相手をその気にさせる看護

訪問看護を専門に行っているナースの中に、時々マインドコントロールの達人がいる。

退院するときに介護することを嫌がる家族、無理に説き伏せて自宅に退院してもらった家族の患者は、少しでも調子が悪くなるとすぐに病院に戻ってきてしまう。

あるとき、「この人たちは絶対3週間で戻ってくるね」と病棟の誰もが思っていたご家族の場合、その訪問看護婦さんが担当してから数ヶ月、ついに1回も再入院することがなかった。自分で訪問に行ってみると、あれほど介護を嫌がっていたはずのご家族はすっかり介護のベテランになっていた。

それからたいぶ経ってその方が亡くなった後、「何かできないかと思って」と近所の介護ボランティアをはじめるようになったという。

まだ自分自身は力ずくのムンテラしかできなかった頃。その看護婦さんに家族を説得する方法を聞いたことがあるが、「とにかく誠意を持って説得、指導するだけですよ」とのことだった(ずいぶん昔の話だが、少なくとも秘伝に相当する話は出なかったように思う)。

今から思うと、その看護婦さんの担当していた家族の顔は病院を退院するときの悲壮なものとは打って変わり、明るくなっていた。訪問先の家の中で何があったのかはわからずじまいだが、とにかくその人が訪問してしばらくすると、患者さんに対する家族の価値観が180度反対になることが珍しくなかった。

某カルト団体の7days合宿は北海道のユースホステルなどを借り切って行う。少ない食事、少ない睡眠時間、朝から始まる説法の3点セットを毎日続けると、3日目ぐらいから参加者の表情が変わる。7日目には団体の厳しい生活が心から楽しいと思えるようになる。

方法論こそ違え、訪問看護の人たちは家族の介護に対する価値観を訪問という行為を通じて書き換えようとしている。それが上手くいっているとき、医者が不必要にしゃしゃり出てもろくなことがない。

今よりもっと馬鹿だった頃、何か自分の「存在意義」が失われてしまうような気がして家族に対して権威的に出てしまい、訪問看護婦さんの苦労をぶち壊しにしてしまったことが何回かある。当時は、自分がやってしまったことにも気がつかなかったが。