初期研修が不幸な人へ

いじめはなくならない

複数の研修医を擁する職場では、まず上級生-研修医が一つのチームにまとまらないと、話が前に進まない。チームにまとまるということは、すなわちお互いの力関係をはっきりと認識するということ。

下級生から信頼されるには、「いつかはこの人のようになりたい」と思わせるだけの技術と人格とを、上級生があわせて持つ必要がある。全ての上級生が、下級生から信頼される技術と人格とを持ち合わせているわけがない。

上級生と下級生、両者の力関係が自然に形成されない場合、恐怖を用いて「分からせてやる」必要が出てくる。

いじめは、自分たちの属している集団の境界線や、その内外をはっきりさせるためにおこる。

いじめられる者は必ずひとりに決まっている。

そのひとりは別に誰でもいい。いじめている側の全てが、必ずしもいじめられている者を嫌いだとは思っていない。しかし、チームの維持のためには態度を共にする。

まとまったチームを力業で作り出すのに、特定の研修医を潰すのは効率のいい方法だ。

10人ぐらいの集団をまとめるとき、「犠牲者」を一人出せば、集団の残党は共犯者意識で強力にまとまる。チーム医療の時代。チームは指導者の下に協力にまとまる必要がある。少々の犠牲者はしょうがない。

研修医のおかれる立場

研修医の立場は厳しい。

上級生の指導がないと何もできない状態。病院内での社会的な力の圧倒的な差。逃げることはできない環境。上級生の潰し行為に対して、何ら共闘してくれない同級生。

この環境は、学校で行われる「いじめ」を、生活指導の先生が率先して行うようなもので、ターゲットになった研修医には最初から勝ち目など無い。

病院に来たばかりの研修医は、上級生の助け無しでは何もできない。指導する側がちょっと悪意を出せば、特定の研修医に対してだけ少しだけ差別するよう気をつければ、研修医は簡単に自滅する。

潰す側に心理学の心得があれば、研修医潰しはもっと有効に行える。

上級生の単なる暴言だけでも、病院という場では十分に有効な武器となる。そこに稚拙な心理学の技術を加えるだけで、上級生の暴言の破壊力は、簡単に致命的なレベルに達する。

ターゲットにされた研修医には、逃げる術は無い。集団の中で潰されずに生き延びるには、ターゲットになることを避けるしかない。

ターゲットになりやすい人

どういった研修医がターゲットになりうるのか?

できの悪い研修医は、やはり本人に原因がある。 彼らはやる気がない。約束を破る。動作が遅い。

全てウソだ。

実際にターゲットになる研修医というのは、 本人の研修医としての「性能」には遜色が無い場合がほとんど。

潰されるきっかけになるのは、些細なことだ。

  • 廊下で上級生を追い越したとき、頭を下げなかった
  • 荷物を抱えて階段を上がっていくとき、そいつが手伝ってくれなかった
  • 飲み会で、先輩よりも先にビールを飲んだ
  • 見た目がなんとなく弱そう。太っている

研修医が潰される理由なんて、いつもこの程度。

実際問題、喧嘩の強そうな、体格のいい男医者が潰しの対象に選ばれることなど絶対といっていいほどない。上級生の根性なんて、こんなもんだ。

こんなつまらない理由で、一人の人間を本当に潰せるのか?

やる奴はためらい無くやる。それでも、つまらない理由で人の一生を台無しにするのには、上級生にもさすがに抵抗がある。このために、「その人を潰す合理的な理由」が速やかに作られる。

いわく、彼の態度にはどうもやる気が感じられない、彼女にはうちの科は合わないような気がする、あの研修医、患者さんへの言葉遣いがいまいちなんですよね…etc.。

原因なんてない。理由は後から作られる。

生き延びるための「かわいい」戦略

研修医が潰れずに生き延びるためには、単に優秀であるだけでは全く足りない。

優秀な奴、すばやい奴でも、些細なことで「あいつはダメだ」という理由をくっつけられれば潰される。潰されない研修医とは、すなわち上級生にとって「 かわいい」研修医だ。

「可愛い」という生存戦略は、人間社会独自のものだ。「優秀である」必要は無い。

優秀な研修医、熱心な研修医というのは、可愛く振舞った奴に与えられる上級生の評価であって、研修医が目指す目標ではない。必要なのは、そのグループ内での「噂話のリーダー」が誰なのかを見極め、一刻も早くその人から「可愛い奴」と認められる能力だ。

チーム内での序列というのは、規則で決まっている。グループのトップには部長クラスの医師がいて、その下に何人かの中堅どころをトップにした小チームがあって、さらにその下に研修医がいる。

チームのトップはもちろん部長になるのだが、チームという狭い社会での社会的な力関係は、規則だけでは決まらない。力関係を決めるのは、チーム内での陰口や噂話だ。「社会的な」トップというのは、しばしば規則で決められたトップとは違う人間。噂話の核になる人物になっている。

  • 自分の属する小チームのリーダーが「噂話のリーダー」その人ならば、研修医の安全度は高い。規則で決まった序列は覆ることが無いので、素直な研修医を演じているかぎりは安全
  • 自分の属する小チームのリーダーと、「噂話のリーダー」とが別の人間だった場合、その研修医はターゲットになる可能性がある

何かの方針が2人の間で異なったとき、どちらの言うことから聞くべきか。規則上は、もちろん自分の属するチームの上司の方針を優先することを求められる。しかし、規則に従うと、別のグループの上司から目をつけられる。この場合にどちらの意見を優先すべきか?

答えは明らか。チーム内での立場の強いほうの上級生の意見だ。自分の属するチームの上司とは、逆らった分当然仲が悪くなる。それでも、そのことから得られる社会的なリーダーからの「可愛い奴」という評価は、規則上の上司の否定的な評価を補って余りある。「弱い」上級生は往々にして下級生の反抗に寛容なので、研修医の受けるダメージは最小にできる。

昔、このあたりの振舞いかたを間違えて、研修医の頃にひどい目にあったことがある。チームの中堅どころが対立していて、自分のチームの上級生と、他のチームの上級生とはお約束で仲が悪かった。自分がちょうど喧嘩のダシにされた形になってしまい、居心地の悪い6ヶ月を過ごし、病院を辞めることを真剣に考えた。幸い、このときの病院には研修委員会システムがしっかりと機能していたので何とかなったが…。

  • 新しい科に回ったら、社会的なリーダーを探して常に追従すること
  • その人から依頼されたものは、最優先で片付けること
  • 力関係を明示的にして、態度で表し声に出すこと

簡単なことだ。