エビデンスの集積の先に真理はあるのか

次に誰かが大切そうなことをお前に言うとき、自分で考えるんだ。 「これは証拠によって人が知ることができるようなことなのだろうか? あるいはこれは伝統や、権威や、お告げによってただ人々が信じているようなことなのだろうか?」って。 そして、次に誰かがお前に何かが本当だと言うとき、こう言ってみたらどうだろう。「どんな証拠があるの?」って。 satolog: 信じてもいい理由と信じてはいけない理由より引用

ゴールなき勉強に意味はあるのか

研修医の頃は、エビデンスに基づいた治療が大好きだった。

動機は不純。

「先輩、いまどきこんなペーパーも知らないんですかぁ?」と上級生に喧嘩を売るのが 何よりも面白かったし、自分の発言が周囲に真理として伝わる満足感もあった。

嫌な奴だったし、友達も少なかった。論文は人を裏切らない。 そんな理由でEBMが好きな人、案外多いんじゃないだろうか。

一応勉強も好きだった。やりかたはこんなかんじ。

  1. 問題になっている分野の教科書を読む。
  2. その分野の新しめの論文を読む。
  3. 論文に基づいて解決法を考える。
  4. 上級生に喧嘩を吹っかける…

証拠を重ねていけば、やがて成長して真理に辿りつける。そんな童貞臭いことを考えていた。

今は逆だ。「エビデンスに基づいた…」が大流行の昨今。「証拠」ぐらい胡散臭いものは ないと思ってる。

体験したことのない問題にあたったとき、今はこうしている。

  1. まずやったことのある人に「どんな感じか」聞く。
  2. 誰でもいいからベテランに「どう思うか」聞く。
  3. 自分なりに「多分こうだろう」と考える。
  4. Medline を当たって、自分に味方してくれそうな論文を探す
  5. 周囲を説得するか、力で押し切る。

大事なのは成功体験。たとえ一人であっても、「直したことがあるよ」という人の実体験。 証拠なんか2の次。直せれば後からついてくる。

「証拠」を本当に信じていいのか?

証拠には序列がある。

我々の業界では、もっとも重要な証拠は前向きのランダマイズドトライアルで、 中程度のものが過去の事例の集積で作った論文。 もっとも軽視していいのはベテランの意見。 さらに、評価の対象にすらならないのが、ベテランでない人が「とりあえず直したことがある」 という成功体験だろうか。

証拠の評価にもまた、厳とした順位付けがある。

もっとも優れた評価は、Nature とか NEJM といった有名雑誌に掲載されること。 評価の下を見ればきりがないけれど、2ちゃんねるあたりに自分の考えを書きこんで、 「お前すごいな」と言ってもらえたりすると、けっこううれしい。

証拠というのは、本当に信じていいものなのだろうか?

重要な論文、大事な証拠というものは、それが発表されると多くの人の価値観を 左右する。

残念ながら、「証拠」の価値が上がれば上がるほど、その証拠が利権や思惑から 自由になるのは難しくなる。

過去の事例を集めて何かの結論を出すスタディなら、まだ訂正も効く。

  • 過去の事例自体は結論の出ている事実。
  • 事実の集積を解釈したのは論文の作者。

確かな部分と、ツッコミどころが明確に分離しているから、誰が見ても分かりやすい。

問題なのは前向き研究だ。

スタディをやる前から、論文の作者の頭の中には「こうあってほしい」という結論めいたものはある。 ところが、実際にそのとおりになるのかどうかは、実際にスタディをやってみないと分からない。

ある治療、ある薬に効果があるのかないのか。

想定している結論により、その解釈は微妙に左右される。患者は死んだが効果はあった。 あるいは、病気は治ったけれど、それは他の原因だろう。いろいろ。

建前では、前向き研究には「ゴール」と呼べるものはない。あくまでも条件をそろえた対照群を 用意して、その人達に何かの治療を施して、結果がどう変わったかの事実だけを見る。

作者の判断や、思惑は「事実」という言葉の陰に隠れる。どこまでが思惑で、どこからが 掛け値無しの真実なのかが分からないから、結論をそのまま信じるしかない。

エビデンスを集積して正しい治療に辿りつこうとするのは、レンガで塔を造って、 天に上ろうとするようなものだ。

レベルの低い証拠は、粘土で作った柔らかいレンガ。レベルの高い証拠は、石のように堅いレンガ。

柔らかいレンガは変形するので、修正が効く。塔は水平を出しやすいけれど、高く上るには 強度が不足する。堅いレンガは強度があるから、基礎に据えるにはもってこいだ。 ところがこいつは、たいていの場合微妙に歪んでいて、その修正が効かない。 塔の基礎は丈夫にできるけれど、塔がいよいよ天に届くかな…という頃、塔は傾いて倒れてしまう。

続きはまた。