見たいものしか見えなくなる

寝たきりの、普段から喀痰でうがいしているような患者さんを、老健施設から受ける。

そういう人は、どこから先が「病気」の範疇で、どこから先がそうでないのかはっきりしない。 熱が出て、呼吸が悪くなったら病院で受けて、なんとか立ち直って、熱が下がったら、また老健に戻る。

入院期間はどうしたって長引くし、老健施設だって、こういう人を介護するのには人手かかかるから、 「ある程度落ち着きました」なんて紹介状の返事書いても、施設によっては無視される。

問題は秘書のせい

寝たきりの人を引き受けて、介護するのが思ったより大変だったのか、 「本人が貴院での入院加療を希望しておられます」なんて、しゃべれもしない老人を紹介してくる。 地元の開業医が施設長を兼任してる。

外来に来て、そんなに具合が悪いわけでもないのに、気がつくとスタッフはみんな引き上げてる。 北朝鮮瀬戸際外交されてる気分になる。

とりあえず部屋取って、点滴して、ある程度落ち着いて、また紹介状書く。 「先生におかれましてはお忙しい中大変申し訳ありませんが、患者様の今後のご加療をよろしくお願いします。 このたびは貴重な患者様をご紹介いただき、本当にありがとうございました」なんて。

無視される。1 週間待っても、2 週間待っても、「今検討中です」なんて、患者さん見にも来ないで、 なんか検討してる。

そうこうしているうちに別の患者さんが「紹介」されて、また「本人が貴院での…」なんて、 しゃべれない老人を、車いすに乗っけて連れてくる。

やりかたがあんまりひどくて、文句言う。「もう病棟残ってませんから。○○さん 引き取ってくれないと、次受けられませんから」なんて。むこうのスタッフはひたすら困ってる。 「施設長の方針で、その人受けられないんです」だって。

話が前に進まないから、施設長その人に、コンタクトを取ってもらう。

施設長は、たいてい席を外していて、 「連絡取れるまで、電話切らないで待ってますから」なんて応酬すると、ようやくしばらくして、 「あとから連絡するとのことです」なんて話になる。

年次が上の同業者。喧嘩になるの覚悟して電話を待ってると、 「うちのスタッフが失礼しました」なんて、和やかな返事。自分たちの施設では、 病院が大丈夫と判断した患者さんについては速やかに引き取ることを目標としていて、 対応が遅いのも、患者さん引き取らないのも、全てはスタッフが勝手にやったことなんだと。

「よく言い聞かせておきます」なんて電話が切れて、患者さんが引き取られて、 また別の人が紹介されて、やっぱりその患者さんも、いつまでたっても引き取られない。

文句言って、また同じスタッフの人が「勝手にやったこと」にされて、患者さんは引き取られていく。

「医師同士はお互い仲がいい」という世界観は、あの人達にはすごく大事なものみたい。

医師会の会合のこと

地域医療連携の集まりだか、医師会主催の講演会があった。

終わったあとに立食パーティーがあって、友達いないから一人で食べてたら、 「いつもどうもありがとう」なんて、年配の先生方が何人かやってきた。 いつもどうしようもない患者さんを、どうしようもない理由で送りつけてくる人達。

「君たちの施設も、我々がたくさん患者を紹介するからうれしいだろう」とか、 「他の公立病院が撤退してきて、君たちももっと忙しくなる。これから大変だろうけれど、 医師の数はもっと増えるんだろうから頑張ってくれたまえ」だとか。

みんなにこやかだった。集まった人達は、「勤務医は開業医の息子」だなんて思ってて、 息子はもちろん死ぬほど働いて、「親」の金儲けを喜んで支えるのが孝行だなんて、どうも本気で信じてた。

何を言っているのか分からないだろうし、自分も何を言われているのか分からなかった。 嫌味だとか皮肉だとか、そんなチャチなもんじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった。

当たり前の話、紹介されたってうれしくないし、ベッドだっていつもいっぱい。 医師が増える話なんて無いし、一人当直の病院なんだから、今以上に患者さんが殺到したとして、 対応できるわけがない。

「頑張れないと思います」とか返事したら、自分たちの施設では設備が足りないだとか、 開業医は当直が出来ないだとか、「親には逆らうもんじゃない」みたいなコメントが返ってきた。

設備は買えばいいし、心配だったら自分で当直すればいい。患者さんの具合が悪くなっても、 その施設はいつも、患者さんをろくすっぽ診もしないで、、限界まで悪くしてからぶん投げるんだから、 患者さんの具合が悪くなって立場を失うのはその先生であって、自分たちじゃない。

「夜中に患者さんの具合が悪くなったら、君たちだって同じ医師として心配だろう? 」なんて言うから、 「だって先生、ボク達普段から仲悪いじゃないですか」とか言葉返したら、 なんだか異星生物見るような目でにらまれて、みんないなくなった。

また一人になって、お寿司いただいて帰った。