マインドマップでお仕事

しばらく前からマインドマップでカルテを書いている。

集中治療室には、いわゆる「カルテ」は担当する科の主治医がつける。ICUの医師は交代制なので、 その日の朝のミーティングから、次の勤務帯に引き継ぐまでの間の覚え書きをつけるだけ。 何かイベントがあったら、引継ぎの時に主治医に報告する。

ノイズを情報にする手段

他の業界に比べれば、医者同士のプレゼンテーションはいいかげんだ。

プレゼンの技術なんてだれも知らないし、大体主治医が3日寝てないなんて当たり前。 ICUに集まる医者なんていつもみんな睡眠不足だから、机についたとたんに主治医が気絶するなんて、 漫画みたいなことが本当に良くある。特に某外科。

新患を紹介したり、申し送りをする医者はたいてい研修医だから、そもそもの発表からして 痴呆老人の妄言とあんまり変わらない。まとまってないし、主題が見えにくい。

他科の先生、特に研修医だからそんなに問い詰めてもしょうがないし、 改善してもらおうにも先立つ体力が残っていない。情報を得るには 自分で工夫するしかない。

マインドマップはそんなときにけっこう役に立つ、ような気がする。

マインドマップでメモをとる

マインドマップの本を読むと、これで授業ノートを取るとか、インタビューのまとめができるとか 書いてある。

それは不可能だと思う。というか、そう思ってた。

マインドマップをはじめとする構造化記法では、キーワードは「樹」のような構造をとる。 これから話される話題の中心になるキーワード、樹構造の「幹」にあたるものは何なのか。 これが分からなければ、マインドマップは作りようがない。

話題がどこに飛ぶのかわからない講義、「言葉尻」が大切な問診表といったものには、 マインドマップは不向きだ。

どこに話題の中心があるのか分からなければ、キーワードの枝など作りようがないし、 講義を聞きながら話題の分類を考えるようでは遅い。枝を生やす前に、「幹」は前もって 作っておかないと、このノートの取りかたは有効には生かせない。

未来予想型のメモ

マインドマップを使ってノートを取るときの最大のメリットというのは、前もってメモの中心部分、 木の幹にあたる部分を書いておくことで、講義中は講義それ自体に意識を集中できるというところだ。

従来型のメモのとりかたでは、予習をしてもノートを作れない。

キーワードを並べても、それぞれの キーワード毎のメモの分量までは読めない。メモ帳にキーワードを等間隔で並べれば 空きが目立ってしまう。後から見直すとき、空白の多い部分は目立つ。本当は文字がぎっしりと 詰まった部分の方が重要な話題なのに、メモの体裁はそれを反映してくれない。

無駄を無くすには、一つのキーワードごとにカードを作ればいい。ところが、今度は 一覧性がなくなってしまう。

結局のところ、メモは講義を聞きながら編集するしかない。「記録」と「編集」、同時に 2つのことをこなしながらでないとノートが取れないから、演者の話に集中できない。

マインドマップは中心に大まかなキーワードを書いて、放射状にメモを伸ばしていく。

記載の自由度が高いから、従来型のメモに比べてスペースの無駄は少なくできる。 最初にキーワードを書きこんでおいて、あとは話を聞きながら話題ごとに枝を伸ばせるので、 講義を聞いているときの頭の負荷が少ない。編集を先にやっておけるので、 講義中は記録だけに集中できる。

病院でマインドマップ

これからどんな話題が話されるのか分からない学校の授業、あるいは講演会といったイベントのノートを マインドマップで作るには、話される内容の概略をあらかじめ知っておく必要がある。

知らないから授業を受ける。ノートを取るには、知っていなくてはならない。矛盾している。

マインドマップの本では、最初の「幹」になる単語は講義の題名などから発想するか、 あらかじめ演者に概略を教えてもらうようにせよと書いてある。けっこう無茶だと思う。

でも、病院内ならできる。話題が「病気」に限られているからだ。 患者さんの年齢と病名、大雑把にどんな状況でICU入室になったのかだけでも分かれば、 キーワードはけっこう絞れる。

たとえば交通事故で肝損傷、気胸を合併して人工呼吸器のついている患者さんを申し送られるとき、 ミーティングの前にここまでは書ける。実際には、大学ノートにボールペンで手書きしている。

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病名から連想する疑問点は病名から枝を伸ばして書く。それ以外の全体的なことは、中枢系、 循環系、呼吸系、腎機能や水バランス、栄養状態、感染症対策に分けて書く。 8つぐらいの枝ができる。実際には、最初の枝だけは木の幹のように太く書いておく(結構大事)。

ミーティングの時、主治医や当直医の口から出た話題をまとめると、だいたいこんな感じになる。

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このあと、実際に患者さん(目の前にいる)を診察して、問題点を整理する。 色は変え、自分の勤務帯でおきたことは赤ボールペンで書く。たとえば尿量が少ない時、 何を考えたか、何を調べたか、または何をしたのか。頭に浮かんだことをとりあえず書いておく。

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また、ミーティング前にこちらが想定していなかった点を主治医から教えられることもある。 それも別途枝を伸ばして記載し、自分の勤務帯で疑問に思ったことがあったらまとめて、何かの時に主治医に聞く。

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そんなこんなで勤務が終わって、申し送りをするときには自分はこんなノートを見ながらしゃべっている。

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結構うまくいく。

時間短縮になるか?

ICUで7人患者さんをみるとして、事前に7人分のマップを作るのに15分ぐらい。キーワードさえ作ってしまうと、ミーティング中のメモはたしかにやりやすい。

引継ぎをするときの時間は、正直そんなに変わらない。

何かの議論になったときは、どこに何が書いてあるのかすぐ分かるのでたしかに速い。ところが、自分が年をとりすぎてしまい、循環器内科として院内に面が割れてしまっているので、ミーティングの時にそもそも議論にならない。何か意見しても、「では、先生の方針で…」で議論が終わる。マインドマップの意味がない。

前よりも頭は使っている気はする。気のせいかもしれないけれど。それが実際に役に立っているのかは、 こればっかりはあと1年ぐらい使ってみないと分からない。

コツみたいなもの

  1. 最初の枝は太く書く。そうしないとキーワードを探すのに、わずかだけ時間がかかる。ミーティング中は、その「わずか」が結構大事。
  2. 枝は曲線で書く。直線でつないだり、あるいは枝を鋭角に曲げると、視線が行き場を失う。やはり、杢的の単語にたどり着くのがわずかだけ遅くなる。
  3. 色を使う。引継ぎ事項は黒。日中の出来事は赤。ToDo事項は青の3色を使っている。色を使えば使うほど派手になり、「変なことやってる」感は強くなってしまうが、便利なんだからしょうがない。

他、用紙は横長で使うとか、無地の紙を使うとか、絵を描くとか、いろいろなルールがあるのだが、全部 無視している。

他の病棟で使えるか?

西洋医学のカルテの書きかたは「POSシステム」でほぼ統一されている。

この方法は、患者入院と同時に「プロブレムリスト」を作り、それぞれのプロブレムごとに

  • S:患者さんのお話
  • O:理学所見や検査所見
  • A:それに対する主治医の考え
  • P:今後のプラン

の4つを分けて書く。

たとえば糖尿病と胃潰瘍がある患者さんが心筋梗塞で入院すると、 プロブレムリストは「心筋梗塞」「糖尿病」「胃潰瘍」の少なくとも3つ並ぶ。

主治医のカルテには、「SOAP」の4つが、毎日最低でも12コならぶ。非常に煩雑で、 本当にこのとおりの書きかたをしている医師は、たぶんほとんどいない。

この方式自体は、マインドマップ記法と親和性が高い。その代わり、毎日マップを 作り直す手間は膨大で、患者さんが何十人にもなったら不可能だろう。

将来つかえるか?

たくさんのマインドマップを用意する手間は、電子カルテの時代であれば簡単に乗り越えられる。

電子カルテほどうざったいものはないけれど、前日の記載内容を簡単にコピーして持ってこれるのは ありがたい。

患者さんごとのマップを毎日1枚、それに医師だろうが、ナースだろうが、スタッフがそれぞれの色で 勝手に書き込んでいくようなものを作ると、けっこう役に立つかもしれない。

おそらくは最大の問題点はその見た目だ。

「堅さ」がないというか、いかにも自己啓発系の人が好みそうな見た目。 自分がなんだかとても恥ずかしいことをしているような気分になる。 マインドマップのノートの見た目 というのは、これを相当にとっつき難いものにしている。

病棟でも、こんなものを使っているのは自分だけ。 なかなか他人様には勧められない。

ガイドブックも、「人生に奇跡を起こす」とか、「驚くほど」「奇跡の」といった煽り文句が 並んでいて、エロ本を買うより恥ずかしい。奇跡なんていらないから、羞恥心を減らしてほしい。

岩波新書とか、ブルーバックスとか、もうすこし堅いところからガイドブックが 出版されると、もっと手軽に人に紹介できるのだが。