわせる一方、社会全体の安全問題を見直すことや、 銃を登録制にするような、中道的な意見について考える機会を排除してしまう

自分の行動は予測できない

  • 製品と無関係な有名人が、コマーシャルにはよく使われる。アンケートを取ってみると、 誰もが「有名人は購入動機と無関係」と主張する
  • ところが「他の人は有名人のことをどう思うだろうか? 」と尋ねると、 「他の人なら、映画スターやスポーツ選手の勧める 商品に興味を持つだろうけれど、自分は品質を見て決める」などという答えが返ってくる
  • 人は自分の行動を予測できるとは限らない。多くの人は、映画スターやスポーツ選手の言うことを信用しないかも しれないけれど、そのことは、「彼らが勧めた製品を買わない」ことを、必ずしも意味しない

メッセージ伝達者の立ち位置は大切

  • 元犯罪者が犯罪の厳罰化を求めた場合、それが犯罪者の言葉であっても信用される。 メッセージの伝達者が、説得に成功しても、そこから得る者がなにもないことが明らかである限り、 たとえ伝達者が道徳的な人物でなかったとしても、効果的な説得を行うことができる
  • 「自分と無関係な誰か」の立ち話は信用される傾向にある。全ての人は、 自分には向けられていないアドバイスを手に入れようとしており、 そうして手に入れた情報の価値は、より高く評価される。 「隠しカメラ」を用いたコマーシャルは、こうした原理を利用している

歌って逸らして圧縮する

  • 広告業界には、昔から「何も言うことがないなら、歌えばいい」という教えがある
  • 歌であったり、あるいはメッセージとは無関係な絵画を受け手に見せることによって、 受け手の注意が逸らされる。注意力を適切に逸らせることで、反論は抑制され、 説得的なメッセージの効果を高めることができる
  • 早回しを用いた、時間を圧縮された広告に対して反論するのは難しい。 時間の圧縮と、注意の散逸が適切に用いられたメッセージは、高い説得力を持つ
  • 強い論拠を含むメッセージが圧縮されると、説得効果は弱まってしまう。 一方弱い論拠しか持たないメッセージが圧縮されると、説得効果が高まる

ラベルを共有する

  • たとえ問題とは無関係であっても、ラベルを共有する人々は、あたかも親友のように振る舞う
  • 初対面であっても、ラベルを共有する他者に対して、人は好意を抱く。 ラベルを共有しない他者よりも、その人は望ましい性格を持っており、仕事の成績がよいと評定される
  • 説得的コミュニケーションを試みる者は、「宣伝部門」対「生産部門」、 「精神科医」対「心理学者」、自治体と大学のような対立する図式を宣言することによって、 自ら属する一方の側に、団結を生み出すことができる
  • 一度「仲間」になった人物には、教科書的な説得の技法を簡単に適用できる

容疑者不詳、友人が第一発見者となった殺人事件の事例。

警察の事情聴取が行われ、刑事は被害者を発見した友人と会話し、「仲間」になり、 弁護士に接触する権利を放棄するよう導いた。

刑事はその後、友人が殺された被害者を発見したときの様子を、何度も描写するよう促した。

殺される直前、被害者は友人と別れており、被害者を一人で残した友人は、罪の意識を持っていた。 話を繰り返すことで、友人の罪の意識が十分強くなったところで、刑事は凶器に彼の指紋がついていたことを説明した。

第一発見者であった友人には、その記憶がなかった。彼は混乱し、刑事に助力を求めた。

刑事は「もし自分が殺したのだとしたら、どのように殺したのかを想像してみると、 その時の状況を思い出すきっかけになるし、罪の意識から抜け出す助けになるだろう」とアドバイスした。

指紋のついた凶器など本当はなかったけれど、彼は自ら犯した罪を自白し、後日殺人罪で起訴された。