溺水の治療

Drowning: a review of epidemiology, pathophysiology, treatment and prevention

かつて溺水の死因としては喉頭痙攣、窒息、水分の誤嚥が主なものであると考えられてきたが、喉頭痙攣が従来言われていたほど高頻度に発症するのかどうかは議論が分かれている。

溺水の初期の実験データからは、淡水の溺水患者はいっ水状態になり、血中のNa濃度が低下し、一方海水の溺水患者は脱水状態となり、血中Na濃度は上昇すると言われてきた。しかしこうした仮説は動物実験のものであり、人体でのデータが蓄積されてからは否定されつつある。

1966年の犬の実験での報告では、溺水の実験犬は一様に低酸素血症、代謝性アシドーシス、高CO2血症を示したものの、血液中の血色素濃度、電解質の変化については海水、淡水を問わずに大きな変化は生じなかったという。

1963年の人体でのケースシリーズでも、淡水溺水の患者には実際にはいっ水になっている患者は多くはなく、溺水患者のさまざまな血行動態の変化にもっとも大きく影響したのは誤嚥した水の性質ではなく、それに付随した低酸素血症の程度であったとしている。

溺水患者の予後については、患者の体温が低いほど予後が悪いことが分かっている。これはおそらくは患者が水に使っていた期間がより長いためと考えられるが、水中での時間が25分を超えたケースの予後は非常に悪いという。小児では、10分以上の水中時間は感度96.6%、特異度89.5%で患者の悪い予後を予想しえたという。

逆説的に、おぼれるならば冷たい水でおぼれたほうが予後がよい。これはおそらく、低体温が神経保護的に働くからと考えられている。

溺水患者の治療

水から引き上げられた患者は、しばしば嘔吐して誤嚥を悪化させる。ハイムリッヒ法などの嘔吐を誘発する手技は明らかな気道閉塞が無い限り行うべきではない。

患者に低体温があった場合、可能な限り早く復温を行う。患者に循環虚脱が合併していた場合、PCPSを用いると有効であるという。

合併する低酸素血症にたいしては積極的な治療を行う。入院当初の胸部単純写真はその後の呼吸器合併症の予後を予測できないため、入院時のレントゲンが正常であっても油断してはいけない。

ARDSに陥る患者は決して珍しくない。対策としてECMOなどが検討されているが、その効果についてはまだ結論が出ていない。肺浮腫を生じたり、感染を合併したりする患者も多いが、予防的な抗生物質投与は予後の改善効果が無かった。また、ステイロドについても肺の機能予後を改善すると信じられてきたが、その効果は証明されなかった。

脳の保護策として、伝統的に過換気、低体温、バルビツール酸投与などが組み合わされてきたが、その効果についてはいまだにはっきりした結論が出ず、ルーチンに行うことは薦められない。

最近の報告では、溺水患者に脊髄損傷を合併することは非常にまれであることが報告されており、明らかな外傷がない患者であればネックカラーをルーチンに装着する必要はないかもしれない。

研修したのは海のそばの病院だった。

自分たちの病院周辺はまだそうでもなかったが、夏になると稲村ヶ崎周辺には間違っても友達にはしたくないような若者があふれ(本当に洒落になっていないのが由比ヶ浜付近のコンビニ)、それは物騒な風景だった。

台風シーズンになると地元のサーファーはさっさと引き上げてしまうが、一方134号線沿いには他県ナンバーの車が群がり、よせばいいのに大波の中を沖のほうに漕ぎ出していく人がしばしば。

食事に行った帰りなどに鎌倉の海難救助隊の車とすれ違った翌日などは、たいていうちの病院のICUに溺水の若者が転がっていた。

救急隊が優秀だったのか、ウェットスーツの性能が良くなったためなのか、自分が研修させてもらった期間に病院で溺水で亡くなった人はいなかったと思う。

救急隊の人とは一緒に飲み会をしたこともあったが、この人たちはおぼれた人を助けるのも上手いが他人を溺れさせるのも上手い。飲みで勝負すると研修医程度では話にならず、挙句何度も吐いては反吐の海に溺れさせられ、翌日は仕事にならなかった。

ちょうど手技をいろいろと覚え始めた3年目、自分がえらくなった気がして救急隊にも生意気な口をきいたりしていたが、完全につぶされてからはもう生意気言うのはよそうと思った。

その後、救急外来で荒事があるたびに救急隊や警察には何度もお世話になることになる。テンパった患者の前では白衣の威光など何の役にも立たず、役に立つのは力と度胸と気合のみ。医者にできることといえば、隅に隠れて邪魔にならないように震えるぐらいだ。