テロルのやりかたと生態系

地域医療や、産科小児科。以前からヤバいヤバいと言われていた状況が、 一気に動いた昨年。

福島県で産科の先生が逮捕されたのをはじまりに、年末には墨東病院と豊島病院、 東京都内で年間分娩件数1000人級を誇っていた2つの中核病院が産科を閉じた。

年間の訴訟件数とか、たぶんそんなに劇的に増えたわけではないし、 裁判というのは3審制。全ての訴訟が有罪になるわけではないけれど、ダメージ深刻。

法律なんかどうだっていい。大事なのは、マスコミ様がどう思うのか。

たとえ完全無罪が決まったところで、 報道なんてマスコミ様の胸先三寸でどうにでもなる。 1人を殺した殺人犯は血も涙もない極悪人として報道されるけれど、100万人を殺した人が 国を救ったヒーローとして祭り上げられたりするのはいつものこと。

医療を取り巻く「世間」というのは、マスコミ様を頂点にいただく生態系。我々は単なるエサ。

有効なテロのやりかた

テロの定義ははっきりしなくて、とりあえず「小さな力しか持たない勢力が、 大きな力を持った勢力に対抗する手段」としておく。 「戦い」の規模としては、オ○ム真理教とベトナム戦争の間にあるもの。

安保闘争は失敗。

60年安保なんて、100万人オーダーの人を集めて、一時は政権の交代まで成功したのに、 結局大きな流れは何一つ変わらなかった。総括してしまえば「団塊世代のお遊戯」。 全共闘白書なんて、みんな「いい思い出だった」とか、当時の指導者までもが 「下らないことだった」とか、信じられないことを書いていて唖然とする。

中国共産党の革命とか、創○学会の発展なんかは、大成功したテロル。

「テロ」と定義するのは報道する側で、マスコミなんて常に成功した側の味方だから、 誰もこの2つを取り上げて「テロ」なんていわないけれど、戦いをはじめたのは、 最初は本当に少数の人。 仲間を集めて、当時の大きな流れに逆らって、時には喧嘩も辞さない態度を貫いて、 ついには国家を転覆したり、政権で重要な地位を占めるようになったり。

イラクもそうなりつつある。

犠牲者の比でいったら、イラクで行われているのは 戦いなんかじゃなくて単なる虐殺。それでも、イラクの兵士は、無敵を誇ったアメリカの政府を たしかに転覆しつつある。

何が違うのか。

  • 「種火」の大きさでいったら、安保闘争とか、天安門事件みたいな学園紛争が最強で、 イラクなんかまだくすぶっているだけ。それでも前者は失敗して、後者は成功しつつある
  • 革命を駆動する「理念」の中身は、みんなバラバラ。安保と共産主義はほとんど同じ方向だけれど、 宗教と政治理念とは対立する概念

成功したテロルと失敗したテロルとを分けているのは、たぶん社会という生態系の「キーストーン」に 影響を与えることに成功しているのかどうか。

テロリズムと生態系

生態系というのは重層的な考えかたで、サンプリング範囲を大きく取れば地球は一つの生態系だし、 そのへんの野原にだって、小さな生態系が回ってる。

「系」に共通する特徴はこんなもの。

  • 「系」の中には、餌を食べる支配する強い種と、餌になる弱い種とがいて循環している
  • どんな種も複数の餌を食べるし、複数の種に食べられるから、いくつかの種がいなくなっても、「系」は維持される
  • 「系」の中には「キーストーン」と呼ばれる種がいて、これがいなくなると、「系」は崩壊する
  • キーストーンは、捕食者の場合もあるし、餌になる単なる雑草のこともあって、外からそれを同定するのは難しい

テロリズムというのは、「系」の中で餌にされる側、弱いものが強いものに挑むための手段。 弱いものが強いものにつけいる隙があるのだとすれば、「強いものが必ずしも生態系の キーストーンではない」という部分。

挑むといっても、たとえば牧場という生態系の中で、牧草が手足を生やして 牛に戦いを挑むなんて現実的ではないから、 実際には牧草が「苦く」進化してみたり、草にとげを生やして、牛に食べられにくくしてみたり。 すごく地味な変化。

牧場の中に、他に食べる草がたくさんあれば、「ある草が苦くなること」はたんなる嫌がらせ。 一生懸命苦くなってみたところで、牛には他にも食べ物はたくさんある。 牛が食べなくなった場所には糞が落ちないから、 結局そこには栄養が回らなくなって、苦くなった草はやがて枯れる。これが失敗したテロル。

牧場という生態系を支配しているのは間違いなく牛だけれど、この生態系を「維持」しているのは、 たぶん牧草の中のどれか特別な種。

たとえば、牛がそれを食べないと、特定の栄養素が取れなかったり、ある草が害虫の侵入を 抑えていて、他の草がなくなって、それが食べられるようになってしまうと、牧場全体が 枯れてしまったり。

そんな草がもしも「苦く」進化して、牧場の生態系を維持できなくなってしまったら、 「草が牛に勝つ」ことなんてしなくても、牛は牧場で生きていけない。

草が苦くなる。そんな小さな変化をきっかけに、社会というネットワーク全体を巻き込んで落とす。 そこから先は運次第。テロリズムというのは、そんな考えかた。

  • 学生運動。そもそもが直接政府転覆を狙いに行ったのが間違い。60年安保が部分的にも成功したのは、キーであったアメリカの外交官に「嫌がらせ」ができたからだった。選挙に行く「ふつうの人」を巻き込めなかったから、運動は大きく広がったけれど、たぶんあの頃「キーストーン」になっていた人達は、現状維持を選択した
  • 中国共産党とか、某宗教団体が成功したのは、 取り込んだ層がそのまま社会のキーストーン種だったから
  • イラク紛争。「イラク-アメリカ」という大きな生態系を支配しているのはアメリカ政府で、 キーストーンになっているのは「かわいそうな若いアメリカ人」というマスコミが括った一群の人。 イラクでは、もちろん対立して殺しあっている関係だけれど、イラクのゲリラ兵と、アメリカの軍人 というのは、ある種の協調関係を持ってアメリカ政府を転覆させる方向に動いている

医師はどうするべきなのか

大マスコミ様を頂点とする日本社会という生態系では、現場の医師というのはどう見たって 単なるエサ。

ネット社会ではマスコミはもはや笑い者になっていて、朝日や毎日が何を書こうが、 みんなそれを冗談と受けとるけれど、ネットでマスコミを笑う「みんな」と、 実際に社会という生態系を維持して、医療が滅んでいくのを傍観している「みんな」とは 全く別物。

マスコミが支配する「言論」世界や、ネットの中でいくらマスコミの非を叫んだところで、 マスコミにとっては「エサが苦くなった」感覚は全くないはず。笑いというのは痛くないから。

マスコミに「医者は苦い」という感覚を持ってもらうには、 やっぱり「マスコミの中の個人」を攻撃すること。

マスコミを構成する個人をいくら潰したところで、マスメディア全体が潰れることは絶対に無いけれど、 それでも彼らはわざわざ「苦い草」を食べにくることだけはしなくなるはず。

  • 医師会が音頭をとって、「悪い報道」をした記者を「個人名」で訴訟
  • マスコミ全体を敵に回しても無駄なので、医師会がメディアを敵に回すのは止める
  • 賠償金なんて個人の生活を潰せる程度で十分。とにかく訴訟の数を増やして、目に見える「刺」をたくさん作ること
  • たまには身内にも刃を向ける。迎合的な発言をした医師とか、 ミスリードに荷担した医師なんかは身内で 処刑して、医師の結束力を力で固めて、マスコミ様に「医師という餌の苦さ」をアピール

我々は牛に食われる草なんだから、牧草の分際で、牛を倒そうとか考えるのが間違い。 刺を持ったり、ちょっと苦くなるだけで十分。

メディア一辺倒だった社会も少しづつ変わって来ていて、 単なる報道機関だったマスコミも、自分で火をつけて、それをエサにするという新しい ビジネスモデルを組み立てつつあって。医者は叩かれて一儲けされて、 今度は危機を煽られてもう一儲け。やられっぱなし。

ネットメディアではみんなマスコミを笑うけれど、それでも朝日はみんなが読むし、 亀田家のボクシングはものすごい視聴率を稼ぐ。ネット世論は何も変えていないし、 キーストーンはまだ「維持」を望んでる。

現状変えるには、遠回りだけれど生態系全体を巻き込んで「落とす」しかなくて、 それはとても難しいようでいて、もしかしたら案外簡単な手段でできるかもしれない。

我々がキーストーンなら、ネットワークは「落ちて」再起動されるだろうし、そうでなければ マスコミからみた「医師という牧草」は枯れて、代替手段がどこかから出てくるだろう。 どちらに転んだって大丈夫。少なくとも、 苦くなった医師が、これ以上マスコミ様に喰われることだけはなくなるから。

マスコミ様がいよいよ凶暴さを増す昨今、いろんな分野の「エサ」が苦くなる戦略を とり始めれば、きっとどこかでキーストーンに当たる。キーが抜けて系が「落ちた」時、 世界はきっと、とんでもなく面白いことになる。

そんな初夢。