分かりやすいマニュアルへの試行錯誤(2)

分かりやすい/読みやすいとは

以前書いた病棟ガイドもいいかげん古くなったので、今年こそ内容を書き改めたい。 できれば、もうすこし分かりやすい内容で。 洗脳とか、ゲーム脳化とか、そういった下衆な意図無しのやつを。

工業製品の取扱説明書は、読者に「読んでもらう」ための工夫、「分かってもらう」ための工夫が いろいろと考えられている。

  • 読んでもらうためには、まず読者に知識を与え、 さらに安心感を与え、同時に潜在的危機感へも訴えながら、文章内容を理解してもらう。
  • マニュアルに情報を並べる順番は、製品を開封してから電源を入れ、実際に使って見るまでを順を追って書く。 ユーザー視点での順番を心がける。
  • 最初に概略を書く。これから提示される手順がどんなものなのか、事前に分かってもらう。
  • 結果志向で書く。「○○をしてください。すると、こういったことがおきます。」という、行動の結果何がおきるかを記載する。 行動の目的については、紙面が足りないなら省いてもいい。
  • 禁止事項も、規則を破るとどんな結果が待っているのか、具体的に書く。

これを読んで、自分がどんなことができるようになるのか。 果たして読むに値する内容なのか。こうした不安感がぬぐえないと、読者は集中できない。 読者が安心して読める文章は、読みやすいし分かりやすい。

それでもなお、マニュアルを読むのは面倒だ。工業製品。曲がりなりにもプロの作った取扱説明書ですら、 まともに読みきったことなどほとんどない。使いかたが分からずに失敗したことなど何度もあるけれど、 目の前に「現物」がある以上、試行錯誤して見たくなるのが人情だ。

病棟マニュアルも同じだ。「読まないと事故になるぞ」といくら脅しても、目の前にはいつも病人がいる。 読むひまがあったら、目の前の現実をとりあえず何とかしたい。読む時間は惜しい。

伝わりやすさはお互い共有しているものに比例する

「一目見てパッと分かる」を目指すには、テキストというメディアはまだまだ非力だ。

音声メディアや映画に比べれば、テキストを読むのは圧倒的に速い。 それでもまだまだ「一目で」には遠い。

コミュニケーションを速く深める基本は、お互いの経験をより多く共有しておくことだ。 長年一緒に働いた仲間であれば、言葉にしなくても伝わる部分は増える。 同じ仕事場の仲間。同じ科を専門にしている人。同じ言語を話す人。同じ地球に住む人。共有するものが少なくなればなるほど、 新しいやりかたを共有するのに時間がかかる。

日本語という言語は、漢字があるぶん、英語よりも習得しにくい(多分)。 日本人は、言語を覚えにくいだけ、英語圏の人よりも共有しているものが多い。 日本語は、漢字を使って情報を圧縮したり、意味を画像化して共有できるため、 英語よりも伝達するのに時間が短くて済む。

習得するのにより分かりにくい言語、文法が複雑であったり、漢字やひらがな意外に多くの記号の 習得が必要であったりする言語があれば、情報の伝達はもっと速くできるかもしれない。

ビジュアル言語というもの

べた書きのテキストというのは、2次元媒体である「紙」の特質を100%生かしきれていない。

少々の改行や段落わけがあったとしても、今の小説のようなメディアは、極端な話テープのような細長い紙でも 再現可能だ。せっかく「本」という2次元の媒体を持ちながら、これはいかにももったいない。

紙は縦横に広がりを持つ空間だから、本当は各々の単語の紙面での位置や大きさ、単語間の距離や関係といった 情報をも表現できる。

このあたりを生かしきっているのは漫画なのだけれど、従来の国語文法の中には、こうした単語の位置情報、 距離情報をどう表現に生かすのかという観点は欠けている。

紙の空間情報を生かし、従来型の文章以上の情報量を持たせようとした試みは総じて「ビジュアル言語」と呼ばれる。

代表的なものはフローチャートのような「構造化チャート」、プログラムを記載するのに用いられる「UML」、 新世代のノートの取りかたとして広まりつつある「マインドマップ」といったものがある。

位置情報を併用した文章表現には、従来の文章には出来ない、以下のような特徴がある。

  • 並列表現が可能。従来の箇条書きでは順番が出来てしまうため、厳密な平等表現は不可能。
  • 読む順番を決めなくても読める。見出しは中心に、内容は末梢に配置できるので、読みたい所から読める。
  • 内容の重要さに重み付けが可能。上の方ほど重要、中心に近いほど重要といった、位置を用いた内容のランク付けが可能。
  • 流れを表現するのに適する。これは従来の文章でも可能だったが、並列、分岐、因果関係といった構造を表現するには、フローチャート型式以外では不可能。
  • 全体像を把握するのが容易。「目次」を用意しなくても、紙のどこかに重要な単語だけ集まった場所を作れる。

やはり出てくるマインドマップ

しばらく前からマインドマップを使っている。

FreeMindというソフトをいれて、 PC上でアイデア出しやまとめをするのに用いているが、 慣れるとかなり便利だ。

mindmap.jpg

今回の文章を書くのに作ったマインドマップ。大体20分ぐらいでできる。

マインドマップという考えかた自体は70年代からあるそうなのだけれど、日本語で紹介された本はどれも 自己啓発セミナーの回し者か?としか思えないようなものばかり。 本の中で紹介されるマインドマップの例も、統○失○症の患者の心象風景のようなものばかりでとても 追従する気になれなかったのだけれど、やってみるとたしかに頭の整理が速くなる。

マインドマップを書くツールはたくさんあるが、 創始者公認のMindManagerというツールはLaTeXとの連携が可能 (PDF出力が出来た)だったので、これを目次代わりに使おうと思ったことがある。

前の病棟マニュアルを作っていた頃、一時は各章のはじめのページを マインドマップにしていたのだが、 これがどうやっても見やすいものにならず、結局断念した。

情報をビジュアルに階層化させて提示するという方法の一番駄目なところは、人によって階層化の仕方が違うので、 その階層化の「スキーマ(神経言語)」が共有できないと、まったく何書いてあるかがわからなくなるんですよね。 で、ビジュアルツリー自体にはスキーマが書けないので、分けの分からないツリーがそこかしこに林立して、 それでgopherは消え去っていったと解釈してます。

gopherというのは、現在のインターネットができる前に使われていたファイル共有システムだ。 世界中のコンピュータ内にツリー型式で格納されたファイルを検索して共有できる…はずだったが、 ツリーの分類法方がコンピュータごとに違っていたため、持ち主以外ではまともなファイル検索が出来なかったらしい。

マインドマップを他人に見せるときにも、これと同様の問題が付きまとう。マインドマップで取ったノートというのは、 中心に本題があり、そこから四方八方に枝を伸ばす。それぞれの枝には書いた人が重要と思うキーワードが書き込まれていく。

何を重要と思うのか。どんなルールで分類、重み付けを行うのかは、書いた人にゆだねられている。この感覚を 共有できなければ、せっかくの位置情報は他人に伝えることが出来ない。

テキスト情報を2次元展開するとき、どこに重要な情報があるのか、作者としてはどこから読んでほしいのか、 そうした情報を読者に伝える術がないと、ビジュアル言語のメリットは消失してしまう。

プログラマーの人達が使う「UML」の場合、このルールを厳密に決めてしまっている。ルールを伝える教科書は、 従来どおりのベタ打ちテキスト型式。非常に難解(もともとJAVAプログラムをするためのルールだから、ある意味当たり前)で、 すぐに放り出してしまった。

視線誘導を利用したルールの伝達

ビジュアル言語を用いて情報を伝達したいとき、一番問題になるのが、 どこから読むのか、どうやって読み進めていくのかというルールの伝達方法だ。

従来型のテキストメディアでは、このルールが非常にシンプルだった。洋書型式の横書きならば、 左上から書き出し。行を追って徐々に下に目線を移動し、右下で終了。文章の読める人は、 子供の頃から同じルールでやってきた。

あまりにも昔からやってきたルール。このルールが、しばしば新しいやりかたを導入するのに 大きな障害になる。

いまだに全く出来ないのだけれど、やはり自己啓発系の出版社から多く出ている速読術、 「右脳を使った」読書術といったものの多くは、まずは文字のないページをめくったり、 記号しか書かれていない本で視線を速く動かす 練習を要求している。

これは、人間には「文字があったら読む」という固定観念が出来てしまっていて、 これに逆らって視線を速く動かそうとするとき、 古くからの習慣が邪魔になってしまうからだという。

これをいちいち練習するのは面倒だし、また簡単にできる人もそう多くはない。

たとえ横書きの文章であっても、何とかして読者の視線を縦に誘導する方法はとれないものか。

同じ紙メディアでこれをやっているのが漫画だ。

一枚絵と比べたとき、漫画にはコマ割という時間の前後を示す区切りがあるために、 より絵の中の視線をコントロールする必要があります。 漫画を読んだ事のある人ならまず読み方を大きくはずすことはないですが、それでも変形ゴマや横長コマに縦並びのふたコマをあわせたときなんかは、どの順番で読むのかを指示する必要があります。 昔の漫画ではコマごとに数字を振ってこれを解決したようですが、今となってはネタとしては使うことはあっても見る順番の指定のためではありません。矢印を使うというのも手としてはありますが、本当に見難いときや、シャレでやるのはいいかもしれませんが、全コマするものではないと思います。 そんな漫画で視線をコントロールするのが、視線を誘導するテクニック「視線誘導」です。 ComicStudioより引用。

漫画というメディアでは、読者の視線はコマ割りによって、 またキャラクターの目線や動作線によって 誘導される。読みやすい漫画、「上手いな」と思う漫画は、 読者の視線の誘導が非常によくできているそうだ。

この視線誘導の手法には「文法」がある。新人作家の原稿で、 「何か、今一つ」という印象をベテランが持ったとき、 「ここが悪い」と指摘する部分は誰もが同じだという。

テキスト文章もまた、枠で囲ってしまうと印象が変わる。

  1. テキストは、ただベタ打ちされているときは1行目の左端に視線が集中する。
  2. ところが、1かたまりの文章が枠で囲まれていると、読者の視線は囲みの中心に集まる。
  3. 囲みをいくつか縦に重ねると、読者の視線は自然に縦に走る。
  4. それぞれの囲みを枝で結びつけると、その方向に読者の視線の誘導が可能になる。

挿絵のたくさん入っている教科書は、一見読みやすそうで、そうでもないものがたくさんある。

その理由は、おそらくは挿絵に視線が集まってしまい、 読者の視線が文章から「剥がれて」しまっているからなのだと思う。

文章を文章として目で追うのではなく、一つの「かたまり」として認識してもらい、 文字を追うのではなくページ全体の流れを追ってもらう。その理解は漢字かな混じりの 日本語の潜在能力に賭ける。

ページの左上に主題をもってきたマインドマップのような ページ構成を何とかとれないものかどうか、いまいろいろと試しているところ。

LaTeXでこうしたことを続けるのも、自分の能力からはそろそろ限界に近い。 いまさら「InDesign」を勉強する時間もないし…。