夢は描いた瞬間から陳腐化する

ニュース番組で、岐阜大学の救急医療情報共有支援システム「GEMSIS」が特集されていた。

サンダーバード」に発想を得たプロジェクトで、数年がかりで取り組んでいて、 これが完成した暁には、救急医療の問題解決に役立つらしい。

開発するのに数千万円かかってて、完成にこぎつけるまであと5000万円、 数年後の普及を目指してて、各病院に設備を入れるのに、30億円かかるんだという。

報道されてたのと同じことやればいいなら、今すぐにでも無料でできるなと思った。

報道されてた機能

GEMSIS のネット情報は少なくて、全容はどうなっているのか分からない。 単なる情報共有のシステムなのか、それとも救急医のモチベーションを維持するための、 政治タームのお話まで含んでるのか。

GEMSIS の機能はこんなかんじ。報道されてたぶんと、ネットで検索した部分。

  • その日に救急業務が可能な医師は、IC カードを通じて、システムに自分を登録する
  • すべての医師について、得意分野が記入されていて、救急隊はそれを検索できる
  • マップ情報とも連動していて、救急車からマップを検索して、一番近い施設を探せる
  • どうも音声認識機能も搭載しているらしい
  • 人工知能でな何かやることも想定しているらしい

GEMSIS が目指しているのは、要するに救急隊が現場に到着したその時点で、 近隣施設の空きベッド、そこに今いる医師の専門領域が一覧できて、 搬送先を決定できるようなシステム。音声認識とかAI で何をしたいのかが 今一つ謎なんだけれど、大筋は外してないと思う。

これだけの機能を統合するのに要するお金が5000万円。 ソフトと端末を近隣施設に配布するのに 要するお金が、30億円。

今あるネットサービス組み合わせれば、同じ機能を無料で作れる。

つくりかた

たぶん「はてなダイアリー」を使うだけで実現できる。

  1. 県内のすべての病院に「はてなダイアリー」の無料ユーザーになってもらう
  2. 各病院は毎日、その日に勤務する医師と、その人の専門領域を日記に書く
  3. 狭心症」とか「胃癌」とか、医学用語は県内で共通のものを使用するよう、取り決めておく
  4. 「日記」の題名は、「○○県 ○○病院 GEMSIS」として、日付のあとには「内科○○医師 胃癌、異潰瘍…」なんて文字が並ぶ
  5. はてなダイアリーにはキーワード機能がある。患者さんの病名を「GEMSIS」という単語と一緒にキーワード検索すると、その日にその病名を記載した病院が、検索ワードリストに並ぶ
  6. はてな」はマップ機能とも連動している。救急車が今居る場所を住所で打ち込めば、近隣施設の検索は簡単

検索機能とマップ機能は、だいたいどこのサービスも、似たようなものを提供してるから、 たぶん「はてな」にこだわらなくても大丈夫。

すべて自前でやるなら、各病院がWeblog を同じ型式で書いて、 あとはそれを「Google blog 検索」で日付指定検索すればいい。今のGoogle は、 新しいエントリーを上げて15秒もすれば登録されるから、それで十分なはず。 GEMSIS なんて言葉は珍しい。たとえば「GEMESIS 岐阜県 胃潰瘍」なんて言葉で、 日付を指定して検索をかければ、その日に胃潰瘍を受け入れ可能な病院を リストアップすることができる。

スケールを全国区にしても、題名に「○○県」を入れておけば、 地域限定で検索をかけるのは簡単。Google マップに病院を登録するには 広告料がかかるだろうけれど、毎年それを支払っても、 たぶん30億円には届かない。

何を利用するにしても、ごく簡単な書きかたを取り決めるだけで、システムそれ自体は 今からでも稼働できる。お金はたぶんかからないし、 かけたとしても、たぶん年間数百万円オーダーでいける。 国内の日記サービスは、それでもときどき落ちるけれど、 google 先生は「全人類」相手にするサービスだから丈夫。 国内の救急施設2000ぐらい、いきなり増えても誤差範囲。

音声認識とAI 機能が、何をするものなのかがよく分からないけれど、 「救急医療情報共有支援システム」に相当する機能は、いずれにしても安価に作れる。 Web サービスは無料な分、「落ちた」ときに文句は言えないけれど、無料なんだから、 冗長性はいくらだって重ねられる。はてなはよく止まったけれど、はてなgoogle が 同時に止まったことはないはず。

偉い人たちは、何か新しいことやるときに、 システム全部スクラッチする考えかたやめたほうがいいと思う。

「良心回避」の仕組み

妄想の域を出ないけれど、あのシステムはたぶん、 当直医が嘘を書きはじめた時点で、システムごと腐って終わる。

あのシステムで行くと、得意分野を「なし」と書いたり、 「末梢肺野病変診断における細径気管支鏡」とか、ものすごく狭い専門領域を書いてしまうと、 その医師はシステムから認識されなくなる。

救急輪番制は、「その日に空きベッドを確保する」ことにお金が発生するシステムだから、 死ぬほど働いても、寝当直しても、病院が受け取るお金は変わらない。

あのシステムはだから、「参加する医師全てが良心的で正直」であることを 前提にしてる時点で、なんだか無理あるなと思う。

道徳と良心を説いて、医師を正直にすることは難しいけれど、 「医師が正直に振舞わざるを得ない」システムなら、たぶん実装できる。

「医師には正直者がいない」ということを前提にシステム組むなら、 「得意分野」を入力するのは患者さんであるべき。

おなかが痛いときによく診てくれたとか、頭痛の原因突き止めてくれたとか、 「いい医師」を演じた医師の振舞いは、患者さんからシステム側に「密告」されて、 「いい医師」の専門分野が勝手に広がっていくようなシステム。 それを防ぐためには、その医師が「悪い医師」を演じる必要があるけれど、 それをやると今度は人気が落ちて、収入が減ってしまう。

GEMSIS の先生がたがどこまで想定しているのかは分からないけれど、 「医師から良心を引きずり出す」うまい構造を考えているのなら、 ぜひとも実現してほしいなと思う。

夢は描いた瞬間から陳腐化する

大学にいた頃、病院にLAN の回線が整備されて、インターネット接続が当たり前になった。

下級生に、掲示板とか Wikiなんかを利用して、みんなで情報共有を行うように勧めた。 もちろん自分は、スーパーユーザー権限で上から覗いて遊ぶつもりだったから、 「システム作るし、サーバースペースも貸すよ?」とか水向けたんだけれど、 彼らは結局、何も作らなかった。

「存在しない」と言ってたわりには、その学年のネットワークはよく動いてて、 誰か上級生の失言は、翌日にはすべての下級生が共有してたし、他科の笑い話とか、 みんな本当によく把握してて、大分振り回された。

2年ぐらい経って落ち着いて、結局「ない」はずのネットワークの正体は、 中心を持たない、携帯メールの伝言ネットの形をとって実装されていることが分かった。

本当に優れたものをインフラとして利用している人達は、 もはや「自分達がすごいものを使っている」という意識すら持たない。

自分なんかはその当時、ネットワークには中枢になるインフラが欠かせないと信じてたし、 中心を持たない、自己創発ネットワークなんて夢のまた夢だと信じてたけれど、 実のところ「夢」はとっくに実現していて、自分の真横でそれは普通に動いていて、 それを使っている当人達は、それがすごいことすら思ってなかった。

GEMSIS のシステムは、「サンダーバード」から発想したのだという。

サンダーバードのシステムは、 情報にノイズが乗ったり、システムが落ちたりすることなんて想定されてない、 誰もが良心的で正直で、仕事に対して宗教的な熱意を持ってた60年代の夢。

時代は進む。情報の純粋性を追求するやりかたは、 ノイズだらけの情報から欲しいシグナルを選択するやりかたへ。 システムの硬さを極めるやりかたは、不安定なシステムを複数重ねて、 冗長性で確保する考えかたへ。

今はもう、「落ちる」ことを想定しないシステムはありえないし、構造的に失敗する可能性のある、 良心みたいなあやふやなものに依存したシステムは、間違いなく腐って失敗する。

大学の救急教室の人達は、もちろん何年も前から試行錯誤を繰り返してきたんだから、 たぶん何か、「安いやりかたができない理由」を見つけたんだろうけれど、 できればその経過を教えてほしいなと思う。

「お金かからなくて、2年後じゃなくて明日から始められる代わり、 30 億円かけられないやりかたありますけれど、いかがなもんでしょう ?」なんて、 だれかが提案したとき、上の人達はどんな振舞いをしたんだろう ?