資源分配の第3の選択

  1. 今までどおり集めて、みんなに薄く分配する
  2. 多く集めて、みんなに今までどおり分配する
  3. 今までどおり集めて、「みんな」を放棄する

限られた資本をどうやって有効に分配するのか。

今までどおりやってたのでは破産するなら、何かをあきらめる選択肢は3つ。

低福祉。高負担。あるいは、「みんな」。

マイクロクレジットの成功

今年のノーベル平和賞は、バングラディシュのグラミン銀行と、その主催者に与えられた。

非常に貧しい地域。生活するのがやっと。お金を融資しても、 ほとんどの場合かえって来ない。

誠実な借り手と、最初から逃げるつもりの借り手。

それを見分ける術はなかったから、お金を貸す側にできるのは、金利を高く設定して、 数少ない誠実な借り手から、より多く儲けることだけ。

バングラディシュの年金利は100から200%近く。そんな状況だから、誰もお金なんか返せないし、 借りたところで踏み倒して逃げてしまう。お金が回らないから、いつまでたっても貧困がなくならない。

誰が誠実な借り手で、誰が違うのか?

グラミン銀行は、「相互選抜」というルールを導入して、両者を見分けようとした。

  1. お金の借りるには、まず責任を連帯するグループを組む必要がある
  2. 連帯グループは、3人から10人くらいの借り手でグループを結成し、 支払いを連帯保証することを条件にお金を借りる
  3. 借り逃げをたくらむような危険な相手とは誰も組まないので、 安全な借り手が銀行にくる可能性は高まる

銀行側の安全を確保するルールはもう一つ。それは、「繰り返し」。

  1. グループができたら、最初に7日間のコースで銀行のルールを覚えてもらい、 まずはグループのうち2人に12~15ドル程度を貸し出す
  2. はじめの融資が6週間以内にきちんと返済されてから、次の二人に融資する
  3. グループの代表は、最後にお金を借りられる。

不誠実な連中が口裏を合わせてグループを作っても、銀行に何度も来ないと、 グループは満額を受け取れない。これは「繰り返し囚人のジレンマ」ルールそのものだから、 裏切りは双方に不利益になる。

相互選抜と、繰り返しルール。ネットワーク科学とゲーム理論のいいとこ取りをしたようなこの制度は うまくいった。グラミン銀行の融資返済率は90%にも達し、年利も20%と、この地域にしては画期的に 低く抑えることが可能となった。

グラミン銀行が成し遂げたこと

バングラディシュには、お金があっても、それを誠実な借り手に分配することが できなかったので、社会が発展しなかった。

グラミン銀行がやったことというのは、「誠実な借り手」と、「不誠実な借り手」との選別。

いわゆる「慈善活動」というのは、人を区別しない。

  • 慈善活動団体が優先するのは「みんな」。だから、たいていは不誠実な人から幸福になる
  • グラミン銀行が優先したのは、「誠実な人から幸せに」。「みんな」はその後の話

どちらが正しいのかは分からないけれど、今年のノーベル平和賞は、後者の考えかたを支持した。

福祉という資本の分配問題

グラミン銀行は、限られた資本を誠実な人に優先して分配することで、今まで成し遂げられなかった 成果をあげた。

もちろん、日本に生まれた以上は「日本国との契約」というものがあって、 国民はみんな平等に生存権を持つから、バングラディシュのルールは当てはまらない。

「公平」ルールに基づいた分配には、避けられない欠点がある。

  • 一人あたりに分配される金額は不十分なものとなり、 みんなが不満足な状態になるだけで、社会が発展しない
  • ウソをついて、お金を多くせしめるのはたいてい不誠実な人だから、 結局「正直者」がバカをみる社会になってしまう

どこかの国に、よく似ている。

医療資本が足りない。

本当はそれなりに足りているのだけれど、一部の人がいっぱい使うから、結局足りない。

  • タクシーがわりに、飲み屋に救急車を呼びつける酔っ払い
  • 「待たなくて済む」という理由だけで夜中にくる、救急外来の常連さん
  • 入院費を踏み倒すことが分かっていても、入院を要求するアル中の人
  • 親の介護が面倒という理由だけで、2年もの間急性期病棟のベッドを独占させた、某国会議員

みんな不誠実で、力が強くて、弱さを売りにして、正直者よりもはるかに多くのものを持っていく。 その中には「本当の弱者」も少なからず入っているのだけれど、見分けるのは本当に難しい。

だから足りない。

誰かが「第3の選択」を提案するとき

国民であるというだけで、誰にでも生存権を与えることは、本当に正しいのだろうか?

こんな疑問に「ノー」を唱えた国家は、時として大躍進を遂げている。

開拓時代のアメリカ。カーストを維持しているインド。 江戸幕府ナチスドイツ。大躍進著しい、最近の中国。

社会が不安定になると、真っ先に割りを食うのは、正直さ以外に売るもののない、誠実な人。

こういった人は、生存競争になると真っ先に弾かれるから不満をもつし、 物事を斜めに見るのが苦手だから、指導者がハンドリングしやすい。

  • 誠実な人から、あるいは指導者が「誠実だ」と思った人から、まずは幸せになろうよ
  • 国民には、うまいことをやる不誠実な人と、まじめにやって割りを食う人と、2種類の人がいて、 政府はもちろん後者の味方

こういうメッセージは、タイミングさえ間違えなければ、一国をして簡単に戦争に突っ走らせるぐらい の力を発揮する。

福祉の業界には、本当にお金がない。で、いろんなところからお金を引っ張ってきても、 まず真っ先にいい思いをするのは「不誠実な人」からで、正直者が「高負担による高福祉」を 実感できることは、たぶんない。

政府はたぶん、それを分かっているから、医者が唱えるような、安易な高負担路線を取らない。 やったところで、絶対に支持なんて得られないから。

高齢者は増え、「弱者」もまた増える。資本の総和が横ばいの中、福祉の受け手が増えれば、 当然それだけ薄くなる。

今までを知っている人には、今以下になることもまた、耐えられないだろう。

正直な人の不満はたまる。

そのタイミングをはかっている誰かが日本にもいるならば、第3の選択、「みんな」の放棄 を唱えて支持を得る政治集団が、そのうち出てくるかもしれない。

福祉を不公平に分配する2つのやりかた

たとえば国民総背番号制

  1. 総収入とか、税の支払額とか、保険の利用率とか、なんでもいいけれど国民に序列をつける
  2. 現行の福祉水準を維持する前提で、その年の税収でまかなえる範囲まで、上位から順番に福祉を配分する
  3. 下位グループに入ると福祉が無くなるから、ここで「誠実な国民である」報酬が生じる
  4. 下位グループに入った人は、保険から外れてしまう。このグループの医療は、国民健康保険に属さない医師の担当
  5. 健康保険で働かない医師というのは、たとえばオリックスみたいな日本を代表する大企業からの寄付で運営される有償ボランティアみたいな形で、無償の医療を提供する
  6. 無償医療は、あくまでもボランティア。結果責任のないボランティア医療を受けるか、責任を問える保健医療(ただし無保険) を受けるのかは、その人の選択肢第

あるいは、グラミン銀行ルール

  1. 人々は、親しい人同士、あるいは志を同じくする人どうしが5~10人ぐらいのグループを作る
  2. グループごとに、1年間に使える医療資本の上限が決まっている
  3. グループ内に年に100回救急車を呼ぶ人とか、治療費が年に数千万円かかる人がいて、割当を使いきってしまうと、他の人は医療保険が使えない
  4. 病気の人は、健康な人と「友達」になって、負担をシェアしないとやっていけない
  5. 隣近所なんかじゃなくて、政党や宗教団体が恣意的に決めたグループでもかまわない
  6. あぶれた人、あるいは上限を使いきったグループは、やはり無償医療を提供するシステムを利用する

社民党とか、民主党とか、高福祉をスローガンに反対意見ばっかり出している政党は、 「負担」が自分達に回ってきたときどう振舞うのか。地金が現れて、面白いかも。

宗教団体にしても、果たしてその宗派が本当に信者のことを考えているのかどうか。 グラミン銀行ルールというのは、そんなところを明らかにする。

ネット時代は、人と人とをつなげるコストが劇的に安くなる。 必要なインフラは、そんなにお金がかからないはず。

医療ボランティアに参加する人

こんな2階建て制度ができたとして、 「寄付領域」で働く医者は、 案外多いような気がする。

実際運用すると、きっと問題続出だろうけれど、「世のため人のために働くカッコイイ俺様」を 満喫できる立場に魅力を感じる医師というのは、きっと多いはず。

みんな、基本的には仕事バカだから。

お金はきっと集まる。

「正直な人」というのは、払ったぶんだけ見返りがくる立場に支持を表明するけれど、たぶんそれ以上に、 「大企業は、困った人に寄付をするべき」という立場を支持する。

大きな企業というのは、世論の支持がなければ成り立たないから、嫌でも寄付をせざるを得ない。

報酬なんか、適当でいい。企業の論理で医療改革とやらを進めようとする オリックス宮内氏のポケットから、 思う様札束をつかみ出して、ねずみ小僧よろしくばらまけるんなら、こんなに楽しいことはない。

タイミングは10年ぐらいあと。医療改革が成功する可能性は 残念ながら低いから、どこかで絶対、 誠実な人の不満が臨界に達する。

乱暴な読みだけれど、だいたい、医者は「革命」が好きなんだ。

ゲバラだって孫文だって、はじめはみんな医者。

誰かが「第3の選択肢」を示したとき、きっと何か転がりはじめる。