「何でも」は止めたほうがいい

スタンドアロンが主、ネットワークが従であった昔は、「できる」ことに大きな価値があって、絶対にやり遂げること、何でも「できます」と返事することが武器になった。

様々な技能のネットワーク親和性が高まって、たいていの問題は、いくつかの選択肢から解決策を選択できるようになった現在、「できる」という宣言にはリスクが伴うようになって、むしろ「私にはこれができません」とはっきり宣言できることが、ネットワーク世間で生きていく上では、欠かせないものになってきた。

リストの2番手には意味がない

ネットワーク時代、たいていの専門家は、検索すればリストが手に入る。「何でもできます」という看板を出した人がいたとして、「何でもできる」人はたいてい、「それしかやらない」人に比べれば専門性が浅くなるから、リストの序列で2番手以降に甘んじてしまう。たとえそれが看板倒れであったにせよ、リストの中では、「それしかやらない」という看板は、常に「何でもできる」という看板よりも上位を占める。

問題を抱えた人はリストを眺める。上位から当たって、「これ」という人や施設を探す。「何でも」の看板は、リストの下位に並ぶ。その場所は、最善が選べなかったときの「予備」が置かれる場所であって、仕方なく選ばれた選択肢というものは、満足感を生み出せない。

ネットワーク化、リスト化が進んだ結果として、スタンドアロンで何でもできるという看板は、その価値を大きく下げてしまった。

使えない道具は舌打ちされる

うちの町は老健施設に沈みつつある。「どんな患者さんでも診察します」なんて看板を掲げた昔ながらの民間病院は、今でもいろんな患者さんがやって来る。

老健施設が増えて、夕方から夜間にかけての、たとえば「ご飯を食べなくなりました。2週間ぐらい前からですが」なんて紹介される患者さんが増えた。

「いつでも」「何でも」使える施設というのは、絶対の信頼が置けるから、道具として利用される。近隣老健は、日勤と準夜の切り替わり、日勤者の帰宅にあわせて、紹介患者さんを「ついでに」病院に置いてくる。こうすることで、施設の側は残業代を節約できるのだけれど、患者さんはたいてい、19時30分ぐらいにやってくるから、あれがものすごく困る。

不確実なものに対峙した人は、運を信じて何かに祈る。理不尽さは結果として、お互いに半歩下がった穏やかな関係を育む。確実なもの、「何でも」の看板を見た人は、それを単なる道具だと見なす。サイコロを振るときに、たいていの人は何かに祈る。手に取ったハサミが切れなかったなら、ハサミはたいてい舌打ちされる。

たとえば3割の確率で断る施設に患者さんを紹介するときには、最初から複数の施設を念頭に置きながら、電話でお願いをすることになる。断られるかもしれないから、紹介が通ればうれしいし、喜ぶ声は、聞くほうだって元気が出る。「必ず受ける」をうたう相手に電話するときには、最初から確実を当てにするから、代案が生まれる余地がない。備えがないから、「すいません。今満床で入院は厳しいです」なんて返事しようものなら、相手はもっと大きな声で「お願い」することになる。「何言ってんですか!」とか。「ふざけるな!」とか。「うるさいお前は黙って受ければいいんだ」と言われたこともある。

最近、「もう少しまともな施設にも当たったのですが、どこも手が離せないとのことでした。申しわけありませんが、貴施設でのご加療をよろしくお願いします」という紹介状をいただいた。本音なんだろう。

「できない」を獲得すること

若い人たちの専門医志向と開業志向というものは、どちらも「何でもできる」を回避するという意味で、同じものを見ているのだろうと思う。

「できる」志向から「できない」志向への交代が、だいたいたぶん、今30代後半ぐらいの世代で起きている。高齢化と、専門分化とが反応した結果、専門外の疾患をなんとなく診療することは許されなくなって、ネットワークをたどって、患者さんを専門家に接続する必要が一気に高まった。

病院長や部長、病院を運営する側にいる人たちの世代は、「できる」ことが成功体験につながっている人が多くて、そういう人がガバナンスしてきた施設では、自分なんかよりも圧倒的に腕がよくて、モチベーションが高かった若手は、みんないなくなった。

専門家は、専門でない疾患は診療できない。開業すれば、ベッドを持っていないから、入院が必要な患者さんは診療できない。物療を投入した救急病院は、コストが恐ろしく高くなるから、今度は「安価な入院」という選択が、貴重な「できない」を生み出してくれる。

「必ず」とか「何でも」という言葉は、ハサミみたいな「道具」を形容する言葉であって、そもそも人間がそれを口に出すと、その人は道具として認識される。人間でいたいのならば、道具として扱われたくないのならば、説得力を持った「できない」を獲得して、それを上手に運用していくことが大事なのだと思う。